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これでよかったか



日曜、事故もなく無事最後の出勤を終えた、そして翌日に送別会。最後、送別品をもらったのと一人ずつからの一言。若干説教臭いことを交えたエールを言っていた人もいたが、まあそこはニコニコしながら聞いていた。珍しく二次会のスナックへ行き無事お開き。
改めて思ったが、会社であんなに話せるのに会社から出てしまうと話題が思い浮全く話題がばないのである。席順が悪かったか?酒を飲むと気持ちが冷めてしまうからなのか?無理くりしゃべったけど、やっぱり話題が思いつかない。結局は仕事の話にいきついてしまうのが何とも悲しいかな。この2年弱、情報を大量にインプットしたり特別何かやっていたわけでもなかったので、毎日が食って寝て会社に行っての繰り返し。いろんな人に出会って「そういえば人と話をするのが好きではなかった」ということさえ忘れていたのかもしれない。まあ、小話の1つや2つは作っておきたいなあと思う。
それと誰かを送り出すときは、退職理由がどうであれ気持ちよく送り出してあげるべきだなと。

未だに辞める実感が沸かない。辞めるといってあっという間の1ヵ月。唐突過ぎたので自分でも気持ちが追い付いていないのか。所長に「(地元にある事業所に)また遊びに来なよ」と言われたが、まあ完全に縁が切れたわけでもないだろうと思ってる。それはありがたいことだ。
来週から新しい環境になるが、それまで不安も何も感じなかったけど、ここ最近自分が新入社員になる夢を見ることが多くなった。内容はめちゃめちゃなのだが、夢なのになぜか引きずって不安になる。
「これでよかったのか」ということが頭にふとよぎるけど、「何で、何を思って転職活動をしていたんだ?」ということを思い出してぶつけている。他の人からも言われたが、僕は考え過ぎてしまう人間なのであまり考えないようにしよう。
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居心地が悪いと思っていたけど

地元へ帰ってきたからと言って新鮮味なんて全くない。ああ、ようやく2年前と同じ生活に戻るのかというような感じ。
さぼりつつも荷物の整理と片付けがひと段落した。とりあえず住める状態ではある。一人で住むには大きすぎるが、小さな部屋では息が詰まる。寂しさなんてものはない。いつからだろう、何かをありのまま受け止められるようになったのは。
換気扇の交換、障子・網戸の張替え、敷地内の木の剪定、エアコン修理・・・まだまだやることがたくさんあるが徐々にやっていこう。かったるいし。

今日は洗濯機の排水用の部品を買いにぷらっと隣町まで行ってきた。今までは田舎道ばかり走っていたのでカブでもなんとか走れたけれどもこちらは交通量が多いので結構気を遣う。「ああ、ここ地元だよなぁ?」。田舎の生活に慣れてしまったのか、なんというか人や街の雰囲気が全く違うことに少々戸惑っている自分に気付いた。
閉塞的な空気が嫌で高校卒業したら地元を飛び出した・・・・なんて事はないのだけれども、地元を出てから何度か戻ってくるたびにどことなく閉塞感をは感じていた。住んでた千葉や東京と比べたら何もない只の田舎に見えた。別に戻りたいとは全く思っていなかったけどでも結局なんだかんだで戻ってきてしまった。きっと母親と親父が生きていればここに戻って来ることはまずなかったっと思うけど、まあ人生ってわからないものだねと。歳をとるにつれて諦めというかもうどうでもよく思えるようになった来たので閉塞感もくそもない。ただ、「知っている人たち」がいっぱいいるので、どこか顔を合わせたくないというか街でばったり会いたくないと思っている自分がいる。居心地の良さと居心地の悪さの共存。わずらわしさの間違いか。

さて明日は最終出勤日。なのでまたこれから向こうへと向かわないといけない
。次の日の送別会が終わってからせっかく時間があるのだから遠くへ行こうと計画している。めったに行けない四国(香川・愛媛)へ行こうかと思っていたけどどうやら天気が悪そうだ。なので近場にしようかどうか、いっそのこと北は盛岡まで行くか、無難に東京でふらふらするか。行ってみたかった下呂温泉もいいなあと思う。次の会社でやっていけるのかという不安など一切なく、そのことばかりで頭がいっぱいだ。

