これでいいのかなんて

今日も無難に一日が終わる。特にこれといって何もない一日。ホント、これでいいのかなと思うが、じゃあ他に選択肢があるのかと言ったら無い。先日給料も入ったし、金欠危機は脱したし、生活に欲求も不満もこれといってないし、地元をまた離れることも出来ないしまあ仕方ないかと開き直って今日さようなら。
明日夜明けとともに神奈川の最高峰、蛭ヶ岳を目指してきたいと思います。平日だが可愛い女の子が登っていることを願う。
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生きてればこそ

「命に賭けてでもあの娘を守る!」「この娘のためなら死ねる!」
厳つい兄ちゃんたちに囲まれたら死を覚悟して死守するしか無いけど、この平穏な日常の中でそんなこと幾度思わないだろうさ。ドラマの見過ぎじゃないかと。命かけて死んだらその娘はまた違う人と恋するだろうし。

「命にかけてでもこの子を守る!」「この子のためなら死ねる!」
気持ちはわかるけど死んだらどうもこうも無いよ。残された子供はどうなるんだろうか。両親がいることが普通、当たり前なことに感じるが、成長過程においてその影響は計り知れないと思う。姉の子供を見てて思うし。片方欠けても駄目だし両方いなくなったらら・・・・。親の愛情を一番大事なときに知らずに大きくなったらそりゃ大人になったって心も満たされないし、知らぬ間に少しずつ歪んでいくだろうに。かっこいい言葉やヒーロー気取りは気持ちいけど、実際子供を育てるって重いことだよなあと思う。「この子のために死ねる」より「この子のために生きなければならない」。子供がいたら自然とそうなるのか、生きる理由を探し求めてる人達にはちょうどいいのかもしれない。わからんけど。
まあ我が子に対する気持ちは別としても、でも他人のために死ぬとかホント馬鹿らしいよ。美徳でも素晴らしいことでもなんでもないよ、バカらしいことだよ。自分の命は一個だよって。ちなみに独り身は死んでも別にどうもこうもございませんがね。何言ってんだろうか。

冬がはじまるよ

寒い。朝起きるのが非常に辛い。朝っぱらから風も強くて自転車漕ぐのもしんどいかった。これからどんどん寒くっていくが、外での作業なんかしたくないですよ。
もうすぐ11月も終わるがようやく冬が来たかという感じ。徐々にクリスマス、そして正月の匂いがしてくる。この時期なるとスーパーマルエツでは「冬がはじまるよ」が流れてくる(はず)。そう、冬、始まっちゃったんだよ。
寒くなると人肌恋しいとか言う人たちがいるけど、単純にセックスがしたいとでも言っているのだろうか。ゲスい、恥じらいもない。僕もストレートな表現しか出来なくなってしまったなあと。また婚活だか街コン行ってみればという話をされたが悩む。ホント大人になるってなんなのだろうな。大人にならなければ見えない世界があり、見なくてよい世界もあり・・・。知らなかったほうがよい事なんていくらでもある。欲望まみれのゲスい世界だぜ。年を取ること、体が衰えていく事と考えが徐々に洗礼されていくこと。人生観は固まりつつあるが考えは常に柔軟でありたい。失敗は早めにしておくのが無難だな。年取ってから初めて心が砕けたらプライドやらなんやらで立ち直れないだろうから。
それと心身健康であることが非常に大事だ。特に精神的安定は。そのためにも今いる環境が大事で、自分自身は変える事は出来るかもしれないが、環境そのものを変えることって難しい。アメリカザリガニみたいに汚れた水の中でも生きていけるような逞しさがあれば別だが、僕は綺麗な水の中でしか生きられませんな。まああくまで自分に合った環境にいるのが大事かなあ・・・と寒い夜に思うのであった。


嫌いな思考

・「苦労は美徳」という思考
余計な苦労はするな。人格が歪む。

・「自分のしてきた苦労をしてこなかった人間を見ると叩きたい」という思考
非常に見苦しい。世の中平等じゃないなんて当たり前で、今あるカードで勝負するしか無い。無駄に苦労をすると人格が歪む。

・「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という思考
経験値にはなるが無理・無駄な苦労はなるたけしないほうがいい。人格が歪む可能性あり。
正確に言えば若いうちに色んな経験をしてたくさんの失敗してそれを人生の糧としろということだね。失敗を許容してくれる環境にいることが大事だけど。

