FC2ブログ

晴れぬ

今日も朝からもどんよりとした空模様。おまけに風も強いし部屋は暗いまま。本当に天気って心に与える影響が大きいのか、ただでさえ憂鬱な気分をさら憂鬱にさせてくれる。せっかく早起きしたけど嫌なことばかり考えてしまうので昼前まで寝ていた。寝ている間だけが唯一何も考えなくて済む。なんか悲しいけど。
昨日前の会社の人たちと夜飯を食べに行ったが、話題もなにも浮かばない。ただただ話を聞きながら目の前にある飯を胃に流し込むだけだった。

立ち止まりたい。
そう願っても時間はあっという間に過ぎて待ってくれない。心がついていかないけど、そう簡単に立ち止まらせてくれない。ゆっくり考える猶予なんて与えてくれない。時間は皆平等だけど人それぞれ時間の流れなんてなんて違うわけで一色淡にはできないと思う。
もう1年の半分が今日で終わろうとしている。ただただ、流されるだけの毎日。何かをかみしめながら生きているわけでもなし、残りの半年も同じようにただ流されるだけなんだろうと思う。心だけどこか置き去りにして、肉体だけを何とか動かしている。うまく和焦るために休日があるようなものでまた分離するのだろうか。自分が甘いのはわかっているのだがそうはいってもしんどいものはしんどいのである。組織の中で働く。かったるいものかったるい。でも僕は十分立ち止まってきたのではないかって、無駄な時間を過ごしてしまった20代を振り返る。

こんなことばかり思う
スポンサーサイト



生きてますか

やたら時計の針が進むのが早く感じる。出勤時間ギリギリまでめいいっぱい布団の中でうずくまっている平日の朝。なんでこんな嫌なんだろうかなぁと。思うことは毎日一緒で、そもそも何を思っているのかすらよくわからない。毎日をただやり過ごしているだけで生きている実感というものはない。

せっかくの休日なのに外出しようと思ったのに雨が降ってきてしまった。気づけばもう11時。昨日のむさくるしい暑さから一変、涼しくなったのはうれしいけどうれしくないのだ。
朝から旅サラダをで、イタリアの旅を見ていた。景色の美しさもさることながらリポーターの子も美人でそちらをメインに見ていたと思う。なんていうか世界にはこんなに美しい景色あって美女がいるのになんで目の前の景色ははこんなに歪んで見えるのだろうか。自分で自分の視野を狭めているだけなのか?

そういえば仮面ライダークウガをまた見ている。
14話目だったか、自棄を起こしている青年の蝶野に五代雄介が言っていた。
「蝶野さん、生きてますか?」
「生きてるなら生きてることを自分で楽しくした方がいいと思うけどなぁ」

このセリフが今の自分に言われているような気がして。なんか自分で自分をつまらなくしている自覚はある。
今に限ったことではなくて昔からそうだったのだと思う。

僕には

また一週間が終わる。毎日、毎週、毎月、思うことは同じ。自分自身が何なのか、よくわからなくなってきている。

珍しく土曜日の今日、バイトへ行ってきた。朝からバタバタしていたのが何というべきか、前日からしっかり確認・準備しておけば直前になってトラブルだなんだでここまでバタバタせずに済んだのでは?と内心思う。文句を言いたかったのだが、そこは言わず。人員も少ない現状厳しいのか。
そういえば異動直後、異動先の事業所でも同じ事をよく思っていて改善しようと動いていた。同じ会社の中といえど職場が違えばやり方も何もも違う。だけど朝から不用意なことで冷や汗書きながらバタバタしたい人なんていないし、心に余裕のない状態でお客さんと接したくない。そうならないようにするために準備するわけであって、至極当たり前のことができていない現状。ただ今は部外者の身なので言っても仕方ないかと思う。
それとブログ読み返して、辞める直前社長とやり取りで、この事業所(地元)に戻すという話になっていたんだよなあって。万年人員不足でたまにお手伝いで行かされていたけど、ぼくは現状を肌で感じていたから戻りたくなかった。それも含め辞めたのだと、そのことをふと思い出した。「ああ、この気持ち、これなんだよなぁ」。
感情が先立ってしまうと、都合の良いことだけ思い出して今の会社と比べて「前の会社に戻りたいなぁ」と一時的に思ってしまうのだが、やっぱり今の状態では戻るべきではなかった思う。辞めて正解だったのかはわからない。人が入れ変われば戻りたいのだろうか。だからすごく複雑なのである。

