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主観的な自分と客観的多自分

明日の面接のために想定されうる質問に対して何とか答えを考えているわけですが、自分がどういった人間であるのか今一度整理するのも楽な作業じゃないですね。
思うけれど、自分を客観的に観るって難しいというよりは無理なことだと思うんですよね。なんていうか客観的な自分って実は偶像でって主観的な自分が生みだした産物なんだと思うわけです。客観的な自分の正体は実は主観的な自分って事です。
例えば、自分の長所を探す上で、一旦自分というものを遠くから見つめると思うわけです。まあなんでもいいので、「行動力がある」とでもしておきましょう。
「僕の長所は行動力がある事です!」これが、客観的な自分だとおもいきや、「おいおい本当にそうなのかよ?」「無理やりそう思い込んでいるだけだろ?」などと、主観的な自分がすぐさま現れて茶々をいれてきます。そうなると客観的な自分は「お・・・・おう、そうだな」「確かに何か違うんだよね・・・」と認めます。(認めないかもしれません。)そして客観的な自分が「まあ他に考えられないから行動力のある人間で通してくれ」と指示を出し、客観的な自分は「あ、はい」と指示に従います。

何でもそうですが「主観的な自分」が「客観的な自分」という偶像を生み出しているにすぎないとおもうんです。主観的な自分には絶対的権力・感情があり、客観的自分は支配されていて、服従するしかないと思うのです。
自分の精神と肉体は離れないわけで、本当に遠くから自分を眺めることなんてできないし、そんでもって心は分離できないし、心の中に心は作れません。
書いていて自分でも何を言っているのか分からないけれど、自分という人間を見つめるのは難しいことだなあと。
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