2015 締め

2015年最後の今日はばあさん家に集まって一日ぐうたらしてた。格闘技を途中まで見てたが面白かったな。格闘技なんてルールのある暴力。暴力は良くないと言いながらも暴力をどこか求める辺り、やっぱり人間の根本的な本質であり本能なんだと思う。

さて、この一年ほんと何してたんだろう。春先に再就職したが合わなくてちょっと病んで辞めて、そしてまた数カ月前に再就職して今何とか生きてる。何もしていない期間が長すぎたのもあるが時間があっという間に過ぎ去ってほとんどこれといった記憶が無い。
唯一の収穫は考え方が変わったこと、と言うか精神的に余裕が持てたおかげで本来の調子が戻ってきたことか。
結構いろんなことがどうでも良くなってる。根本的には「諦め」によるものであり、精神的には楽である。とりあえず安月給だが死にはしないのでなんとかなるという感じ。ふわふわしつつ、でも現実ちゃんと直視する。中間層にもなることが出来ない下流層であることには違いないのだが、まあ明日死ぬかもしれないし今日を何とか生きようという感じだ。特に見栄ももプライドもないし失うものも無いと逆に開き直って楽に生きれるのかもしれないね。とりあえず職があり無事に年を越せるということでホッとした。

まあ新年って言っても明日と今日で何かが特別変わるかと言ったら別に変わらないのでそんなうれしいものではない。それと世界をとりまく状況がかなり悪い方向へと傾いているのは目に見えてる。ふと世界に目を向ければ暴力で溢れかえってるし、僕がこうのんきにしていられるのも今がなんとか平和だからである。2016年はどうなるかね。それに経済も好転するとは到底思えないし、世の中が今以上にギスギスしていくはず。いつカタストロフィが起きててもおかしくない全く酷な時代を我々は生きてると思うよ。

2015年も最後にエロ動画を見て締めたいと思います。良いお年をぉ。
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30

今年も残り残り2日、とは思えないほど別に何とも無い日常。久々に筋トレしたが、酸欠でめまいがした。体はいじめてもいじめなくても衰えていくものですね。音楽聞いて夕方からずっとビールを飲む。全く今日も相変わらずの一日である。

PHSの壊れデータが吹っ飛んでからデータの回収のしようがなく途方に暮れている。
何とか前の会社の人と連絡が取れて(名刺をもらっておいてよかった)、しばらく電話をしていた。僕がいた時よりも進んでるところ進んでいるが、でも根本的には変わらずととのこと。僕より一周りくらい違う人だけどエネルギッシュで以前の会社で中間管理職を経験していただけあって非常に逞しい。
「変えられるところは変えていこう」そう思っていたあの頃。でもそんな簡単には行かない。実際会社を良くしよと思っても必ず反対勢力がいる。要するに保守的な上の世代だろう。ものすごい仕事が出来なら別かもしれないが、若造の話なんぞ聞いてやくれない。それと今は世代層も偏り過ぎるのではないか。30代~40代の世代が不足している組織が大半を占めているのではないのかと。そうなると余裕も持てず、下の世代も上手く育たず、世代交代もスムーズに上手く行っていないというのが現実だろう。
組織が大きくなればなるほど「変える」という行為そのものは夢物語に為る。あまりにも人間が多すぎるから。無力、諦め。組織そのものを変えるのはそう簡単にうまくいかない。出来るなら誰も苦労しないのである。変えるとすればそれだけの立場を得るか、仕事ができることで発言権を得るしか方法がないのか。

今の職場も僕の直ぐ上は50代。そもそも小さな職場なので間の世代がいない。直に僕が現場を仕切っていかなきゃいけないのだが、僕も仕事覚えなきゃいけないし先を見据えて後の人たちが入ってきた時、何が必要かは常々考えておくべきだろうか。
僕も歳を取るしいつまでも若くいられない。責任とそれなりの立場を持った時に下の世代が入ってきた時彼らのことも考えいかなければならない。それが次世代に対して上の世代の務めなのかね。まあそこでずっと働いてればの話だけど。正直会社なんてどうでもいいのだが、そこで働いている以上は業務を滞り無く回していかないといけないし、若い人には仕事覚えてもらわなきゃいけないし。今の僕ですね。
歳を取るとどうしても保守的になってしまうのだろうか。上の人間に柔軟性がなければ下の人間がどれだけやりづらい事だろうか。リーマンといえど自分が生き残るために必死だし抱えてるものがある。なので保守的になってしまうのもわからなくないが、おかしいと思うことはおかしいと指摘し、時に楯突かなければいけないこともあると思う。まあどんなに言っても変わらないものは変わらないし、無理だから辞めて転職すのだろうがね。
とりあえず働く場所は違ってもエネルギッシュな人を知ってるからこそ普段気の抜けてる僕も働きたくねぇなあと思いつつ、頑張ろうかという気持ちにはなりますねぇ。

ゴロゴロ


平日の昼間からゴロゴロ~ゴロゴロ~ ああぁ、資産家の家に生まれてりゃあな!
ずんの飯尾の現実逃避シリーズはシュールだが好きである。なんていうのか、あの人、飾らないというのか全く力みがない。非常に理想としている。今静岡第一テレビの番組内のペコリーノというコーナーで頑張ってます。

