春なのに



学生のころ学内に咲いていた桜が非常にきれいだったことを思い出す。毎年桜を見るたび学年が一つ上がること、それに伴い自分が年を取っていくということへ何処か寂しさと虚しさを感じていた。
今朝通勤の途中にある会社の前をいつもどおり通ると、作業着を着た人たちの中にぽつりぽつりスーツを着た子たちが混じっていた。「新入社員はこちら」という看板を持っているおじさん。ああ、もうそんな時期かと通り過ぎた。頑張れよフレッシュマンと思いつつ地獄の扉へようこそ。

春なのに、どうも心はどうも晴れないのである。期待に満ち溢れている人たちがたくさんいる一方で、僕はずっとくすぶってる、というかずっともやもやしてきた。希望、期待、憧れ・・・僕も昔はあったんだろうが、年を取るにつれてそういうものがなくなってきている。この時期生き生きとした表情をし、楽しそうにしている人たちはうらやましいのである。その対比がすさまじくつ憂鬱とさせる。春は嫌いだ。はやく夏になればいいのに。

そういえば先週1社ほど求人応募をし、今日ようやく連絡が来た。数年前就活中に求人出てないかどうか直接アポとってみた会社。その時は採用予定は残念ながらなかったのだが、気づけば2か月前に求人サイトに掲載されていた。応募しようとずっと思っていたのに、志望動機やら自己PRを考えるのが嫌で後回しにしていたのだがようやく応募。マイナビのネット履歴書なんてみないでしょと思っていたけどあの文面読む限りちゃんと見てるのね。もっとしっかり書いておけばよかったと思う。採用試験の日程はもうきまってるとのことだが、事前の会社説明会にいつ行こうかか…。

人も動物

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天気が良かったので午後からのんほいパークへ行ってきた。
動物をずっと眺めていたのだが、時間的に全部見れなかったのと、ヒグマさんに合えなかったことが非常に残念。時期が悪かったか?気持ちよさそうに寝ているカンガルーたちを見ていると、「ああ、人間と変わらないじゃん」と思う。眩しいのか暖かくて気持ちいのかだるいのか。600円で一日いても十分楽しめる場所だと思うのでのんびりしたい時にはよさげだ。

暖かい一日。でも心はまだどんよりというか、気が重いというか・・・。この時期はまだ調子が上がらない。

電車の窓から

イベント終了してからそのままビジホに宿泊。電車を乗り継いで昭島にあるアウトドアビレッジへ行き、買い物をしてきた。
出費が大きかったので他にどこもよらず、そのまま東京駅に向かうことに。荷物が多かったので座るわけにもいかず立ったまま窓から見える景色をずっと眺めていた。その途中横にいた老夫婦の会話で気づいたが、建設途中の新国立競技場が見えた。「ああ、これがあの・・・」その景色はすぐ過ぎていってしまったのだが、何処に作られてるのかよく知らなかったので、「ここなんだ、へぇ~」という感じ。
オリンピックへ向けてといえどどんどん開発されていく東京。どこにそんな土地があるんだよと思うが、人と金が集まればどんどん街は造り替えられていいく。逆に土地が余っていても金も人も集まらなければ開発の余地なんてない。そんなものあたりまえか。
まあ結局のところ「俺の人生に関係ないか」で終わる。
国立競技場なんかより東京駅で買える全国の駅弁のほうが大事だった。

伊勢佐木町ブルース

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今日はとあるイベントを見に横浜へと来ている。ただでさえ歩き回るのに加え人が多すぎてく精神的にも体力的にも非常に疲れた。展示内容はともかく毎度来るたびに思うのだが、世の中にはこんな可愛いor美人がこんなにもいるもんなのだとブースのお姉さん達やコンパニオンを見て思う。僕がいくら頑張っても手の届かない世界。まあ仕方ないよねと、生まれた世界が違いすぎる。

田舎の生活に慣れてしまったのか、久しぶりに都会に来た時少し動揺してしまう。だが18歳で地元を出た時のような新鮮味はない。こんあもんかと。でも心のどこかで憧れというか未練というかコンプレックスを抱えているのだと僕は思う。同じ国でも一方は栄えているのに、一方では衰退していく。利便性と多様性。娯楽施設の多さ。どれをとってもとても敵わない。ただこれだけ人が多いと気を張っていないと生きていけないと思うので、やっぱり地方暮らしの方が僕には合っているのだろう。

港町横浜。海岸線の景色は大好きだ。
東京生まれより横浜生まれ、横浜育ちと言いたい。ああ、横浜で青春を過ごしたかった。
夕日がまぶしい海辺で学生時代の後悔をふと思う。明日は東京散策、アウトドアヴィレッジへと行ってこよう。