・「年上を敬え」という思考
先に産まれたというだけでなぜ敬わないといけないのか理解が出来ない。尊敬できないものは出来ない。体育会系思想が嫌い。

・「若い奴は気を使え」という思考
言われなくてもかなり気を使っております。

・「俺が出来るならお前も出来るだろ」という思考
人それぞれ個体差があるのをお忘れなく。

・「出来ないのは努力が足りないから」という思考
人それぞれ個体差があり、能力の上限がある。出来なければ練習あるのみだが、出来ないものはいくらやったって出来ない。

・「楽をするな」という思考
手は抜いちゃいけないが、楽はむしろすべき。どうしたら楽にできるか(効率良く出来るか)頭を使って考えるようになるので問題なし。

・「仕事こそが人生」という思考
人それぞれだが、働くのが嫌いなので僕には無理。仕事よりやりたいことがある。

・「働くために生きる」という思考
働くのが嫌いなので無理。僕は生きるために働く。働かなくていいだけの金があれば絶対働かない。

・「何があっても仕事が大事」という思考
仕事より健康やプライベートのほうが僕は大事だと思ってる。自分の大事なものを犠牲にしてまでしてやるだけの価値のある仕事なんて存在しない。

・「『途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります』」というワタミ的思考
普通、無理だから途中で辞めるんだよ。村上龍もびっくり

・「コンビニ店員等の接客態度が気に入らない」という思考
高級ホテルじゃないのに時給数百円の人間に同等のサービスを求めること自体キチガイ。サービスはタダじゃない。
立ちっぱなしとかだるいから座ってレジ打ちすればいいし、無愛想でいいんじゃないかと。

・「履歴書は手書きが当たり前」という思考
労力、時間、資源の無駄。文字の上手さ・下手さはわかるが、文字から人柄などわからるはずがない。

・「空気を読め」という思考
くだらん。読まなくていい。言いたいこと言え。金銭が発生してる場合は諦めて読む。

・「お酒の場では気を使え(お酌をしろという)」という思考
自分の飲むものなので、自分が飲みたいタイミングで頼めばいいし、自分が飲みたい分だけ自分で注げばいい。気を使わなきゃいけない理由がわからん。

・「飲み会(会社の行事)も仕事のうち」という思考
やりたい奴が勝手にやればいい。仕事なら対価を払え。

・「立場が上なら何をしてもいい」という思考
只のクズ野郎。死んで欲しい

・「自分より出来無いと思ったら見下してもいい」という思考
只のゲス野郎。死んで欲しい

・「客は神様」という思考
客は客。お客様は神様ではない。横柄な客をまともに相手にする必要はない。最悪通報・訴えるべき

・「努力は必ず報われる」という思考
必ず報われるとは限りません。でもしないといけないのはごもっともだと思います。

・「夢はかならず叶う」という思考
夢は見るものであり、叶えたいならそれは目標。

・「諦めるな」という思考
ダメなものはとっとと諦めて次に切り替えたほうが時間のロスが少なくていい。負けを認める勇気も必要。

・「辞めるのは『逃げ』」という思考
逃げでも何でもない。自分にとって無利益ならとっとと辞めればいいし、嫌ならりゃスパっと辞めればいい。ズルズル悩んでいる時間の無駄。切り替えたほうがいい。無理にでも続けろという風潮は閉塞感を生む。

・「自己犠牲は美徳」という思考
誰かの為に何かをすることは素晴らしいが自己犠牲を美化するのはイカれてる。1ミリも素晴らしくない。

・「○○しなければらならい」という思考
やりたくないことはやらなくていいと思う。

・「立派に生きなければダメ」という思考
ただ生きているだけでいい。他人に見せようなんて思っちゃいけない。

・「他人によく見られたい」という思考
見栄を張るなんてくだらない。他人からどう思われるなんてどうでもいい。自分が思うほど他人は気にしちゃいない。

・「他人に認められないと意味が無い」という思考
自分で自分を認めてあげようよ。力んだ所でずっと苦しいだけだぞ。

・「夢や目標がなければいけない、無いやつはクズ」という思考
そんなもの無くたっていい。ただ生きてるだけでいい。

・「世間体が大事」という思考
見栄や世間体を気にする考えが一番くだらない。他人に見せるための人生になってはいけない。

・「皆やってるから自分もやらなきゃいけない」という思考
他人は他人、自分は自分。

・「働いてない奴はクズ」という思考
働きたくないという思考は正常。先は長いんだから働かない期間があっても問題ない(ずっと働かないのは問題だけど)

・「自分の辛さをわかれ」という思考
逆に君は僕の辛さ苦しみを理解できるか?その人の辛さは共感はできても本当の理解は出来ない。「わかってほしい」ならまだましだが、もう「わかれ!」「理解しろ!」になるとおこがましい。自分で解決しろ。それが無理なら諦めろ。