今日は一日中家でゴロゴロしていて特に何かをしたわけではない。昼間っからビールを飲み、ぼーっとして気づいたらお昼寝してた。よく考えればここ最近家でゴロゴロしていた記憶が無い。だから最高じゃないか。何もしないと言えばもったいないけど「何もしない」ことも贅沢なことではないのか?酒飲みながらただ流れてく空をぼーっと眺めてるだけでも幸せだろう。
そうは言っても時間は限られてる。若く要られるのも後数年。でも焦って生きてもどうしようもない。僕はのんびり基本のんびり生きたいですよ。いつ死んでもいい。

仕事納め

今日で仕事終了。って言ってもここ最近はずっと大掃除がメインでした。誰も掃除してなかったから汚すぎてどうしようもないよ。小ちゃくていいからちゃんとした工場がほしい。砂が入ってきて仕方ないよ。
さて、明日から8連休。1月はほとんど休みなので1年間の中で連休というものは年末~1月の間だけ。せっかく青春18きっぷが使える時期なのでどこか遠出したいがなにせ予算が少なすぎる。今年は諦めて来年以降に持ち越し・・・函館行きたい。とりあえず来月半ばに東京に1週間ほど滞在しようかと計画。近場だしネカフェに泊まれば宿泊費はそんなかからないだろう。
関東圏にいる友人たちもいつ地元に戻ってくるだかしらんので予定が入れられない。とりあえず年末はビール飲みながらだらりと過ごそうと思います。

サヨナラじゃない?



ふわふわした状態からふと真剣に我に返る時がある。「終ってんな」と。でも「責めてもどうにもならい」そう思って切り替えている。凡人は凡人。人生を大きく変えるようなビッグチャンスなどもうやってこない。逆転不可。早く人生終わらねぇかなと毎度の様に思う。一寸先は闇だし、若いうちに、病気しないうちに、ボケないうちに、体が動くうちににとっととくたばりたいのよ。
誰かに認められたいだとか功績を残したいだとかそんなことクソみたいにどうでもいいのになぜそんなムキになるのだろうか。承認欲求が強いのか?なぜ皆他人より優位に生きようとしないと気がすまないのだ?そして疲弊するのだ?生きてるのが辛いなら休めばばいいし、もうしんどくて無理なら死んでもいいのに。でも自分の力で生きて行くとなるとそうのんきに言ってっていられないの事実。だるい。
生きてくのだるい。毎日輝くはずもない。そんな精神強くないし、嫌なことは嫌だし、我慢できないことは我慢できないし、面倒くさいものは面倒くさいし、だるいもんはだるい。
サムエルを知ってる人年齢層って何歳ぐらいまでなんだろうか。ね、僕たちは何処へ行くんだろうってホント何処へ行っちゃうんだろう。でも最後じゃないしまだ終わりじゃ無いよ?

冬至が過ぎたせいか日が若干長くなってきているように感じる。帰り際海沿いを走るのだが、日の暮れ行く海が非常に綺麗だ。ほんと、1日無事に終わるんだなあと安心感に包まれる。地平線に沈みゆく太陽にさよならして今日もなんとか無事終わる

メリクリワープワ


交差点で信号待ちしてたら5mくらい横に離れた所にいたじじいが急に側溝の網に向かって立ちションしやがった。「!?」車がバンバン行き交う所でなぜそこで堂々とションベンするのだ?と唖然としたのと苦笑いするしか無かった。信号待ちしてたドライバーも思わず「!?」という反応してたぞ。
街にやけにカップルや夫婦が居たけど今日何の日ですかね。めりーなんちゃら?姉の子供達がクリスマスプレゼントもらってたけど、正直羨ましい。小さいころサンタさんなんか来なかった。朝起きたらプレゼントが・・・なんてことはなかったのでサンタなんて信じてない。まあカップルも夫婦も今日ぐらいセックスしまくって愛を確かめ合ってください。僕には関係ありませんよ。

さ今日は給料日だ。先月アルバイト時の給料分は翌月払いなので今月分と合わせて2ヶ月分。滞納分の国民健康保険や今月分の光熱費などの支払いなどしたら減るわ減るわ。おまけに今度資格を取る分の予算を残しておけば残額・・・oh。金が全く貯まらねぇ!と切実ですよ。2月にクレーンを取りに行けと言われているがその額約14万弱。会社が半額負担だが、先に自腹を切って後で半額分帰ってくるので14万用意するのも痛い。その他玉掛け、危険物も取らねばならない。大企業だったら全額負担してくれたんだろうかねぇ。まだ出してくれるだけでもマシと思うべきか。ただ、クレーンも泊まりで取りに行くことに為るのだが、宿泊費出るのかな。それ全額自己負担とか言われたらカチンとしそう。会社側は取れ取れ言うが金がねぇんだよこっちは。一ヶ月の給料(安月給)がぶっ飛ぶのだから。取らないと仕事に成らないけどかと言って今直ぐ使うものでもない。現場のおっちゃんちも金無い事知ってるし、別にクレーンはそんな急ぎでもないので「急いで取らなくたっていいじゃないか、なぁ?」と言われている。会社側と現場側。そして金のない自分。板挟みですわ。
資格は一生残るものなので自己投資と見るのが当然だが、金がたまらないのが正直な話辛いです。最初は我慢か・・・とりあえず宿泊費出せや。

