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前見て後ろ見る

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10年後はめちゃめちゃ遠く感じるのに、10年前は近く感じる。そんな10年前の夏の写真を眺めながら。
30歳なんて遠い存在だと思ってたけど、なってしまえばあっという間。20歳の自分へ、今あなたが考えてるほど30歳の自分は立派ではないし、自分に自信がないというところは同じだけども、それででも何とか生きてるよ、って。

「5年後、10年後どうなっていたいか?」今の会社に入るとき時の面接で聞かれたのを思い出す。そんなもの分からないと思っていた。今でも先の事なんてわからない。来年どうなっているかすら分からない。でも分からないなりに形だけでもプランを描く。目標がなければ自分の到着地点が分からない。ただ、目標を立てても会社に振り回されれて目標通りに行くか分からない。所詮会社といえど蓋を開ければ人間の集まり、そして人間が決めたことだから不確定なことしかない。日々の中でだんだん見えてこなかった部分が見えてきて、変わる気配もなくやるだけバカに見えてきてそうやってやる気を一気になくした。

昨日労働条件の説明やら職場を見に再び受けた会社に行ってきた。一通り終わって会社に入社する意思を見せたが、あとは入社日だけ。それが決まってから雇用契約を結ぶことになる。今日所長とも少しだけ話したが予定通り9月末で会社を辞めることになると思う。まだ退職届は出していないので準備しないと。

「ようやく地元に帰れる」と高校の友人たちにLINEをした。転勤してから物理的距離がありすぎて友人たちとの集まりもなかなか参加できなかったが、これで比較的集まりやすくなるだろうか。
僕にとって大学卒業してからのこの7年間、離転職を繰り返し、無職も経験し、時間の無駄と金と機会の損失を悔やんだ。
新卒で入った会社で続ける。ストレートで高卒12年目、大卒8年目、院卒6年目。転職が比較的当たり前の時代だけど、一つの組織で働き続けること、踏ん張ることを選択してきた人たちがたくましく、僕にとってはうらやましくも思える。
他人と比べ破滅的で不安定な生き方をしているし、ただただ後ろめたさだけが残ってたけど、「転職しまくりながらも人間的厚みを増してうらやましい」なんて返事。「お前大丈夫かよっ」て当然思われていたんだろうけど、最初の頃と比べたら成長してるように見えるんだろうか。僕とは違い、結婚もして大企業に勤めてる友人たちには到底及ばないが、そんな順風そうに見える人間が、僕のような人間の生き方を羨ましく思うもんなんだなあと。ないものねだりか、まあまだ身軽な証拠だなって。

10年って長いよなぁ。5年後は35歳、10年後は40歳。もう完全におっさんじゃんか。この先何を身に着けてどう生きていくんだろうか。死んでるかもしれないけど。
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転機



甲子園に行ってから2日も経ってしまった。昨日今日とせっかくの有給も特に何もせず、ただ部屋でゴロゴロしていただけ。甲子園関連の動画見たり、各高校の応援の動画見てしみじみ感動を味わっている。
夏の楽しみにしていた行事なだけに、熱闘甲子園を見終わった後の「ああ、夏が終わったと」いう喪失感だけが残り、まさに甲子園ロス状態。ぽっかり心に穴が開いたようだ。

そういえば先日応募していた地元の会社の面接行ってきた。正直具体的に「これがやりたいんだ!」というものがないが、技術系の仕事がしたいという思いは変わらず。面接でも「知識と経験がスキルとなって蓄積される仕事がしたい」といったのは覚えている。大きな会社ではないが、自宅からも近いし技術系(設計)の仕事なのでまあいいかなと。すでにうれしい返事が来ているが、来週また来社して詳しい事をそこで説明・確認して納得したうえで入社するかしないか決めてほしいとのこと。まあ入社してみないと分からないことがあるが、ただ今30歳。これが人生の転機となるか。
入社の意思はあるが、まだ来週になるまで入社確定ではない。とりあえず明日上司に現状報告をしよう。