・「かまってほしい(かまってちゃん)」という思考
幼稚。精神的に自立して強くなれ。

・「年収○○万円の男じゃないと嫌だ」という思考
鏡でよーく自分の顔見てから物を言え。自分で稼げ

・「男が女を養うのは当たり前だ」という思考
誰がそんな負債になる豚を養いたいと思うのか逆に考えろ。自分で稼げ

・「加害者家族を叩くのは当然」という思考
悪いの加害者であって加害者家族は関係ない。成長過程に問題ありかもしれんが関係ない

・「話せば分かる」という思考
お花畑理論。話せば分かると言うなら今頃世界は平和さ。話してもわからない奴はわからない。価値観が違うんだから。

・「自殺はいけない」という思考
死にたいと思うのは割りと自然な気持ち。死にたければ死んでもいいと思う。自分の最期ぐらい自分で決めることに問題はない。
ただ身辺整理と葬式代は残しておくように。

・「生きている事は素晴らしい」という思考
なんも素晴らしくなんて無いわ。苦痛だらけ。
でもたまに良いなと思える事はあるよ。極たまに

リズム

会社から帰ってきてシャワー浴びて飯を食う、そして一息つく。8時~9時には自然と眠たくなって目が開けられなくなってくる。それを過ぎればば多少冴えてくるがまたすぐに眠気が襲ってくる。眠いもんは眠い。そいて毎朝は5時過ぎはに起きる。これからの時期朝起きるのが辛いが、今は規則正しい生活をしていると思う。昔からそうだが自分の生活リズムが崩したくない。特に崩されるのは実に不快だ。夜遅くまで遊んだり飲みに行った次の日は必ずと言っていいほど非常に不快な目覚め。あのだるさを感じると激しく後悔する。遊ぶことよりまず睡眠。体が疲れるのがわかってるなら、その分ちゃんと睡眠に当てて次の日に万全に備えたいのである。次の日仕事なら尚更で。人付き合いは大事だが、相手に合わせるのはだるい(当然相手による)。
自分の中のリズムと言うべきかペースを崩されるのも嫌いだね。そうは言っても人にペースを合わせないといけないし、そうしないと人間社会でやっていけない。やっぱだるいから、マイペースでいられる1人でいる時間が一番いいっすね。

「行くか決めといて」

「年上と年下どっち?」仕事終わりにそう振られる。この話きたかぁ。どうやらなんとかして僕に彼女を作らせたいらしい。「この会社にいたら出会いなんて無いよ」ごもっとも。「彼女出来れば人生変わるよ」確かに友人はえらく変わったからなぁ。まあもう30目前として年として焦る必要はあるのかもしれない。ゆうちょに恋愛してる歳でも無さそうですね。かと言って結婚したいか言われたら別にしたいわけではない。
「お客さんに紹介してもらえば?」と言われてもあくまでお客さんはお客さんだし。終いに「婚活参加しなよ」と。「なんなら僕もついていくから」同い年の男の子が言う。わりかし本気で言っているようだ。行くなら一人のほうが気が楽だ。「私の娘で良かったら紹介しようか?」おばさんが言う。「ただ私のことをお母さんと呼ばなきゃいけないけど」。19歳とピチピチで良いのですがさすがにそれは・・・。
絶対に合コンは嫌なのだが、街コンでも婚活イベントでも経験としてどんなもんか一度行ってみるべきなのだろうか。それならこの前書いた様に登山サークル(アウトドア系サークル)にでも参加したほうが仲良くなる敷居が低いだろう。共通体験はやはり大事だと思う。
全く共通点もない見ず知らずの人間と仲良くなるのはやはりしんどいが、初めから構えてていても仕方ない。まあ最初はどんなことでも探り探りだしなぁ。気を使おうとするからかしこまってゴモゴモと上手く喋れなくなるのだから適当でいいのだろう。しっかし面白い話題とか持っていないんだけどさ、なので話題も限られてくるが。自分の話は友人と喋る時だけで十分だ。ひたすら聞き役に徹する。好きなもの・・・野球、ビール、アウトドア・・・・他なんだろうか。出会いを探すというよりどちらかと言えば趣味仲間を探したいんだよ。とありあえず一週間後までに行くか行かないか決めとさ。

クソミソチンポコ

今度行われるのイベント(客に対しての)に社長命令で社員全員強制出席。会費6000円・・・・ふぁ!?。会社が金を出すわけでもなく自腹だとさ。明らかに業務時間内なのになぜ社員が払わなきゃいけないのか。社長と管理職だけ出ればいいじゃねぇかとおっちゃんちが怒ってたぞ。僕だってこんな安月給なのにそのうちの6000円はデカイよ・・・。社長よ、あんた頭いかれてるだろ。チンポ切れチンポ