のこりはどうでもいい


最近ゲスの極み乙女。が気になっている。バンド名が厨二臭いけどメンバーのバランスが良いのか、単に女性陣が可愛いから。ちゃんMARIとほなないこか、全くの正反対のタイプだと思うがどちらが好みか。明るくてどこかほんわかした感じ、身長高くてキリットした目でクールなの感じ、もどちらもいいな。
MVみて早く春か夏が来ねぇかなと思う。19歳の頃の新鮮さを思い出すが、なんで時が経つに連れてこんなにも心はカピカピになってしまったんだろうって。

さて、年の瀬が近づくに連れて何かいろんなことがどうでも良くなるな。10代の頃は冬休みきたー!って感じだったけど、そんな感動もなく、「ああ、1年が終わるのか」と時の流れの残酷さを感じつつ「もうすぐ新年だから残りはどうでもいいや」と適当な気持ちになる。仕事も残り4日。明日は待ちに待ったサンタさんからの給料日です。

人がたくさんいても

大船に着いてから友人宅におじゃましたあと後銭湯でひとっ風呂浴びる。大船駅前周辺はいろいろ密集してるし生活には困らないので何だか羨ましい。何より人も多いし活気があって昭和チックな感じの雰囲気が好きだ。それから藤沢の二郎へと行ってきた。実に学生の時以来のラーメン二郎。口に入れた瞬間懐かしさと「ああ、二郎だ」という安心感に包まれる。豚入りを頼んだけど肉が思っていた以上に厚かったのできつかったのだが何とか食べきった。体には絶対に悪いけどうまかったですよ。今日になってからまた食べたくなってるのだが、来月また友人宅へ行くついでに行こうかと思ってる。

藤沢駅の外を初めて出たが思っていたよりも栄えていた。やっぱり神奈川、人が多いっていいなと改めて思う。大船も藤沢もでも流動性があるというか活気があるというか。電車乗ればすく横浜、川崎、東京。実に便利で羨ましい。地元での生活に慣れてしまうと、わかってるといえどいざ関東圏に出るとあまりの違いぶりに戸惑う。当然いい面もあれば悪い面もある。どっちがいいのか、まあ、考えてもどうしようもないし最終的には地元で良いかなと。
地元の良さはごちゃごちゃしてないところ。その分活気はない。人が多いのは良いいことだ。流動性があるし、都会(もしくは都会に近い街)は地方より他人からの干渉が少ない。ただ人が多いからといって別に出会いがあるわけではない。ゴミのような人混みで、すれ違うそこの人間は明日会うことはない赤の他人だということ。可愛い子がいて2度とすれ違う事もないだろう。再び会う事はないだろうが、僕も今日すれ違った人たちもみんなどっかで生きてるのですよ。さて、疲れた表情のリーマンたちは何思いながら家に帰るんだろうかね。

迷い道ダラケ

今日は友人と三浦アルプス→鎌倉アルプスを縦走してきた。電車で県外に行くのは1年ぶり以上かもしれない。朝早くから横須賀へ行き三浦アルプスをひたすら歩く。ハイキングにはちょうどよいくらいの道だったけど、途中で友人と合流するためハイペースで歩いていたせいで、寒いのに尋常じゃないくらい汗をかく。それと看板が無かったりわかりづらいせいで分岐点で何度道に迷いそうになったことか・・・。「こっちか・・・・それともこっちか・・・」全く人生と同じで2つの道があったらどちらか一方を選択しなければならないのですね。まあ山登りなら迷ったらとっとと引き返してくればいいんですけど。友人が何やら腕時計式のGPSを買ってきたおかげでなんとか地上に出れました。僕もいつかGARMINのGPSが欲しいですね。三浦アルプスでだいぶ時間を取られたおかげで途中を端折って電車で移動。逗子でもう一人の友人と合流し、六浦から鎌倉アルプスを登る。山登りを楽しむというよりひたすら道を駆け上っていたという状態。時間的にも全行程は諦め建長寺で下山。しかしここ通行するのに300円もとられるのね。関所かよ。北鎌倉駅までずっと歩いて行ったがこの辺はホント心が落ち着いていいですね。お金があったらこんなとこに別荘がほしいです。

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鶴岡八幡宮、弓ヶ浜方面。こんだけ山と海に囲まれちゃ、敵は攻めてこれんわけだね。

だるい

だるい。
今日も無事終了し、明日はようやくの休み。今年最後の登り納め?ということで横須賀から大船までハイキングにへ行って来ます。今年度の勤務も残り7日。なんだかんだ無事に年を越せそうで何より。ほんとあっという間すぎて生きてる心地がしませんでしたよ。

最近僕自身お気楽な思考なのは人生諦めてるからなのかもしれない。もうどうしようもないし単に開き直ってるだけ。手取り20万も行かず底辺さまよってますが、取り敢えずし死にはしないし貯金できればいいです。
高卒でも大卒でも新卒でずっと勤めてりゃ今頃車も他に欲しいものも買えていたかもしれない。もっと言えば高卒で働いてれば奨学金という借金を背負わずに済んだ。選択ミスか。これまでの人生ってなんだったんだろう。そう考えても無駄だし、そもそも人生に意味を求めるのは愚問。なのでエロ動画見て気分紛らわせるしか無いですね。

