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知らぬ間に刷り込まれた価値観

ああ、出そうと思っても出す機会がなく結局言わずじまいで終わった・・・
少し肌寒くなってきたにもかかわらず日中は日差しがまだ強い。服がないのが一番の理由だけどまだ半袖い半パン、サンダルスタイルで職場へ通ってる。周り見渡すとそんな夏の格好をした人は誰もい。たった一人見かけたぐらいだ。職場のおじさんに「季節感ないね」と言われたけどさ、結局駅から職場まで歩くと暑くなるのでちょうどいいんだよね。楽だし

さて家に帰ってテレビを見ると集団行動の番組がなんと3時間も組まれていた。某大学の集団行動もはや芸術であると思う。すごいの一言。だけどね、番組見ててなんか違和感があるのよ。なんかどれもこれも軍隊みたい。そしてどっかの国のマスゲームにそっくりだ。なんでわざわざ集団行動をこんなにも大きく取り上げるのだろうという疑問。みんなでい一つのことをやり遂げるのは素晴らしいと思うんだよ。けどねと感動を誘ってあたかも集団行動を無意識に刷り込ませるような意図を感じたわ。
そういえば高校まで体育とかなんやらで集団行動は当たり前だだった。面倒くさいは思いつつもこれがあたり前なのかと知らず知らずにそういう価値観が出来上がってた。おまけに野球というまさに集団スポーツをやっていたこともあり尚更その価値観が出来上がってた。今思えばやっぱ異様じゃないかと思うわ。なんかね、集団で行動するのが当たり前という風潮なのか、個人で行動するのがあたかも異様な感じで見られるのは気のせいだろうか。閉鎖的な空間であれば尚更で、学校でも一人でいると異様な目で見られる。まさに偏見の目だ。
大学時代、ヒッキーから復帰した年はずっと一人ぼっちで行動していたけどなんとか大丈夫だった。人が多かった分ぼっちでもあまり目立たない。まあほとんど人間が集団作って行動していたけどさ。集団で行動するって面倒くさくないか?主張しても結局輪を乱さないように相手の顔や空気を読みながらしなきゃいけないし。

実社会でも集団行動の影響が出ていると思う。組織に入れば個はなどいらない。個は邪魔なのだ。そうとなれば一律均等、組織に従順になるだけでいい。これって会社対社員、もっと大きく見ると国対国民。
何だろう、極端な話組織に入ってリーダーの指示にはいはいと従っていれば別に自分の頭で考えなくても済む。おまけに所属していること自分の居場所ができるわけで、安心しきってしまう。
集団行動が当たり前だという価値観だと個人は認めない、そして自分で考えない人間を生み出すだけだとお僕は思うんだよね。指示する通り従ってくれればいいんだから、まさに組織、支配層にとっては好都合な洗脳だ。
とりあえずみんなで動く、人に合わせるのが嫌いなので集団行動はしたくない。常に自分で考えて自分の勘を頼りに生きたい限り。
ああ、仕事かったるいよ。耳栓なしで数時間もディーゼル発電機の音が響く場所で作業をしていたせいか、耳がぶっ壊れそうになった。膝の曲げる回数も多いし、絶対体のどこかがおかしくなるって。機械相手の仕事は面白くもなんともないでふ
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