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自分の為に生きる

久しぶりに軽トラ運転をした。と言っても会社の敷地内だけど。で、クルマに乗ること自体2年ぶりでMT車なんてそれ以上ぶりか。クラッチの感覚だとか完全に忘れてた。これからおつかいかなんかで運転する機会が増えるみたいなので乗れるようにしないとなぁ。とりあえず職場の方の雰囲気はすでに慣れた。やはり小規模の会社のほうが僕には向いているのかもしれない。でもまだどうなることか。これからどうなるかねぇ。

自分は自分に為に生きたいと思っている。どこまでも突き止めていくとやはり自分の人生なので他人のためには生きられない。安月給の上に残る奨学金の返済もあり、恋人も居ないし別に結婚する予定もない。だから、今このような事が言えるのかもしれない。姉のように結婚して子どももいるわけではないし。別に見返りなんか求めないが他人のために何かしようとするのは気持ちがいい。が、それは単なる自己満なのかもしれない。一時はいいが長い目で見て果たしてそれで自分のためになるのかなと。他人優先で自分は後回し。僕は自己犠牲なんてもうゴメンだと思ってる。
印象に残っていることがある。母親が死ぬ前だ。今まで辛いことも子どもの前ではあまり見せてこなかった母親だが、死が近づくにつれてまるで赤ちゃんみたいに非常に自分の欲求に素直になったということ。一度ばあさんち(母親の実家)に一時帰宅した時、ケーキが食べたいと言い出した。でも近くのデパートも時間的にギリギリ。夜だし買いに行くのも面倒くさいし危ないからと言っても聞かない。僕も呆れて「勝手にしろよ」とやけくそに言い放った。結局僕の自転車を借りてガリガリに痩せ細った体で買いに行ってしまった(無事に戻ってきたが)。病院へ戻ってもそんな調子。今まで見たことない姿だった。死ぬ間際の人間と言うのは自分の欲求に忠実に為るものだと。正直もう家族のことなんて余裕がなくて頭になかったと思う。今思えば人間は最終的にはこうなるのだなと。結局は自分の欲求に忠実になる。人は自分の為に生きている。他人の幸福を願いつつも自分のために生きているといえばよいのか。

僕の死生観というものはほぼ90%出来上がってるかもしれない。死は遠いものでなく近いものだと思っているので、普段は単に遠ざけているだけなのだ。何度も言ってるが必ず死ぬ。いつ死ぬかわからないだけで。自分のやりたいことが自由にできるわけでもなく後悔なんてつきものだ。正直やけくそになってるだけかもわからんが、それでもまあ明日死んでもいいやと思える感じで生きていたい。
当然今後意見が変わるかもしれないが、今は自分のために生きたい。ってかそれしか無い。
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