どうしようもない男のひととき

会社のおばさんに「キャバクラどうだった?」と聞かれた。先日の忘年会の後お決まりのようにおっちゃんちにキャバクラに連れて行かれた。次の日朝からフォークリフトの講習っていうのに・・・・まあ当然のごとくおごってもらいましたが。酒が入ってたとはいえ、やっぱりこういう場は何度きても慣れないなぁと。緊張してたけどとりあえず少しずつ話す。自分の事なんてやっぱり話すこと無いので聞き役に回る。地元トークが通じる分楽ではあるし、失礼だがホント地元にいそうな子ばかりなのでその分やっぱり楽なのかもしれない。何かの話の流れで、まさか先日受けた資格試験で一緒に受けていた人とその子が友人だったと。写真見せてもらって「「あーこの人いた!」ッて感じで。やっぱりり地元は狭いですね。
その後僕の目の前にスラリとした子が現る。最初ハーフの子と思ったらか純粋な日本人で、マギーと芹名を合わせた感じ。非常に可愛い、と言うか綺麗。女の子と話す機会なんて幾度ない僕にとって、今まで話したことがある子の中で一番美人だったと思う。聞けば僕のおじいちゃんの出身地と一緒だそうだ(かなりの田舎)。まさかあの場所からこんな綺麗な子が生まれてきたと思うと失礼ながら田舎が産んだ奇跡。モデルやっていてもおかしくないレベルだがなぜこんなとこにいるのか。一様この街もこの地域の中で中心となる街ではある。でもっと栄えてる場所なんて他にあるのになぜここにいるのか。「電車が通った場所に行きたかった」と。
「東京に行こう(住もう)と思ったことはないの?」「ごちゃごちゃしてるし、遊びに行くだけでいいかな」とのこと。非常に素直な子というか、まさに同じ地方人て感じ。店出た後、同い年の男の子に「友達するような会話じゃん」なんて言われたけど別に普通の会話がしたいんですよ。だって普通の会話する機会すら無いわけだしそれ以外話すことなんて無いし。

さて、「それで連絡先は聞かなかったの?」おばさんがいう。「いやぁ。。。」だって向こうもあくまで仕事だし、そうでなくとも僕みたいな奴を相手にするとは思えないし。別にいいんですよ。非現実を楽しめれば。少なくとも自分のお金を払ってまで行こうとは思わないけど。それでもあの娘はホント可愛くそして綺麗だった。それだけ

潔さ

他人と比べるなと言われてもそれは無理だ。比べてしまうのは動物としての本能だと思うので、それは仕方ないことだと思う。
他人と比べて奮起するのは大変良い事だと思うが、逆に妬み嫉みは本当に恥ずかしいよ。案外後者の人多いんじゃないのかね。ってか殆どの人。僕もそう言う思考だったし、今でもふとした瞬間に「ムキー!」ってなる事もあるけどけど、でも結局のところ他人を羨んだり妬んだりしたって何も変わらないって話。人間産まれた時から不平等なもので持ってる奴は持ってるし、持ってない奴は持ってない。平等なんてあんなもんは嘘っぱち。そんなもの幻想だよ。それに世の中は努力ばかりが表立って評価されがちだが「運」という存在を忘れちゃいけない。人生において運という要素が目に見えないだけでかなり多いと思ってる。ただ当然頑張らねばらないけど努力そのものにも限界があるし、努力で補える部分もあれば個体差が当然あるので無理なものは無理である。だから自分の能力の範囲、出来る範囲で頑張ろうよ。出来ないなら諦めて真摯に受け止めようよ。変えられるものは変える努力をして変えられないものは認める素直さを持とうよ。と思うべきだと。

それと僕は思うのですよ。他人に認められようが、大きな功績を残そうが別にそれ自体別に大したことでも何とも無いんじゃないかと。皆どうせ死ぬのだからそんな事どうでもいいんだよ。やりたきゃやればいい。それだけ。競争するのも他人と比べるのもいいけど、力んでるなと思うときは肩の力抜いて自分を見つめなおすことが必要なんじゃないかと。世間や他人という存在を排除し、自分に問う。最終的に他人にどう見られようが思われようが自分が満足できれば良いのだからいいじゃない。と思うのだがダメですかね。見栄や世間体とかほんとくだらねぇ。
僕は嫌になったらとっとと死にたいですね。だるい!生きるのがだるい。だるいんだよ。

ホット一息

実技3日目。昨日まで空パレットだったが実際の荷物を乗せた状態での二段取りと二段置きの練習。架台の指定された範囲内にパレットを乗せるのは思った以上に難しい。良かれと思って油断すれば架台にぶつかるし、上手く置けないし。ひたすら練習。夕方からテストだったがミスを二箇所ほど。でもどうやら合格点内だったようで最終的に全員合格。フォークリフトというと簡単そうだけど普通に落ちる人落ちるとのこと。厳しい教官じゃなくて本当に良かったと思うよ。とりあえず会社に行ったら練習だな。
それと日曜に受けた資格も無事合格の連絡があった。最低限業務に必要なものだから取って当たり前なんだけど、とりあえず無事に取れてホッとしてる。まあまだ取らねばならない資格がいくつもあるので財布見ながらこのシーズンオフの間に出来るだけ取らねばね。