だるい

明日は勤労感謝の日。だが出勤。勤労感謝の日なのに・・・なのでとてもだるい。
予定通り来月から正社員になる。そこから試用期間3ヶ月なのか?雇用契約書見ればそうなのだが。。明日確認してみようと思う。となればなぜ2ヶ月間アルバイトなのか、どう考えても賞与をケチるための口実だとしか考えられないのだがな。正社員に為るメリットって賞与があるって事と社会保険に加入できる事以外無い無くて只の奴隷であるという事実。でも愚痴ってもぼくはリーマンとしてしか生きていけないだろう。所詮は雇われ人なので不満があっても受け入れるしか無いのだね。これ以上は無理だと思ったら辞める。でも今のところ続けられそうだから金の貰いながら技能を習得するための勉強をしてると考えればよろしいか。どこまで行っても完璧で素晴らしい会社なんて存在しないし、素晴らしい仕事なんて存在しない。仕事はクソであることは変わらないしだるい。金があれば働きたくない。仕事を宗教化する人間は面倒くさい。人それぞれ性格も気質も違うのだし合う合わない確実にあると思ってる。給料と事内容。そして労働環境と人間関係。前者は選択できるが、後者は入ってからじゃないとわからないまさに運ゲー。何をとるかだな。

同じ現場のおっちゃんと話してて何度も聞いたが今の社長に変わってから何かがおかしくなったと。今年に入って今までずっと働いていた人たちが一気に3人もやめたそうだ。ちっちゃな職場の中の半分近くの人が辞めたという事実。常連客もどうもこの件で怒っているらしい。所詮親会社からの出向のサラリーマン社長。定年間近だし、後数年それまでしのげればいいとしか考えていないのかもしれない。なぜ何年も働いていた人たちが一斉に辞めたのかなんて事は全く考えないだろう。とりあえず相当なケチらしく、営業畑出身なのかそのくせ数字に非常に煩いらししいのだが。僕は現場仕事だけど、どうやら仕事取って来いとノルマの存在をおっちゃんから聞かされる(そんなこと聞いてないぞ・・・)。なぜ営業みたいなことしなきゃいけないんだよと。まあケチ臭いのは入ったばかりの僕でも明らかに感じる次第でございます。どうでもいいところに金かけて必要なものに全く金をかけないのかと。
まあ1ヶ月半経ってみて不満があるとすれば、会社の工具が全然ないこと。商売道具であるしいずれ自分で買って揃えるけどさ、普通一式は置いてあるだろうと。前のところだって一人ひとり支給されていたし。今ある会社としての工具の殆どが貰い物という事実。なんだよそれ・・・

山あり谷あり2

それから家に帰ってきて、久しぶりに友人から電話があった。なんだかんだ1時間以上喋ってたんだろうか。昔はよくSkypeで意味もなく毎日のように喋っていたが、結婚してからはたまにしか連絡はとってなかった。まあいろいろ話したけど、ややネガティブになっているようだった。就職先だってまず潰れることはないし、奥さんや子供もいる。僕の手取りの倍以上はもらっているだろう。一番順調だと思うが、それでも色いろあるみたいで周りの人間と比べてしまうだとか金銭的な不安が拭えないなどなど。そんなこと言ったら僕はどうすればいいんだよと。何年後何十年後に今の会社がどうなってるかわからないし、かなりの薄給だぞ。今まで僕のほうがネガティブで諭されてたけど、なんか今回は立場が逆で、僕が諭す側になっていたようだ。「まさかお前に諭されるとは思わなかった(笑)」と。とりあえずいくら稼いだとしても支出が増えたらそりゃ苦しくなるし、何かあった時に一度上げた生活レベルを下げることはかなり難しいから気をつけろとだけ、つまり相応の生活をしろと言っておいた。
電話が終わってから子供の写真を送ってきやがった。「親バカw」と送ってあげたけどほんと見ないうちにこんなでかく為るんだなあと。子供が出来てから実はまだ一回も顔を見せていなかったし写真でしか見たこと無い。それに出産祝いも送ってなかった。是非きてくれとの事だったし1月にでもお宅訪問しようかと思う。

昨日僕もあんなポジティブなことを言っていたが、今朝漠然とした不安が襲ってきた。嫌な夢でも見たのが原因だったのか。考えてもしかたのないことばかりだけど、僕だって生きてくの不安だし、長生きなんてしたくないんですよ。自殺をしないことが今後の人生の目標なのか、自殺をすることが目標なのかどちらかよくわからんですね。まあ生きるのはだるくて仕方ないけど、明日も何とか生きていこうか。