そのまんま東へ



昨日の夕方に引っ越し作業が終わった。すっからかんになってしまった部屋はなんだか広く感じてしまう。たった2年弱だが済んでた部屋。住めば都だというが都まではいかずともこの街、この部屋に思い入れはあるのだ。きっと、いずれは誰かがこの部屋に住むことになってしまうんだろうなぁ。まあ寂しさはなく、結構あっさりした感情しかないけど、いよいよ旅立ってしまうんだという気持ちに。
そして23時過ぎ、リトルカブでいよいよ地元へ向けて出発。自分としてはふらっと隣町までツーリングするような感覚だった。真夜中の道路はさすがに車通りはなく、でも時折来るトラックはめちゃめちゃ怖かった。走りながら「あー2年前もここ通ったな」と懐かしい気持ちになりながらひたすら東へ。国1を走りたかったが、車の交通量と原付が立ち入れないバイパスのエリアを考慮して、遠回りだけど150号線をひたすら走り御前崎を目指した。だが途中ガソリンスタンドがどこもやってないことに気づき、残油量を気にしながらそれでも前へひた走る。途中焼津のスタンドで給油したとことろ約1.1L程。ここまでの走行距離にしておおよそ90キロ弱。燃費良すぎだろ!ほぼほぼ信号がないようなところばかりだったので一定のスピードで走れたからだろう。最近給油回数が増えて燃費が悪くなっているような気がしていたのでまあ、信号がある街中や坂道ばかりは走ってればそう感じるのも無理はないか。
興津から由比の区間はどうしても1号線を通らねばならず、真横を猛スピードで走り抜けていくトラックがめちゃめちゃ怖すぎておしっこ漏らしそうになった。まあ危険エリアを抜けてあとはトコトコト、日が出る前に何とか実家に到着。静岡は広い!

夕方に引っ越し業者が来て荷物をすべて積み下ろし、ああ家の掃除をしないといけないので面倒くさいのである。

覚えてない

昨日の夜に豊橋で職場のおっちゃんの企画で個別の送別会をしてもらった。おっちゃんともう一人、僕が入社した当時出向で来ていた支配人。今は別の会社にいるのだが、当時聞けなかったことだとか業界のことだとかいろいろ裏話がきけて面白かった。面接で「こんな質問されましたよ」なんて言えば「覚えてない(笑」と。あんた面接で進行やってたじゃんと。
まあそんあこんなで2軒目に豊橋駅の西口の飲み屋街に連れて行ってもらったが、なかなか面白いところだなあと。豊橋は近いけどこんなところがあったなんてしらなかったので、もっと早く知っていればと思った。結局3時間ぐらいで解散。

元々というか今もその人はサービスマン(サービスエンジニア)なのだが、「たった数年でできるようになるわけないじゃん」と。5年10年やってようやくという話。昔は教育というものがしっかりしていたし講習会も頻繁にやっていたそうだが今はもうそう言うことはなくなってしまったと。時代が変わってしまったのだ。
経験豊富なベテランは高齢化。そして間の世代が全くいない。親会社ですらそうなのだ。後継者を育てるにも指導する側に残された時間がない。皆60代以上なので引退のほうが早いだろう。今いる会社にしろ業界全体での問題だろうと思う。僕は辞めて良かったのだろうか。いずれにせよ、サービスマンとしてやっていくような環境ではないと判断したのだから振り返ってはだめなのだと思う。

自分が思っているほど

今日で一先ず落ち着いた。明日からようやく有給消化に入る。と言ってもあと一日出勤するのだけれども、無理して連休の間に最終出勤日を入れるべきではなかったなと思う。まあ仕方なし。来たお客さんにあいさつ回りをし、会えないお客さんには電話を。そこまで親しくなかったお客さんはやっぱり事務的な対応で、仲良くさせてもらったお客さんには色々とお声掛けをしていただいた。やっぱり全員に挨拶をする必要はないなとぁと、それに自分が思っている以上に相手はそこまで気にしていないという結論。まあそんなもんか。でもなんだかあっという間だったが、いろいろな人たちと関われたことは勉強になったし財産になったと思ってる。

明日は明後日の引っ越しに向けての荷造り。夜は個別の送別会。
そういえばようやく総合通信局から1陸技の免状が届いた。長い道のりだった?なあと思うが、結局この免許を使う仕事に就くわけじゃないから宝の持ち腐れだろうか。学生の頃、そして20代前半に取得していたらまた違った道があったんだろう可と思うが。
今更取得しても遅い気がするが、更新もないし一生ものだから良しとしよう。この先何があるのか分からないのだし。