別世界

実技2日目。二段取りと二段置きを交代で1日中練習。上手く出来たと思ったら失敗、その繰り返し。だいぶ手つきと言うか手元の操作は早くなった。カーブからのバックが本当に苦手でハンドル切りすぎていつも失敗しまくっていたが、徐々に感覚が掴めた感じはする。待ってる間、講習者同士で会話も増えてきてお互いで操作の確認しあったり雑談したり。ホント、厳つい人が居なくてよかったと思ってる。明日のテスト一発で合格できるようにしたいね。

僕達を教えてくれてる講師のおっちゃんは70代。地元の大企業の現場で長らく働いていたようだ。純粋にその年齢で働き口があること自体すごいよと思う。給料安いだの年金がどうのこうの文句言ってたけど、「いや、あんた十分金持ってるだろ」って(笑)。やっぱり時代感覚というか金銭感覚が全違う。給料なりボーナスなり金の話をよく聞かされたがだなあとホント別世界の話に聞こえたね。昔ほどではないにしても大企業は今でも十分じゃないかと。中小零細に比べればね。あまりの差に実際聞くと凹が、しばらくすると我に返ってどうでもいいやと開き直る。どうにもならないしどうでもいよ。
見た感じノムさんっぽいがまあその辺にいるおっちゃんって感じで、色々裏事情だとか自慢話とか兎に角喋るし元気である。あれはボケないだだろう。自慢話聞くのはは面倒くさいけどさ、ホント面倒見がよい感じで情のあるタイプの人でした。
まあおっちゃんの話の中で思ったのはやっぱり就職において人脈、コネは大事ってことだな。今も昔も変わりませんね。

私がオジさんになっても


私がオジさんになっても 本当に変わらない?
とても心配だわ あなたが イケメンが好きだから♪

私がオジさんになっても 本当に変わらない?
とても心配だわ あなたが 金持ちが好きだから♪

私がオジさんになったら あなたはオバハンよ
理想論ばかり言っても 現実には勝てぬよ♡

結婚しても今ラブラブでも数年後数十年後も同じようにラブラブしているとはとてもじゃないけど無いけど思えないんだよね。夫婦と言っても所詮は男と女、血も繋がってないし生まれも育った環境も全く違う赤の他人ですよ。まあその中で思いやったりで妥協したり衝突したり。やっぱり結婚は忍耐なんですかね。とりあえず森高千里みたいな美人だったらずっとメロメロだろうがね。

私がもしリストラされたら 顔面蒼白よ♪
とても心配だわ 就職 どこも雇ってくれないから♪

私がもし無職になったら 収入0円よ♪
とても心配だわ あなたは 専業主婦だから♪

私がもしリストラされたらあなたはどうするの?
とても心配だわ あなたが お金でなびくから♪

私がもしリストラされたら あなたはどうするの?
とても心配だわ 前から 離婚したがってるから♪


諸行無常、笑えないですね。

ムチ打ち90分

本当に疲れた。
今日は実技1日目。朝から日が暮れるまで、ひたすら練習。って言ってもずっと乗ってるわけではなく、1台のフォークを8人くらいで交代で乗ってた。MT車だったが車のクラッチより全然楽。車の方のMT車に乗ったことがない女性もクラッチの感覚に相当苦戦して指導教官のおっちゃんに怒られまくってたけど、だんだんコツがつかめたのか見違えるほどうまくなってた。「最初から上手く出来る人間なていないから練習あるのみ」おっちゃんの言うとおりですね。何事も初めから完ぺきにできるなら誰も苦労しねぇよって話だ。それにしても待ち時間も長いし、もう最後の方は疲れて集中できなかった。明日もこんな感じだと思うと辛いねぇ。
そしてもってクタクタの状態で帰ろうと思ったらまさかタイヤがパンクしていた。悪いことに空気入れを持ってきていなかったので仕方なくいて自転車を押して帰ること1時間半。超だるいですよ。

夜ラジオ

最近家に帰ってきてからradikoでラジオNIKKEI第2を聞いてる。知らん曲から知ってる曲まで色々流れているので非常に楽しみにしてる。人間そんな強いもんじゃないからさ、ウソでもいいからどこか物語の世界に身を置かないとやってらんないよ。殺伐としてたら心が乾くだけ。まあ今こうしている間にもこの世の地獄を見てる人間も世界にはいるのだから、呑気に音楽を聞いていられる事自体幸せなのかもしれないね。
さて、今日からフォークリフトの講習。学科だったが流石に一日話を聞くのはしんどいしだるい。明日から実技講習だけどまあなんとかやろう。女性が数人いたけどフォークとるなんて非常に逞しいなと思う。「男だから」「女だから」って考えが古いのだよね。ほんと「専業主婦じゃないとやだ」とか「年収○○百万じゃないとやだ」とか舐めたこと言ってる奴がいるだろうが何ほざいているのかと思う。自分で働いて稼げ。他人に依存するなよと思うよ。

終えた

忘年会からの帰宅。飯はうまかったが皆歳でそんな食べないし、「食え食え!」ということで色々食わされた。「これだけ綺麗に食べてくれれば作る方も嬉しいだろうね」と。おかげでお腹がパンパン。ゲロ吐きそうです。
さて資格試験が無事終了。そんな難しい資格ではないですが仕事で最低限取らねばならぬもの。学科は自己採点した限り余裕で合格。実技もミスって減点はあっのたが、他の部分でカバー出来たでしょう。まあ合格した気でいる。明日からまた別の資格の講習。なので今週は休日がないのね。だるいけど頑張るか。