それと土曜日なので外注業者の方が来ていた。普段日曜日に呼ばれることが多いのででなかなか会うことが出来ず。たわいもない話から始まって、作業風景も眺めていた。おそらく入社当時こういうことをやりたがっていたのかなって思った。サービスの内製化はやはり現状無理なのだ。やりたいなら外注業者になるしかないか。
それと同時に労働生活が始まって、僕はほんと真剣に生きてこなかったんだと改めて実感した。31歳具体的なスキルなし。資格はあってもただの許可証みたいなもの。理想を追い求めすぎていたのか。我慢できなかったのか・・・。もう遅いのか
僕には何もない、希望すら。

Read more...

よかったことだけ

ずいぶん日が長くなったなあなんて思ってたけど、もうすぐ夏至。西に住めばもっと日が落ちるのが遅いんだろうと考えると羨ましいなと思う。
仕事が終わって駐輪場へ向かう途中、よく夕空を眺めてたなあって。夕方の浜名湖。一日が終わって一番ホッとする瞬間だった。懐かしいというほど時間は立ってないけど、やはりどこか恋しいのだと思う。とっとと地元に帰りたいなんて思ってたけど、実は離れるのが寂しかったのかもしれない。思い出はいつだって美化されてしまうけど今の僕はそうでもしないとおかしくなってしまいそうで。もうあんな気持ちで空を眺めることはできないんだろうか。

今日も仕事が嫌すぎて別の事を考えていた。思うように進まず結局パソコンの前に座っているだけ状態。集中できないから早めに残業を切り上げて帰ってきた。
そういえば朝出家出ようとしたら家の前に車が止まった。近所だった小中の同級生のお父さん。「戻ってきたのか!」たわいもない会話をする。正直元気が出ないから知ってる人に会うのは内心辛いのである。「そういえば〇〇は?」とっくに結婚して3歳になる子供もいるだとか。「おまえも早く結婚しろ!」そう言われて会社に向かった。おそらく地元にいる焼酎の同級生たちは大体が結婚しいているんじゃないのか。もうほとんど関わってないから詳しいことはわからないけれども。皆順調に人生歩んでいるように見える。皆僕はいつまでたって同じ地点にいる。逃げ出し振り出し、同じことの繰り返し。結局昔から変わってないのだ。でも時間も戻らないし、やり直せもしない。なんで困難人間になっちゃったんだろうって思うけどそういう気質だったのだろうかな。昔は嫌なことだって我慢してやってたのに。

期待なんていつだって

ようやく1週間が終わった。明日も仕事、明後日はバイト。今週は休みがないから夜だけでもゆっくりできればいいなって。
日々に思うことなんてなくて、ただただ目の前にあるやらなきゃいけないことをやるだけ。生きてる実感がないなんて言ってるけど、この日々に納得ができてないんだと思う。

帰りに気になっていたピリ辛ウインナーを買ってきて食った。酒飲んで、さっそく食べてみたけど味はまあまあだな。思っていた味と違う。まあ想定内だ。めちゃめちゃマズいわけでもないから全部食す。

「期待なんてしちゃいけない」

期待なんていつだって裏切られる。裏切られるという言い方はよろしくないかな。自分が想像していたものと現実のギャップ。
期待が大きければ大きいほどギャップも大きくなる。想定できる範囲のものであればいいのだが、そんな簡単なものばかりではないのがこの夜中。だからいざ期待と現実との差を突きつけれたら、「こんなものか」っって無理にでも感情を殺し、納得するよう自分に麻酔をかける。そういうもんだとそう言い聞かせて生き生きてるんだろうけど、やっぱり苦しいものは苦しいな。
なんだってそうだ。自分お思う通りの結果ならストレスもないし苦労もしない。期待もせず、あるがままにすべてを受け入れる強さがあったらどんなに生きるのが楽なのだろうかね。

何処で折り合いをつけるか、こんなこと言ってる歳じゃねぇなあと思いつつ。

生きてますか

6月に入ってもう1/3が終わろとしている。生きてますか?生きてる実感はありますか?
昨日はコンビニ行く以外一日ずっと布団の上にいた。何かをしたいという意欲も全くなく、ただただ布団の上でぐったり。もったいないとどこか心で思いつつ、でもかといっててやっぱり何もする気が起きない。ここ数か月ずっとこんな感じだ。
そして今日はアルバイト。行ったら行ったら一時的に元気がわく。慣れた人たちとの人と会話を通じて一時的にでも気がまぎれる。でも帰ってくればぐったり。何か強制されない限りは、休日といえど家から出ることはないんだろう。