山あり谷あり1

昨日帰ろうと思ったら後輪がパンクしてるのに気づく・・・。あと帰るだけだしパンク修理するのもだるいし、リペアの跡だらけだったので予備の新品のチューブに変えることにした。その作業を会社の人がずっと見ていたのだが、こんなに簡単にできるんんだと驚いていた。自分にとっては当たり前にこなしている事だけど、やったことない人にとっては一見難しく見えるらしい。自分もそうだったけどやらざるを得ない状況に追い込まれたらやるものだし、一回やればこんなもんかと覚える。パンク修理もお金払えば簡単だけど、修理代もったいないし、リペアキット買だって高いもんじゃないし、実際やってみると「こんなもんか」というくらい単純。毎回パンク毎にチューブ交換してたら金もったいないのでなるたけ節約したい。 「自分でやってみる」ってすごく大事なことだと思う。そういいながら自転車の整備自体はまだやった事がないんだよなぁ。そしてチューブ交換を終えて、色々世間話をしてた。

人間順調に生きててもどこで躓くかわからない。その人も以前実家のトラブルで精神的に追い込まれて自殺寸前だったそうだ。仕事も手がつかない状態でこんなじゃ辞めるしか無いと思っていたそうだが、当時いた上の人達の理解があってだいぶ良くしてくれたらしく、会社を辞めずに来れたと。それと「子供がいたから何とかがんばれた」と。子供ができたら女の人のうが強いのかもしれない。男なんて脆いもんだし。まあ人それぞれ色んな物を抱えて生きているわけですね。会社の事だとか娘さんの進路相談だとか気づけば1時間経ってた(しかも外で)。
それと僕が今ひもじい生活を知っているのを知っているので、心配して帰るときにわざわざ食料品類をいただいた。「え、こんなにいいんですか?」。まだまだ仕事のしの字もろくに出来ないのだが会社の人にお世話になりっぱなしになっている。申し訳ねぇと思いつつ、先月釣り竿を買わなければ今月は何とかなったのにと・・・。給料日まで後4日。でも給料入っても色んな支払いに追われてあまり手元に残らん。1年我慢してあんだけ貯めた貯金は、ニート時代に全て使い果たしてしまったし。27歳にもなって情けないけどジリ貧です。

あれは江ノ島

神奈川の大山へと行って来た。ケーブルカーの駅までひたすら石段を登るが、その道中はおみやげ屋などが続く。それから女坂を登って(流石に急な男坂は朝からしんどい)阿夫利神社に到着したがほとんど誰もいないじゃないか。
順調?に登ったので10時頃には着いたのだが、ちょっと予定より早すぎたなということでベンチでのんびり。さすがに平日だから全然居ないよなぁなんて言っていたらと登山客がゾクゾク来るわ来るわ。あっという間に山頂は人だらけ。本当に平日なのか?という賑わいだった。山頂手前は風ビュンビュン。でもちょうどいい時間帯に登ったおかげでなんとか天気は持ってくれた様で、多少ガスっていたが相模平野と相模湾を一望できたのは良かったなあ。雰囲気がどこか金時山に似ていて特に急なところも無く登り安い山だたっと思う。

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富士山に綺麗に笠雲がかかっていたけど予報通り明日は雨か。下山の頃はもう天気がだいぶ悪くなっていたが。

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帰り際滑ってコケた。友人は毎回僕がコケないか楽しみにしているらしい。いくら気をつけてもやっぱりコケるときはコケるんだよねぇ。阿夫利神社に戻ると朝は全く居なかったのに観光客でいっぱい。やっぱり有名なところ何だなあとそ改めて実感するのでした。ちなみに山ガールは居ましたが当然挨拶だけです。外国人の綺麗な女性人が1人で登っており、挨拶が通じなかったのか返事はしてもらえなかったけど、その代わりニコッと素敵な笑顔を頂きました。
出来れば年内には塔ノ岳(欲を言えば丹沢山)までは行きたいなあと。もう日暮れも早いし寒いのでどうなるか。

だるい

朝からぼーっとする。兎に角天気が良くてぽっかぽか。うんこしながら窓の外に広がる空を眺めてたが綺麗だった。僕もあの漂うような雲になりたいなと。晴れの日というものがいかにありがたいことか、雪国なんて住むものなら冬の間心までまでどんよりしそうだ。明日ようやく山登りに行ってくるがまあ晴れるかな。曇りらしいがなんとかいい景色が見れると良い。

図書館から「楽しい気象観察図鑑」という本を借りてきた。まだ全然読んでないけど天気の勉強をせねばならない。図鑑というだけあって写真も豊富なのだが見ているだけで癒やされそうだ。