等身大ってなんなのさ

2種類のビールを買ったはずなのだが、袋詰してた時なぜか同じビールを2本を買ってたことに気づく。状況が全く読み込めなかったのだが、それまで全く気づかたなっか自分がすごい。どんだけぼーっとしてんだよと。明日は資格の試験である。とりあえ学科は過去問やってず何とかなりそうなうだし、実技もなんとかなるだろう(そう祈ろう)。まだ勉強途中なのに酒を飲んで眠くなってる。

ほんとだるいね生きるってのは。もう皆気づいてるでしょ、生きるってこんなもんなのかと。そんな素晴らしいことでもない。毎日が輝けばいいけど実際はそんなことなくて、平凡で単純単調な日々なの繰り返し。まあでもそんなもんでしょと。所詮は死ぬまでの暇つぶしなんだから。まあでも平凡なら平凡でいいんですよ、ひどいストレスさえ感じなければ。
明日隕石落ちてこねーかなとかどうしようもないことばかり思う。そして可愛い子と情熱的な恋をしたり、イチャイチャする妄想でもしないとやってらんない。家帰って飯食ってエロ動画みて眠くなって。そんなこんなで一日が終わり。ビール飲んでいろんなことがどうでもよいくなってる、これが今の僕の姿ですかね。諦めの境地です。

無に為る


朝から健康診断。毎度血圧測定は緊張してしまうので高い数値が出る。2回3回図って若干落ち着く。看護師さんに「毎回こんな感じなんですよ・・・」と。まあ高血圧気味なのかも知れないが。
それと診察、おっさん医師が診てくれる思ったら女医さん。この弛んだお腹を見てどう思っただろうか。どうにも思わないだろうが緊張しちゃったよ。全く嬉しいやら恥ずかしいやら。(乳毛は綺麗にしておいてよかった)。健康は大事だと言いながらちゃんと健康維持のための食生活改善や体のメンテをしてるかといえばしてないという矛盾。無職時代のほうが運動もしてたし食事もある程度考えていたので一番健康的だったのかもしれません。働いてしまうと疲れてそういうことがどうでも良くなってしまうな。

さて、受付して呼ばれるまでの間、テレビで樹木葬なんてものをやっていたので見ていた。50台位の夫婦が関心そうに見ていたがいずれは誰しもが「自分の死」の事を考えるだろう。海に散骨する人たちも増えている??ようだで、僕も出来ればそうしたい。本来生物は自然に帰るべきである。骨を全て粉にして何もなかったように散ってしまいたい。

死んだらただの「無」になる。骨は只の物質。魂なんてものは存在しない。冷めたことを言うがお墓に行くとその人に会えるなんて一切思わない。先祖への弔いの気持ちはあるとしても、それは心の中で祈れば良いのではないか?現実問題として、お墓を買うのも維持するるのも非常に大変なことだ。今の時代、墓を持つということは合理的ではないとと考えている。今日テレビに映っていた人たちはやはりそういう考えを持った人たちだろうか。旧来の死んだら墓に入って長男が墓を守って・・・・どうのこのではなく、「墓に入らない」という新しい価値観を持った人たちが徐々に増えていくだろうと。死んだ人のために金をかけるより今生きている人間にこそ金をかけるべきだと思っている。

だだ自分の愛する者へ、思い入れが強いものへ同じようにただの「無」だと同じように考えることが出来るんのか。妻(夫)、子供、恋人・・・・。それはわからない。「世界の中心で、愛をさけぶ」で写真館の重蔵が初恋の相手である校長先生の骨を朔太郎達に盗ませてきたシーンが有るが印象的だった。その人にとっては只の骨といえど、想い人の魂が存在しているんだろう。そこはもう否定しない。

まあ人それぞれだが、僕は海にそして空にこの身を散らしたいね。跡形もなく「無」になりたい。

機種変更

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初代(左)と現行モデル(右)

未だにWILLCOMって言っているけどもうY!mobileなんだよね。
昨日携帯ショップへ行って機種変更してきた。使ってもうすぐ4年だし水に浸かっているので修理して直るのかもよくわからないのだからいっそ買い換えようと。電子機器なんて残念ながら消耗品だよ。でもちゃんとポケットから取り出しておけば、こんな事にならずまだまだ使えたのに・・・ホント馬鹿だった。
店員のおっちゃんが「ネットかなんかで機種だけ買って手続きしたほうが安いですよ」なんて商売人なのに個別意見言っていたけど、まあこっちもすぐにでも使いたいしすぐに買い換えた。まあ店の利益にも為るだろう。割引効くのだから実質機種代金に関してはタダのようなもんだし。ただ事務手数料だとか面倒くさいオプションつけさせられて余計な金かかるけどまあ仕方ないか・・・・。一体代理店にはどんだけの取り分があるのか気になるね。おっちゃんじゃなくて隣りにいた若い女の子に接客してもらいたかったけど。
今の時代、PHSをメインに使っているユーザも珍しいんじゃないのかと。携帯なんてメールと電話さえ出来れば良いんですよ。それとバッテリーの持ち時間がながければいい。スマホもいいなあと思うけどまだまだ高い。LIBERIOに愛着があるのか最新モデル(と言っても1年前以上に出たモデル)にした。未だに見せると軽いしおもちゃ扱いされるけどHONEY BEEよりかはマシでしょう。初代機種より多少大きくなっていて厚みがある。それとバッテリーの寿命が伸び、他に赤外線やBluetoothなどの通信機能がようやく使えるようになり、あとボタンの押し心地が良くなりました。とりあえず携帯が使えるようになったので安心だがアドレス帳のデータを失ったのはデカイ。

