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気力なし

GWも三日目が終わろうとしている。昨日のアルバイトでだいぶ疲れがたまっているようで朝から疲労感でぐったり。おまけに風邪をひいたのか鼻水が止まらないのと少し、呼吸が苦しい。天気も悪いし一日中お布団の中に入ってゆっくりしていた。なんだか気持ちがどんどんふさがっていく。

昨日は元職場へとアルバイトへと行ってきた。お仕事の後、お客さんにバーベキューに誘われたので、終業後同い年の社員と一緒に参加することに。雑談とか会社に対する要望だとか。僕は元社員だから関係ないと思いつつも、でもお客さんの要望を聞いてると「最もだな」と思う。
さて、65過ぎたお客さんが「最近は夢中になれるものがない」と言っていた。話を聞いてるとかなり多趣味で、僕が興味ありそうなものばかりだったのだ。定年後の生活を楽しみにしていたようだが、どうも気力がわかなくなってしまったらしい。確かに数年前と比べて覇気というか元気が感じられなくなっている。歳を取るとやはり気力がなくなってしまうのだろうか。

それを聞いて今の僕は自分はいったい何なんだろうかと思ってしまった。その人の半分も生きていないのに何かをする気力がない。恐らくやりたいことは色々あるのだろうけれども、腰が重い。だるいなぁ、と感じてばかり。なのでせっかくの休日もアルバイトの要請がなければ家の中でだあっとしてるだけ。

趣味を純粋に楽しみたいけど、結局それはただの手段でなんだかんだで誰かと関わりたい、楽しい時間を共有したいだけだと思う。一人は好きだ。だがやはり一人では限界がある。キャンプ道具積んで走ってるバイカーたち羨ましくましく見える。
北海道まで自転車旅をした光景を思い出す。
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じいちゃんとコナンと連休

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月の初めくらいに横道世之介と並行してコナンの「ゼロの執行人」を借りてきて見ていた。僕の中では「時計仕掛けの摩天楼」と「14番目の標的」で記憶が止まってるので(他にも見たけどタイトルが分からない)、普通に面白かった。なので久々に映画館へ行こうと先日今話題の「紺青の拳」見に行ってきた。相変わらずの安定感だなと思いつつ、でも僕は「ゼロの執行人」にほうが面白いなあと思う。すでに見ていたので内容はわかっていたが、今日の金曜ロードショーは非常に楽しみでとっとと会社から帰ってきた。
コナンといえば死んだじいちゃん。まだ元気だったころ、よく土曜日に遊びに行くとコナンを見ていた。アニメなんて見るなんて最初は珍しいなあと思ってたけど、どうやら母親の影響らしい。闘病の時、一時的にじいちゃんばあちゃんの家で過ごしていたときに見ていたらしく、それから見始めるようになったって聞いた。土曜の夕方に家にいる時は今でも僕は見るのだが、ふとそのことを思い出してしまう。


さて、明日から10連休である。特に何をするという予定は決めていない。せっかくの連休だから遠出しようと思い、久々に福岡もいいなと思ったけど、行ったら行ったで、どこか虚しさがこみあげてくるような気がして。
一人でいろいろどこか行ったり何かすることに対して20代の頃は何にも思わなかった。多少寂しさはあってもそれが当たり前だったが、今は違う。せっかくの楽しいこと誰とも共有できないことに寂しさと虚しさしかない。一人だったら何やっても思うことは同じで変わらないんだと思うようになってしまった。気落ちしているからだろうか。

一時的に仕事のことは考えなくていいのだが、最終日は絶望感で一杯なんだろうな。

飛んでサヨナラ

高層ビルの最上階、窓から下をのぞけば、あまりの高さに身構えてしまう。「ああ、確実に死ねるなと。」
窓をいじってたらなぜか網戸が外れ、瞬間、手を伸ばした。こんな高さから落下したら立派な凶器だ。危うく殺人者になるところだったとほっと息をついた瞬間、横から小中一緒だった同級生が勢いよく窓から飛び降りていった。
瞬間的にやばいと思った僕は耳をふさいだ。恐らく地面にたたきつけられる音をリアルに想像したのだろう。

夢と言いながらやばいと思った瞬間、急に脳が起きて、あたかも現実とリンクしているような感覚がたまにある。間違いなく寝ているんだけど、でもあれは夢なんだよなぁ。はっきり記憶があるのに。