最後の夏

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職業柄夏休み(お盆休み)というものがないのだけど、昨年の興奮と感動が忘れられず、今年も甲子園に行ってきた。有給2日取ったけど天気が持ったので定休日の2日間だけでなんとか納まった。(4連休)。
初日、始発に乗って9時前に到着したものの、内野席は売り切れ。去年は買えたのに!と思いつつ渋々外野席から観戦。この日のために双眼鏡買って正解だった。
そして今日、決勝は14:00からなのに朝7時過ぎに甲子園入り。人気の1塁側内野席と比べて、比較的すいていた3塁側内野席の列。余裕と思ったが、チケット売り場10mぐらい手前でまさかのチケットが売り切れ。やっぱりホテルを6時に出るべきだった・・。なので昨日に引き続き外野スタンドからの観戦。6時間ほどスタンドでひたすら待っていたけど特にすることもなく、ただただ暑いだけで本当にしんどかった。でも不思議なことにその6時間もあっという間。何なんだろうなあの感覚は。
マスコミも金足農業に偏りすぎという意見も見られたけど、誰も大阪桐蔭が一方的にボコボコにする展開なんて望んでないし、そりゃプロ注の投手がいて地方からここまて這い上がってきた田舎の公立校の方を応援したくなるだろと思う。ライトスタンド側に座ったいたが、金足農業の応援一色。
まあ試合の内容として、序盤はよかったものの、中盤以降一番なってほしくなかった展開のまま進んでしまって気づいたらかなりの大差。さすがに吉田君も一人で投げぬいてきたわけだからさすがに限界だったか。大阪桐蔭の強さは間違いなく本物だけど、まあ金足農業もよくここまで頑張ったなと思う。
それと優勝した直後、大阪桐蔭の中川君が泣き崩れていた。何事かと思ったけど、主将としての立場、そしてやっぱり去年のベース踏み忘れの事もあってか今まで相当な重圧の中でプレーしていたんだなと思う。僕は人生の中で相当な重圧の中で何かを成し遂げたことなんてない。そんな中で今までやってきたなんて誰も思ってなかっただろうから、その姿見たら「頑張りが報われたね」と素直に拍手を送りたい。無論、野球エリートたちの集団達であるのは事実なんだけど、彼らもここまで来るのに相当練習してきてるのだから、単にチート扱いするのもどうなのかなと。でも他の高校と比べて守備にしろバッティングにしろ次元が違う。もし僕が今高校生で野球をしていたら絶望するとだろうな。同世代でこんなにレベルの高い野球をしてる奴らがいるのだと。

汗だくで帰ってきたかと思えばもうぐったり。一日中小さくてかたいベンチに座っていたからケツが痛いのなんの。先ほどの熱闘甲子園を見て夏の終わりを感じた。
これで僕の夏も終わるのか。平成最後の夏らしいけど、仕事一色で無情に過ぎていった感じ。特別感などない。
来年もまたここにに来れるといいなと思う。さすがに去年も今年も一人だったから、誰かと語りながら観戦したいものだ。

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責任者呼んで来い

相変わらずというか上の連中はは面倒くさいことから手を引き、サーっといなくなる。結局誰がやるのか、そう僕がやらざるを得ない。お客さんへの説明。予想通りの反応。「知らんわ」と心の中で思う。まともに点検すら出してこなかったのだし、モノが古いので劣化も考えられるし、こちらに非はない。
なんというのか仕組み上曖昧な部分が多い為、労働者に負い目を感じさせるようなシステムである。昔からのそういうやり方をしてきているので、今更変えることはもう無理だろう。責任の線引きがよく分からないし、結局やった・やってないの問題に行きつき、でもお客に「お前らが悪いだろう」とごねられたらなんて反論すればいいか僕にはわからない。怒らせると面倒なので、だったら初めから上の人間通して話してくれよと思う。

責任者というのはどこへ行ったのやら。組織体制があいまいの中、困ったときに誰に救いを求めればいいのか分からない。勝手に判断していい加減なことも言えないし。皆知らん顔。めんどくさいことは触れたくない。誰がそんなところで働き続けたいと思うか。責任負わせるなら金と裁量権をよこせ。
2年以上経ったが何一つ環境が変わってないし、これからも変わらないだろう。どうせ来月でいなくなるのだから今いる事業所がどうなったって知らないし、会社がどうなろうと僕に知ったこっちゃない。残った仕事は誰かが引き継いでくれるだろうからもう知らんわと思う。