これが現実だ

先日ばあさんが強風に煽られ転倒、そして腕を骨折したそうだ。僕はまだ見に行っていないが姉が見に行ったのだが結構ひどいらしく、自分で何かをできる状態ではないらしい。そして今週中に手術だそだう。ばあさんは太っていて、その影響のせいなのか足の調子もよろしくない。足も悪いし片腕は動かない。さて困った。

現状じいさんは半身麻痺で介護施設。婆さんは骨折で何も出来ない。母親が生きていれば面倒を見ていただろうがもういないし。おじさんは神奈川の方にいる。どうやらこちらに帰ってきて住むことはないようだ。じゃあ誰がじいさんばあさんの面倒を見るのか。姉がおじさんはこれからの事をどう考えてんのかって怒っていたけどほんとどうすんのかね。
僕達はあくまで孫だ。子供ではないので金銭的な支援は当然できないし、常に介護だって出来ない。たまに行くことならできるが。だからおじさんがどういう方向で事をすすめるのかちゃんとしてもらわないと困るのである。
一番いいのが、婆さんには今住んでいるところを諦めてもらって、じいさんと二人揃って同じ介護施設へ入居することだろう。最終的には金で解決する以外に無いと思う。自分達で面倒見れないから介護士に任せる。じゃなければ誰がずっと面倒見るんだって話。神奈川に住んでたなら在宅介護なんて物理的に無理なんだから。
今の時代働きながら在宅介護なんて出来やしないと思う。以前クローズアップ現代で親の介護ために離職せざるを得ない所謂介護離職について取り上げていたが、ほんと悲惨だよ。見てるこっちも辛くなってくるし。自分の貴重な人生の時間を潰してまで、いくら親といえど面倒みれるのか?なぜ介護疲れから自殺・殺人が起きるのかってさ、それだけ辛いからなんだよ。人の為に生きるってのはね、相当な覚悟がないと出来ないよ。気持ちだけじゃ無理なんだよ。

遠い話かもしれないけど時期にやってくる話で。地元離れてる人は親の面倒とかどう考えてるのか。親に金があればちゃんと施設へ入ってもらえばいいと思うが、その費用をまかなえるだけの金が無い場合、負担は当然子供にかかる。こんな現実が待ち構えているのだがこれでも生きるのって素晴らしいことなのかね。正確に言えば長生きすることは素晴らしいことなの?。素晴らしいなんて思えるのは健康体で、五体満足な時だけだろうさ。僕はとっとと若いうちに死んでしまいたいのもこういう現実があるからである。ボケる前に死にたいし、体が健康なうち、体が動くうちに死にたい。
もう親の介護をする必要はないのでその辺気楽なのだが仮に結婚すれば相手の親の面倒を見ることにるだろう。

親はちゃんと金ありますか?無かったら子供が負担するんですよ。自分には家族が居て、車かって家買って、子供の教育費だってかかだろうに。そんで自分達の分の貯蓄もできますか?それとも在宅介護しますか、出来ますか?綺麗事では済まされない現実ってやつがあるのですね。ちなみもし両親が今生きていたら・・・年金はもう途中から払っていなかったと聞いていたし、親父は爺ちゃんの遺産があったのに全部使ってしまった挙句、仕事関係での借金もあったし。恐らく金銭的な面倒を僕が見なければいけなかったに違いない。金のない僕が負担することなんて当然出来ないので、僕は生きることに嫌気が差してとっとと自殺していただろう。

PHS死亡

なんか洗濯機から異音がするなあと思っていたら、まさかと思い机の上を確認すると携帯がない。「しまった!」急いで洗濯物の中をみたら見事水没しておりました。いつもつなぎのポケットからちゃんと出すのに考え事してたのかそのまま洗濯機の中に突っ込んでしまっていたのだ。カスタマーセンターにメールしておいたがどうなることやら。小型でシンプルなPHSだったのだが、あれデーターなんて取り出せないんじゃないのか。アドレス帳・・・バックアップしてないよん!!ほんとどうしようか。オワコンですね。