ふと僕が生まれ2年前に飛び降りて死んだ岡田有希子の事を思い出した。

生きていくこと

1年前ぐらいだろうか、大学時代の友人に久しぶりに電話をし会話をした。そのころ僕は今より遥かに精神状態が安定していた。
僕が言うのもなんだがちょっと頼りない奴で元気でやっているのか、卒業後もたまに電話をしていた。
いつもはまあ元気だよと、たわいもない会話だったのだが、ただその時の電話の内容はちょっと重いもので自分としてもなんて言っていいかわからなかった。まあ大丈夫だろうとしばらく連絡を取っていなかったのだが。

ここ数日、最近何回電話をしても全くつながらないのである。たまたま繋がらないだけなのかそれとも。

あの時言っていたことが本当だったのならば。
確かめる手段が他にないので、電話がかかってくることを祈るしかないか。

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楽園へと連れてって

家に帰ると日本学生支援機構からハガキが。
返済開始から今年で7年目。残高が残り200万円を切った。ああ、ようやく100万返し終わったのかと、長かったなと思う。毎月一万4千円弱ちびちびを返し続けているが、このペースで返すとなると2030年になる。11年後なので、42歳ぐらいになるのかな。
40代になったの自分の姿が全く想像つかない。そもそも生きているのだろうかと。新卒で同じ会社に勤めあげていたらとっとと返し終えていただろう300万。18歳の時は300万円の重みが分からなかった、ただのアホ。

僕はこのこれだけの借金を背負って、それなりのリターンを得ることができただろうか?結果的にNOだろう。僕はバカで甘ちゃんだった。自分への投資のはず、結果的にただの借金となってしまった。金と時間の無駄。結果的にはそういわざるを得ない。


そんなことを思いなが明日の事を考える。
朝がくるたび襲う絶望感。明日が来なけりゃいいのにと願うが、残念ながら来てしまうんだよなこれが。もともと今の自分の能力では無理がある日程だったけど、予想通り、納期的に間に合うかかなり厳しくなってきた。この先こんな調子で今後続くとなるとこの仕事は耐えられるだろうか。明日も出勤か・・・

僕は今



春はあまりいい記憶がない。精神がどこか不安定なことが多かったから、ホントここ数年のが唯一春を感じることができたのかなって。やっぱり心に余裕があったのだ。そして今年の春。案の定、気ちが下がっている。桜を眺める余裕もなく、散ってしまった・・。

先日、久しぶりに映画の「横道世之介」を見た。この時期になるとどうしても見たくなってしまうのだ。特にこれといって上げ下げがあるわけでもなく淡々と進んでいくけど、どこか心地の良い世界観。退屈な人には退屈に見えるのだろうけど。
ただただ青春時代が懐かしくて見てるわけでもなく、かといって自分の学生時代と比較してしまう。原作の小説は読んでいないのだが、続編が出たらしい。読みたいけど気力がない。

世之介みたいなやつと友人になりたかったか、それとも世之介のような人間になりたかったか。
僕は誰からも愛されるようなキャラでもない。今までで出会った人たちの記憶に中に僕の存在は残っているんだろうか。ふとした瞬間に思い出してもらって少しでも気にしてくれたらうれしいのにと思う。

世之介が祥子が見送るるラストシーン。この場所がここ何年も気になっていたのだけれどもようやく分かってなんかすっきりした。来世は京王線沿いで学生時代を過ごしたいですね。

抜け殻

僕が住んでた部屋はすでに誰かが住んででいるようで、たった半年間でなんだか世界が変わってしまったようだ。

すでに2日ほど経ってしまったが、4連休で前住んでいた町へと行ってきた。特に何もなく特に何をするでもなく。懐かしいというにはほど遠く、慣れた道を歩いていてどことなく違和感があった。が、それも2日目にして消えて、「ああ、ここだ」と。元に戻ってきたような気分。普段原付で移動していたから、原付から見る景色と歩いてみる景色というものは全く違うのである。
もともと住んでたマンションの前を通ったけど、やっぱり誰かが住んでいるようで。もうあの場所には帰れないんだということがよく分かった。
たった2年半だったけどなんだかんだ言って濃い時間を過ごした場所でもある。もう過去の事。

この連休明けのこの2日間は魂が抜けてしまったのか、全く気持ちが切り替わらない状況。朝が非常に憂鬱であり、逃げ出したい気持ち。自分で選択したはずなのに・・・。入ってみないと分からないことばかりだけど、すごく息苦しさを感じる。
何処までも懲りることもなく。こんなことを何回思っても何度同じ過ちを繰り返すのか・・・。

来月でまた一つ歳を取る。生きるのってしんどいね。
やっぱり根底にあるのは働きたくない」ただ一つ。「早く死にたいな」と久しぶりに思った今日この頃。