よく見ているブログの一つに「人のいない海辺の空き家でひっそり暮らす」という素敵なブログがある。わたぐもさんという方が書いているのだが、読めばわかるが本当に雲のようにふわふわしているというかどこかすーっと消えてしまいそうな透明感があり、見ているだけで癒やされる。恐らく同い年なのだがこういう人もいるんだなあと。いつまで続けるのかは分からないのだが、こういう生き方も良いなと思う。生き方なんて人それぞれさ。

接点



昨日仕事終わりに職場の人と3人で初めてバーミヤンへ行って来た。金が無いのがわかってるのでまたおごってもらう。高齢職場の中の若手なので、こういう時は素直に立場に甘んじますわ。しゃぶしゃぶ食べ放題が約1700円。+400円するとうまそうなサイドメニューも食べ放題という。まあさすがに「じゃあ+400円で」とは言えず・・・。学生時代にたまに行った温野菜と比べても安いのし、まあ質はそれなりだけど量が重要なのでかなりお得だと思いますね。やはり飯を食いに行く時は3人以上が一番だなと。友人ともそうなのだが、2人だと話がそこまでがらないし、肝心の飯に集中できない。3人以上で行けば他の人が話している間に飯に集中できる。うん。

さて飯食いながら「彼女つくらないの?」という話になった。
「彼女って”作るもんなの”?」「自然とできるもんじゃないの」なんて学生時代は思っていたけど、結局その考えは甘くて「作ろうと思わなければ出来ません」という結論にしかたどり着かなかった。自然と出会って互いに惹かれ合って・・・なんてそんなドラマみたいな展開なんて無いぞ。イケメンとして生まれてこないかぎり向こうから寄ってくるうことなんてないしそれでなくとも積極的に行かなければ何も変わらないと。誰かを好きになったな記憶なんて中学生か高校生でストップしている。高校の頃からずっと自然と女の子と接する様な環境に身を置いたことがないので機会が無ければその接点を作るしか無いのだが、その接点の座敷が高く感じる。「街コンなんてどう?」なんて言われたけどああいうのは好きじゃないし、合コンに行くと言うのはキャバクラに行くというのと言うこととほぼ同じだと思っているので嫌だ。もうそうなると趣味ぐらいしか思いつかないのだが社会人サークルに入るべきなのかね。結局面倒クセェとなってしまう。学生の頃から全く思考が変わってなさすぎて笑うしか無いよね。
面倒臭がってるとまた年をとってから後悔するのだろうし、行き遅れで本当に誰からも相手にされなくなるのだろう。時は残酷ですね。まあ一人が楽っちゃ楽というのは事実です。
恋愛は甘い。人生は淡くてほろ苦い。いや、ほろ苦いどころか激苦じゃんか。

最期

以前会社の敷地内で首吊り自殺があったそうだ。どうも昔っからのお客さんだったらしい。なんかそんなこと言われたら確かにその現場を妙に意識してしまう。まあだからと言って別に幽霊が出るわけでもなく。
「なんで死んじゃったんですかね」
「さぁ」
当然死んだ本人以外分かるはずはない。全く金に困っていたわけでもなく奥さんや娘さんもいた。別に鬱っぽい感じでも無かったたそうだ。話を聞いても順風満帆で問題は無さそうに聞こえた。別に自殺する理由はない。でも結果的に首をつって死んでしまった。

「多分、人生に満足しちゃったんじゃないですかね」
自分でもなんて言った覚えてないけど、もしかしたら今が一番死時なんじゃないかと思ったかもしれない。そんな気がした。所謂ポジティブな自殺。
以前、哲学者だった須原一秀の「自死という生き方」という本を読んだ。自殺というとどうしてもネガティブなものとして捉えがちだが、著者は「哲学的事業」と称してして自殺してしまった。こんなポジティブな自殺があるものなのかと、僕はこれに衝撃を受けた。詳しい内容は忘れてしまったが、こういう考えの人間もやはりいるんだと。

「だけどわざわざこんなとこで死ななくてもなぁ」それは確かにそうだなと。でも家の中でもなく山奥でもなくあえてここで死んだのは、きっと思い入れがあったのか、好きな場所の傍で最期を迎えたいと思ったからなんだろうかね。

