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無に為る


朝から健康診断。毎度血圧測定は緊張してしまうので高い数値が出る。2回3回図って若干落ち着く。看護師さんに「毎回こんな感じなんですよ・・・」と。まあ高血圧気味なのかも知れないが。
それと診察、おっさん医師が診てくれる思ったら女医さん。この弛んだお腹を見てどう思っただろうか。どうにも思わないだろうが緊張しちゃったよ。全く嬉しいやら恥ずかしいやら。(乳毛は綺麗にしておいてよかった)。健康は大事だと言いながらちゃんと健康維持のための食生活改善や体のメンテをしてるかといえばしてないという矛盾。無職時代のほうが運動もしてたし食事もある程度考えていたので一番健康的だったのかもしれません。働いてしまうと疲れてそういうことがどうでも良くなってしまうな。

さて、受付して呼ばれるまでの間、テレビで樹木葬なんてものをやっていたので見ていた。50台位の夫婦が関心そうに見ていたがいずれは誰しもが「自分の死」の事を考えるだろう。海に散骨する人たちも増えている??ようだで、僕も出来ればそうしたい。本来生物は自然に帰るべきである。骨を全て粉にして何もなかったように散ってしまいたい。

死んだらただの「無」になる。骨は只の物質。魂なんてものは存在しない。冷めたことを言うがお墓に行くとその人に会えるなんて一切思わない。先祖への弔いの気持ちはあるとしても、それは心の中で祈れば良いのではないか?現実問題として、お墓を買うのも維持するるのも非常に大変なことだ。今の時代、墓を持つということは合理的ではないとと考えている。今日テレビに映っていた人たちはやはりそういう考えを持った人たちだろうか。旧来の死んだら墓に入って長男が墓を守って・・・・どうのこのではなく、「墓に入らない」という新しい価値観を持った人たちが徐々に増えていくだろうと。死んだ人のために金をかけるより今生きている人間にこそ金をかけるべきだと思っている。

だだ自分の愛する者へ、思い入れが強いものへ同じようにただの「無」だと同じように考えることが出来るんのか。妻(夫)、子供、恋人・・・・。それはわからない。「世界の中心で、愛をさけぶ」で写真館の重蔵が初恋の相手である校長先生の骨を朔太郎達に盗ませてきたシーンが有るが印象的だった。その人にとっては只の骨といえど、想い人の魂が存在しているんだろう。そこはもう否定しない。

まあ人それぞれだが、僕は海にそして空にこの身を散らしたいね。跡形もなく「無」になりたい。
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