僕にとっての休日はただただ仕事から逃れるための猶予に過ぎない。休みの日こそが本来ある日常で、仕事のある平日こそが非日常なのか、よくわからなくなっている。寝たくて仕方ないけど寝てしまえば明日が来てしまう。そんな憂鬱さはいつ案で続くのか。

一日が長く、一週間が短く、一ヵ月がさらに短く感じる。なんというか、本当にに生きているという実感があまり感じられないのだ。このまま自分が何もできない状態、何もしない状態で歳を取るのが怖い。あっという間の40、50、60歳。考えれば考えるほど、怖くて怖くて・・・・。どこへ向かいたいか、よくわからない。

夜明けとあれから

朝4時過ぎ、蚊が飛ぶ音とともに目が覚めた。外は雨あがり、まだどんよりしていたけど休日だからかすがすがしい。早朝なのに回覧板を置きに行ってコンビニ行って。平日の朝ならすぐに二度寝してしまうのだろうが、今日はこの後出勤することもないし朝から缶酎ハイを飲んでいる様である。深夜~早朝の、人が全くいないこの空間が溜まらない。そしてどこか懐かしいのである。
10年前一時期引きこもっていたころ、日中はとても外でに出れなかったのでまだ暗い早朝にコンビニへ食料を買いに行っていた。昼夜のリズムが完全に逆転してしまっていたのだが、一日の中で唯一嫌なことを考えなくて済む時間帯だった。あの暗闇と静寂さが非常に心地よかった。あの時、レジでバイトの関西弁のおっちゃんによくしゃべりかけられていたけど、もうそのコンビニはなくななってしまった。あのおっちゃんはどうしているんだろうか。
千葉のアパートから実家まで原付にのって帰ったあの頃、そして前住んでいたアパートから実家へ帰ったあの時。街が寝静まっている中、百何十キロの道のりをよく知らない道を駆け抜けたあの快感。もう味わうことはできないのだろうか。
よくお客さんに誘われ釣りに行ったあの頃早朝。もう早くも9か月経つのか。僕は・・・これでよかったのか、ずっと自問自答してる。時の流れは残酷だ。すべてが過去だ。


まだ6時過ぎ、これから一日が始まる実感がない。朝から酒飲んでて大丈夫かと思うが、まあいいかと。
楽しかったことだけ思い出して、今ある不安から逃れたい。

時が



東映で配信されている「未来戦タイタイムレンジャー」を見ている。当時小6、2000年あたりの作品だからもう19年前の作品。決して古さを感じさせないのは、あの難しく斬新なオープニング曲と世界観だからか。ちょうど同時期に放送されていた仮面ライダークウガにしかり、今見てもやっぱりこれまでの子供向けヒーロー番組とは思えない、大人向けのドラマといった感じだろうか。ちょうど20世紀と21位世紀の区切りだったからか、あそこが一つのターニングポイントだったのかもしれない、色々と。
エンディング眺めて、なんだか懐かしくなって、当時の事思い出そうとするけどなかなか思い出せない。

時間が流れ流れ19年近く経つようなのだけれども、時間だけ過ぎてちっとも成長できなかった。
あの頃考えてたか知らないけれども、ホントみっともない大人になってしまったなって思う。結局理想と現実のズレをうまく自分の中で修正しながら生きてきたつもりだったけど、やっぱりできていなかった。辛いと思っても10代の頃の自分なら我慢して耐えていただろうが、今はそれもできなくなってしまった。最初の方向性を間違えた時点でダメだったのだろうし。何かに特化したスキルもないまま、だから理転職を繰り返してきた。ようやくスキルをつけられるかなと思いきや期待だけですでに嫌になっている。仕事内容に働き方ににしろ。

当の昔のすでに詰んでた。20代は見て見ぬ振りができた。まだ大丈夫と。もう30代に入ってそれもできなくなり、自分がやばいことに気付いた時点で遅いのだ。時間が巻き戻せたらなんて思わない。
まあ悔いても仕方ないし、時間は止まってくれないからこれからの事を考えるべきなのだけれども、やっぱりこれまでの事や考えが邪魔して卑屈になってしまうのな。まあこれから生きていくことを考えなければならない。
自分で書いてて嫌になってしまうなホント。


ユウリが美人過ぎて辛い。