だるいものはだるい

先日言っていたイベント(ってかパーティー)が無事終了。結局会費は会社が出してくれたのだが、兎に角精神的に疲れた。僕はかしこまった場所が非常に嫌いだ。「気を使う」という事が兎に角嫌い。気を使わざるを得ない場所に身を置くことが苦痛すぎてそんな状態が続くなんてとても耐えられない。だるいし顔が引きつる。ちなみに親戚の集まりなんかも嫌い。お客さんは皆歳が上だし、仕事している時ならまだしもこういう場で何話したらいいのかわからない。終始緊張しっぱなしで心も落ち着かない。社員一人ひとりの自己紹介だって果たしてする必要があったとは思えない。席に付いてからはひたすら料理を食べる事に集中した。飯を食うときはリラックスしてないと美味いものも不味く感じるし。
会社のおばさんに「お客さんに挨拶周りしてきなよ」なんて言われてたのだが、面倒くさかったのでトイレに篭って時間を潰してた。これじゃそこあの会社の飲み会(新人の挨拶回り)とまるで一緒じゃねぇかよと。「ああ、面倒クセェ・・・・。」結局ごもごもとごまかしておいた。関係が対等でなければ、まともになんか話せないよ。全く気疲れちんこだよ・・・。
いつも軽快な現場のおっちゃんも緊張してたのか口数が少ない。こういう場所やらイベント事は大嫌いだと。社交的では無く口下手。ってか現場の人間全員そうだ。いや、ほんと喋ること無いよね。次は1年後か。。。1円も利益に成らないのだから、こんなもの意味なんて無いんだよな。本来の業務とは無関係の余計な仕事なんだよ。完全に客の犬ですわ。

出来る限り気疲れすることに参加したくないし、そういう場所に行きたくない。今回は会社の業務命令だから仕方なかったが。プライベートならあくまで少人数、そして気を使わない、そしてゆるい集まりじゃないとダメだと。僕にとって大事なものは心の平穏。心が落ち着ける空間、そして気を許せる人間関係、どんだけリラックスできるかが重要。趣味関係の輪は広げたいけど、わざわざ精神すり減らしても他人と交流したり人脈を広げたいとも思わないな。
で、今日のは残業代つくのかね。

寒いね。

休日明け、会社に行くのは非常にはだるい。まあオフシーズンなので特にやることもなく暇なのだけれども。
今月から勤務時間が30分ほど短縮なので5時あがり。それは嬉しい限りだ。それとアルバイトから正社員となった。時間給からの開放、ようやく月給制で多少はホッとしている。まあまだこれといって仕事を任せてもらっているわけではないです。所謂見習い。現場仕事なので頭より体を使うわけです。おっちゃんがあと2年以内に引退なのでそれまでに何とか実務をこなせなくてはいけないのですが、「5年で覚えることを1年で覚えてもらうぞ」なんて言われてる。プッレッシャーを感じるかといえば全く感じないなんて嘘になるが、やってやろうじゃないかという意気込みではいるつもり。
とりあえず最低限必要な免許、資格を取らないと仕事にならないので、それらを取得することがひとまずの目標。全額負担してくれるわけではないし(半額負担)、別に資格手当なんて1円も出ないないのですが、自分のためにまあ勉強するしか無いですね。

豚猫ギャラリー

塔ノ岳につくと一匹の猫が現れた(なぜこんなとこに?)。今まで見た中で一番デブな猫、所謂豚猫。恐らく登山者に色んなもの恵んでもらっているんだろうか。人懐っこいと言うか図々しいというべきかエサくれるものだと思い近づいてくる。離れても近づいてくる。猫より犬派だけど猫の自由気ままさは好きである。どこか憎めない。ただウンコが強烈に臭いのでそこは勘弁して欲しい。

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消耗

何度寝したかわからんけどよく眠れた。おそらくこの一年の中で最も疲れた日になったと思う。
まだ暗い6時20分頃大倉のバス停を出発し、戻ってきた頃には日が暮れた18時半頃。大倉→塔ノ岳→丹沢山とまあまあ順調だったが丹沢山から目的の蛭ヶ岳まで残り3.4km。バス停から丹沢山の標高差1277mと約1300m近くを登ってきた事にあんるけどそんなに登るのは富士山以来なので2人共かなり体力を消耗していた。「え、そんなあんの!?」、「どうすっか・・・」と言いながらとりあえず進んで見る。近いようで遠いしアップダウンが激しい。ただ景色は非常に素晴らしかった。
だいぶ進んだが最期のアップダウンを目前に、友人が「引き返そうぜ」と。蛭ヶ岳はもう目の前だけど体力的なことや昼休憩・下山の時間を考えれば厳しいと思い途中で諦めて引き返すことにした。無理しても仕方ないし日が暮れたら危ないし。途中にある休憩所で一服し、日が暮れないうちに何とかバス停を目指す。が、塔ノ岳を2kmくらい下った所でコースを間違えたことに気づく。この時16時半前。看板をしっかり確認しなかった凡ミス。日暮れ間近なのに一番やっちゃいけないミス。やべぇと思いながら兎に角来た道をひたすら戻る。登りだったのでここで余計な時間と体力を消耗してしまった。塔ノ岳まで戻り、元来たコースをひたすら下るがバス停まで残り6kmくらいで完全に日が暮れる。ヘッドライト準備していたからよかったが、もし無かったら完全に詰んでただろうに。途中鹿に遭遇したり、猿に威嚇されたり。バス停に到着した頃には二人共もう足がヘロヘロでした。コースを間違えるという凡ミスと見通し甘さがまあ反省点ですね。いずれにせよコースを間違えなくても日は暮れていただろう。やはり日帰りなら丹沢山まで、蛭ヶ岳に行くならば山小屋に泊まって1泊2日の予定で行くのが余裕を持っていかなければいけないなと。いつかリベンジだな。

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一番高いところが恐らく丹沢山

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奥に見える蛭ヶ岳

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しかし言うまでもなく夜の山は怖い。なんだか樹海が何度も頭に浮かんだが、本当にこんな暗闇の中で人というのは恐怖を感じずに死ぬことが出来るのだろうかと。

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