さんまの缶詰

ほぼ毎日さんまの缶詰を食べている。たぶん先月から食べているのだが今月に入ってから更に食べている(金欠ということもあるのだが)。最近のお気に入りは田原缶詰の「さんま蒲焼」と「焼さんま おろし煮」の2つ。そのまま食べても十分うまいけど白いご飯と一緒に口に頬張るのが最高である。ただ汁が余るし捨てるのがもったいないので、それなら最初から全部入れて炊けばよくね?という風にさんまの炊き込みご飯を先日試してみた。まあ汁自体油が多いのでちょっと油っぽいけど味はまあ悪くはない。
サンマ一匹買って捌いて調理して・・・という手間を考えれば、近所のドラックストアで100円弱で買えるし美味いのでコスパ的にも十分なのではないかと。給料日まで2週間を切ったが米が後一食分しか無いのでなんとか乗り切れるだろうかねぇ。

何もしなくとも

朝からB-RAPを見てゲラゲラと笑い、昼から買い物に行き図書館へ行き、夕方一ヶ月弱ぶりの筋トレをし、夜はビールを飲む。ニート時代とそんな変わらない。特に何があったわけでもない、何もしないただ平凡な一日だった。学生の頃もそんな感じだったけど、あの頃より「何もしなかった後悔」というものは感じない。「もったいない」確かにそうではある。休日何もしないとそういう思考に駆られてしまうが別に何もしなくてもいいんじゃないかなと。天気良ければ空眺めながらビールでも飲んでればいいし、ずっとパソコンやってたっていいじゃないかと。別に何もしない事に負い目を感じなくてもいいのでは。人生は有限だし休日も限られているが、のんびりすること、何もしないことをむしろ楽しもうじゃないかと。まあ天気が良けりゃ山登ってただろうが。

最近思うが、ネガティブだった人間が急にポジティブになったのはやはり一時的にハイになっているか、頭がおかしくなったんだと思う。昔の記事見てこんなこと考えてたんだなあと逆に感心してしまったり。あまり深く考えないようにしてると言えど、それはもしかしたら只の思考停止状態にあるのではないかな。頭を使っているのかといわれればぜんぜん使っていないと思うし、なんだか衰えた感じはある。そしてボーっとする。まあ神経すり減らしてない分だけマシかなと。
僕は人生に対してどこか開き直ったのかそれとも諦めが着いたのか。薄給だが毎月の収入を確保できている点、その安心感はある。しかしこの状態が果たしていつまで続くのかは分からないが。僕自身、自分がどういう状態なのかよくわからない。
ふと思ったが「死にたい」という思考で埋め尽くされるのは、やはり異常なんじゃないのかと。元気ならば、精神が安定しているならば常にそんな思考には至らない。当たり前の事だろうが実は当たり前じゃない。数カ月前まではそんな事考えられなかった。ただ長生きはしたくないのは変わらないし、ぼんやりと「死にたいなあ」と思う。明日くたばってもいい。

もし今の感覚で今まで生きて来れたのなら、物事をもっと楽に考えられただろうし楽しめたと思う。僕は余計なことばかり考え、不安がり常に何かに怯えていたんだろう。時間を無駄にしすぎた。僕の20代前半~半ば、もう戻らないんだよなあ。
先のことが見えないなんて今も昔も一緒だ。

昆虫食

朝起きるとやはり体がだるい。窓開けるとむっとした空気が流れこむ。寒いどころかむしろ暑い。役所行ってからばあさん家に行って来たが外は不快指数MAX、兎に角蒸し暑かった。みんな冬の格好してたけど暑くなかったんだろうか。これじゃあ半袖半ズボンでいいよと。やはり明日も天気が悪いそうで、山登りも来週に延期か・・・。

さて、昨日職場の人にイナゴの佃煮を頂いた。見た目はまんまバッタ。黒いイナゴの顔がまさに仮面ライダーを彷彿とさせる。まあ見た目はともかく何の躊躇もなく食べてみたが普通にうまい。おやつにもちょうどいいし、ご飯のおかずとしてもいい。生まれて初めて昆虫を食べたのだが、昔から食べられているものだけあってイナゴはイケる。アジア圏は割と昆虫食が普通なようだけど流石にタガメだのサソリだのクモだのあんなもんは食べられないよなあと。以前「世界まる見え」で、どこかの部族がタランチュラを食べてたのが未だにトラウマなのですが。
そう言えば子供の頃カブトムシをよく飼っていたけれども、ばあちゃんが間違えてカブトムシ用のゼリーを食ってたのを思い出す。感想が「甘かった」だそうです。しらんがな。

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ふっくらごはん

ごはんを炊くときはいつも「高速早炊き」ボタンを押している。流石にご飯炊くのにそんな待ってられるかと。先日、やけに炊けるのが遅いなとよく見たら「極うま」ボタンを押していたようだ(高速早炊きの2~3倍の時間がかかる)。流石に遅いのでくたびれたのだが、いざ蓋を開けるとこれがいつもと全然違うわけだ。ツヤといいふっくら加減といい、高速早炊きで炊いたごはんはっきりしとした違いがみられた。実際食べてみてもいつもよりふっくらしていて甘みがある。というか美味い。同じ米でも炊き方が違うだけでこんなにも違うのかと何だか感動してしまった。学生の頃から使っている炊飯器なのに。