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そしていなくなった

出勤もほぼほぼ今週いっぱいまで。兎に角時間があっという間に過ぎていく。
丁度親会社のイベントでいろいろな人が集まってきているのでお世話になった人、関りにある人たちへのあいさつ回り。突然の報告でびっくりしていたけど「頑張ってくださいね」と。その中で、去年研修に来た当時新入社員の子が辞めたという話を耳にした。僕もびっくりしたが、彼なり思うことがあったらしく、つい最近転職したとのこと。入社して1年半くらいだし、まだチャンスはこれからだと思うけど、待てなかったのか。「こうしたい」という思いが強かったのだと思うが、僕は彼が周りの様子を見て、長い目で見たらたぶんチャンスはないと「見限った」としか思えない。どうこう言えるような立場ではないし、せっかく有名な大企業に入れたのにもったいないない。普通の人らはそう映るのだろうが、でも本人からすれば自分の希望もあるし、それが叶えられそうな会社が見つかったのだから、期待をもって辞める決断をしたのだと。自分が納得してそういう選択を取ったのだからいいんじゃないかと思う。
大企業に入れたからと言っても自分が望んでいたことでやれるかと言ったらそれは不確定だし、皆与えられたことを必死でこなしている様に見える。待遇は当然いいんだろうけど、やっぱり自分が違うなあと思えば別の会社に移るのだって一つの選択肢だし勇気かなと。
まあ一回しかない人生だから、自分が思うように生きればいいんじゃないかと。成功しようが失敗して後悔しようがその結果を素直に受け入れるだけ。自分にもそう言い聞かせてる。

今月いっぱいで辞めることになりまして

一昨日、ようやく社内人事が発表され僕が退職することが伝えられた。両手で数えられるぐらいの小さな職場なのだけれども、それを聞いた他の社員はどう思っただろうか。辞めずに残ったとしても同じタイミングで異動だっただろうから遅かれ早かれ今の事業所からいなくなっていたと思う。僕の送別会の計画が練られていく。それと同時に個別の送別会もちょこちょこと。それと地元の事業所にも顔を出さなければ。半年くらいしかいなかったけどスタートした地でもあるし、皆地元の人だしお世話になった。

親会社、関係会社、外注業者、今週会った人には「今月で退職することになりまして・・・・」と。挨拶するたびに思う。2年弱あっという間だったなあと。そしてそれでもまだたった2年ちょっしか経ってないんだよなあと。高齢化が著しい業界だから30歳の僕ですらかなり若い。それといろんな人に出会っていたんだなあとしみじみ思う。まあすごい狭い世界だったけど。
お世話になったお客さん達にもあいさつしたいのだが、何せ時間がない。来ても週末だけだし、電話で伝えるべきか。
それと同時に僕が心配なのは、今やり取りしてるお客さんの依頼事項。初めから他の人に任せればよかったと思うが、丸投げしてるみたいでそれはできなかった。まあ誰か何とかしてくれるだろうと願う。

僕がいなくなっても会社は回る。それが事実だ。現場が大変になるだろうけど、僕が抜けた分皆頑張って動くだろう。その後辞める人が続出しなけりゃいいが。

ひとまず

「土日ってこんない人がいるんだなぁ。」
試験帰りの浜松駅はいつも以上に人がいたように見える。いつも土日が仕事だから、目の前の光景が非常に新鮮なんだけど。平日休みにはそれなりの良さもあるんだけどやっぱり土日休みがいいなあと思う。
さて、今日は電検三種の試験日。朝から電車に乗っててツインメッセへ。あんだけ時間があったし、昨日も有給取って勉強する気だったけど結局やる気が出ず。4科目中2科目受けて切り上げ。無勉で挑み、なんとかイケたかなぁあなんて淡い期待を抱いていたけど、自己採点してみてやっぱりだめかと。あたりまえか。さすがに電検は4科目も同時進行で勉強できる気がしない。まあ、取ったところで仕事に直接関係ないんだけど、やっぱりほしいなあと思う、また1年後か・・・。

それとようやく退職日が決まり、正式に10月からの入社が決まった。社内での正式な発表は休み明けだろうか。今の会社での仕事も残り10日もない。引継ぎ事項なんてあってないようなもんだけど、今お客さんから受けてる依頼が頭から離れずそれだけが心配だ。試験も終わり退職も決まったので一安心。あとは退職と引越しに向けての準備。10月からやっていけるだろうか