迷い

先日髪を切るために地元に戻った。今住んでいるところの美容室を開拓する勇気もなく。ただただ、会話が苦痛だなと思うのは今も昔も一緒。日焼けで顔が真っ黒だけど、剃ってもらったもみあげ部分が真っ白でなんとも。
実家に戻り、ばあちゃんから扇風機をもらったので、サーキュレーターとの二刀流なら暑くないだろうと思っていたけど、案の定熱風しか来ず。さすがに布団の上でだらんとするのも辛かったんで汚れていた風呂を掃除し、水風呂に浸かった。
気持ちいなんて思いつつボーっと窓を見上げてたら、なんか見たことある光景だなと。あたりまえだが自分が育った家だ。単に懐かしいというか小学生の頃に戻ったような気分で。

やっぱりこの家に戻ってくるのかな。

10月に元いた事業所に戻ることは確定のようだ。つまり地元に帰れるということ。「やっと戻れる、ラッキー♪」というわけではなく、案の定僕は今とこちょこと転職活動を続けている。先日所長とも社長とも正直にまだ転職活動してるし、地元の事業所に戻っても続けますというようなことを話をした。9月末で辞めようと思っていたのは、繁忙期が一区切りするのと、10月1日から地元に戻っても転職先が決まればすぐ辞めますよということ。他のスタッフに申し訳ないしお客さんにも示しがつかないし。ただ、現状まだ転職先が決まっていない状態で会社を辞めるのはリスキーである。
所長、社長共に、考えは互いに違うし、話が長かったので要点がよくわからなかったが、そんな焦らなくてもいいんじゃないのかということ。残って頑張ってくれるのが一番だし、もう少し頑張ってみたらということ。でも自分の人生もあるし、決まったらしょうがないということ。そのようなことを話していた(と思う)。僕もモヤモヤする部分があったしはっきりしないから強い決意で「もう辞めます」とその場で明言はしなかった。まあ戻って頑張ろうとしたところで、現状すら変わってないのに、果たして環境を整えてくれるだろうか。、ただでさえ高齢化して、もう数年以内にでベテランがいなくなるのに、その間に最低限の基礎の部分を習得できるだろうか。そのあと背負いきれるだろうか。そこの自信がないのだ。

決まったら転職する。決まらなかったらまだ働く。でもその間に異動がある。ただそれだけのことだけど、気まずいは事実。
迷ってるけど良いところがあればそちらに行くという思いは変わらないだろう。

疲労困憊

あれだけ遠かった8月も、気づけばあっという間。現在繁忙期真っただ中なので夏を満喫するどころではないのだ。
昨日今日と大きなイベントがあったおかげで非常に忙しく、おまけにこの炎天下だからさすがに体力的に限界。今年一番の疲労なんじゃなかろうかというほど、仕事が終わった後は体中が痛かった。明日が休みだっていうのが唯一の救い。
仕事中「顔が疲れてる」って言われたけど、そりゃ朝っぱらから汗かいて動き回っていればそうなるだろうに。まあお客さんの前ではスマイルを欠かさないけど、内心辛い。

さて、数日前に退職について話したいから時間をくれというような趣旨を上の人間に伝えた。週末ははイベントでバタバタするから定休日空けにしようとのこと。希望は9月末。繁忙期が終わって一区切りするタイミング。それと先日応募した地元の会社から電話が来て、再来週に面接予定だ。求人とにらめっこしてきてどれくらい経ったかわからないけれども、ただ無駄に時間が過ぎていくだけだし、これでいいのかもしれない。

あと1陸特の免許証と1陸技の合格通知がようやく届いた。免許証は本当に富士山のラメ入りでめちゃめちゃ綺麗。また1陸技の免許申請しないといけないけど届くのは来月なので待ち遠しい。1陸技を生かす仕事をするなら東京(首都圏)へ再び出るしかないけど、総合的に考えたらやっぱり現実的じゃないんだよなぁ。地元で暮らした方が、長い目で幸せなんだろうかなぁ。