さて、ようやく12連勤が終わった。大したことをしているわけでは決して無いのだが、流石に連続となると疲れも溜まるしだるい。遊んで暮らせるだけの金があったら絶対働かないぞ。一日中のんびりしながらビール飲んでたいし。ワーカーホリックとか頭おかしいと思う。それにしても手荒れがひどくてカッサカサのボロボロな状態。そこにオイルの汚れが染みこむのだからまあ汚い汚い。手が汚れるのは前の仕事も同じだけれども手荒れはひどくなってる。
まあようやくの休みなのでゆっくりしたい。明後日、神奈川の大山に登ろうかという予定なのだが天気がどうかな。紅葉が綺麗らしいのだが果たして山ガールはいるのか。紅葉よりもそちらのほうが大事だ。流石に気分転換しないと気が滅入るというか塞ぎこんでしまうな・・・。



時の流れってやつ

トイレに行こうとしたら居間にあるでテレビ「学校へ行こう」がやっているのがちらっと見えた。「あ、今日か!」。途中から見てたのだが懐かしさと面白さで終始ニヤニヤしっぱなし。いやぁ皆々歳とったなあと思うが、みのもんたとイノッチだけは大して変わっていなかったような(加藤あいがいなかったのは残念だったけど)。夏帆も歳食った感はんぱないけどそれでも可愛いです。
東京ラブストーリー、癒し系ミュージシャン、B-RAPは特によく覚えていて、中学の頃なんか放送翌日はB-RAPの話で盛り上がっていたのが懐かしい。東京ラブストーリーの男性陣が見事おっさんになっててワロタが、皆順調そうに生きてる様で何だか安心してしまった。
あと未成年の主張ってある程度台本があるかもしれないが、素人が輝けるいいコーナーだったと思う。よく大勢の前で堂々と告白するなあと逆に関心してしまうね。見ているこっちが照れてしまう。
僕もあの時好きだった子に告白するだけの勇気があったら結果はどうであれ多少は人生変わっていたのかな。少なくとも未だ残るモヤッとした気持ちはなくなっていたかもしれないなあとふと思った。まあ僕も皆歳をとってしまったんですねぇ。

折り返し

どうせ黙っていてもいずれ死ぬのだから、なるたけ楽しいことを見つけていきたい。とりあえず元気なので、今は前向きに生きていこう行こうと思う。というか最近は前向きだ。平凡な日々の中でささやかな幸せや楽しいことを見つけていければいいかなと。大好きなビールを飲むこともそうだし、山登やら野球観戦やらぶらり旅やら後は釣りとだとかまあ色々とやっていきたい。数カ月前まで何かをしたいなんてとても考えられなかった。考えられるような余裕なんて無かった。
今の僕にとって一番大事なことは「心の平穏」だと。給料が安くてもとりあえず会社が潰れない間は継続できそうな仕事を続ける。やはりストレスに弱い僕には精神のバランスを保つことが一番優先されると思う。それが今の僕にとっての答えだろうか。精神のバランスが崩れた時のあの死への渇望や絶望感はなってみないとわからないが、なってはいけないと思う。全てが黒く見える。

逃げるときは逃げていいとんじゃないかと思ってる。後ろめたさなんて感じ無くていい。逃げ場がない、逃げることを許さない空気・空間・社会は閉塞感を生み出し、余計生きづらさを感じさせる。まあ仕事となると辞めてしまうと確かに代償はデカイかもしれないが、それでも精神的な安定が崩れそうになったらとっとと休んだり逃げてもいいと思う。「逃げ」という言葉がよろしくないのか、でも自分を守るために必要なことであると思う。
崩れる毎にそれまでの価値観が崩れ、また再構築していき、また違う視点で物が見えてくる。剥けて更に剥けるちんこみたいに。だんだん気楽になりすぎてる気もするがまあそれもそれでいいかなと。ストレスに弱すぎるのでなるたけストレスを感じる事は避けたいです。適当でいい。適当じゃダメな部分も当然あるけど適当でいいと思う。

さて、12連勤も今日でようやく半分の折り返し地点。暑いと流石に参ってしまうが、寒くなってきたせいなのか特に体の疲労はあまり感じない。まあシーズンも終わってほぼ暇な時期だし実際暇なので、まあこの間に学べるものはちゃんと学んでおきたいと。とりあえず給料早く入ってこないかねぇ・・・。