オクフェス

ちょうど今頃ドイツのミュンヘンではオクトーバーフェストが開催されているらしい。死ぬまでに一度行ってみたいなあと思うのだが、そんな余裕ないでの夢のまた夢だろうか。ビール好きな僕としては心底羨ましくて仕方ないのだがまあ一様日本でもオクトーバーフェストの雰囲気だけでも味わおうじゃないかと、各地でイベントがやってる。

数年前に横浜の赤レンガ行でやってたオクフェスに行ってみた感想としてはもう高いの一言。「ボッタクリじゃねーのか!」と。輸入ビールといえど専門店で飲んでももう少し安いんじゃないのかねぇ。まあ主催者によってだいぶ違うようだけど出店料が高いからとどっかで読んだ。それでもフードの高さには納得行かないですね。日比谷だとかお台場でやってるオクフェスは行ったこと無いけど以前テレビテレビ見た限りはやっぱり高い。ただみな楽しそうだったし知らない人同士で踊ったり盛り上がってたりしてたので雰囲気的にはいいなあと思います。1人で行くべきではないけど。
僕は地ビール協会が開催してるところだとか地ビール会社単体または複合でやってるオクフェス・ビアフェスに行くほうがはるかに得だと思う。外国産ビールも美味しいが国産の地ビールもかなり美味しいと思うのでそっち行くべきかなと。金に余裕があるなら、また盛岡のベアレンに行きたいっすね。

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明日から

明日から約4ヶ月ぶりに働くことに為る。と言ってもアルバイトからですがね。
2ヶ月間くらいアルバイト。そこから様子を見て正社員登用。まあ向こうもいきなり正社員前提でとるのは怖いのだろう。小さな職場だし、ましてやすでに短期離職を繰り返した男なのだから。まあ所謂ジョブホッパーってやつですかね。僕としてもそれでいいと思う。向こうも僕の様子を見て僕も会社の様子を見る。お互い不幸に成らないために僕はそれでとりあえず納得した。まあ駄目なら切られても構わないと思ってる。
まあ製造業ではないです。一地方の、限られた求人の中から選ぶほか無いわけで、その中から自分ができそうな仕事で待遇のいいところを選ぶしかないのです。その中でこの会社に応募したのも前の会社よりかは遥かに近かったこととボーナスがかなり良かったから(だが基本給は糞安い)。。今後どうなるかわからないけどまあ様子見ながらぼちぼちやっていこうかと。初めから意気込んてると必ず失速するので。

僕はできれば働きたくありません。でももしかしたら自分のやる仕事を好きに為るかもわかりません。仕事なんてやってみないとわからない。でも「会社」を好きになることはまず無いと思います。企業戦士ってなんすか?仕事はちゃんとします。でも会社のために死ねません。忠誠を尽くすのも会社のために死ぬのもアホらしいと思ってる。ショッカーじゃないんだから。僕は一労働者ですしただの人間なので。会社の利益に貢献せねばならないが、あくまで「自分のため」に働くのだよ。
ニートタイムが終わるのが悲しいぜ。

マン月

夜買い物行く時にふと空を見ればまんまるなお月様。なんてキレイな満月なんだろうかと。あちこちで光が灯っているけど月明かりだけで十分なのでないかなと言うぐらいの明るい。太陽に照らされてるだけどあんなにも輝くものなのかと。僕は太陽のように誰かを輝かせることは出来ないし、頑張っても月のように輝かない。宇宙の塵以下のちっぽけな存在ですよ。いや、チンカスの様なもんですかね。
まあ今でこそ街頭や店の照明で夜も明るいが、昔なんて月明かりだけで夜道を歩いていたのかと思うとすごいなあと思うよ。そもそも夜道なんて歩かなかったかもしれないが。昔の人も現代人も月みて考えることは一緒じゃないのかねぇ。
雑念があれば月が綺麗だってことすら何も思わなくなってしまうのだろうかなと。雑念はないが僕の頭の中身はすっからかんですけどね。

働きたくない

朝っぱらから最後の面接をしてきた。前回の2人に加えて同じ系列の役員2人の合計4人が面接官。何も考えてなかったから余計に緊張したのだが、何とか無事に終了。質問が来る度だんだん「働くのか」という現実感が戻ってくる。
日本人は「3」が好きなのだろうか。3分と3年。「セールスポイント交えて自己紹介を3分間で」。前回と同じようにやったら一分弱だった。「3分でと・・・ぶつぶつ」言われたけど仕方ないか。面接内容はまあほぼ前回と一緒。また「5年後、10年後・・・」の質問をされた。分かるわけ無い。「一人前に成って・・・」と言えば「5年で一人前なんて言うけど、そんなかかる?今の企業はそんな待ってくれないよ」と。そんな先のこと知らんがな。やはり面接していく中で企業側の考えてるもの求めているものと自分と思っているものが少し違うかもしれない。それはどの企業も同じだろう。将来の管理職。まあ現場でちまちま働きたいと思うのは駄目なのだろうかね。
最後、前回ある程度質問したので、全く質問をしないのも申し訳ないと思いどうでもいい質問をしたら系列の役員に「そんなこと自分でネットで調べておきなさい」と喝が飛んできた。ムッときたけどまあそれもそうだよなぁと。よく考えればこの人達皆親会社から出向している人達なんだよな。立派な経歴で頭もきれる人たちだろう。なんだろうが別にそんなのはどうでもいい。次期に親会社に帰ってまた新しい出向役員が来るんだろう。
久々に面接ってこんなもんなのかなあと帰りのバスの中で思う。就活中の学生もさぞ辛かろうし、転職最中の方たちもさぞ辛かろう。無職期間が長くなると社会感覚がなくなってしまうな。それにしてもたった40分でも本当に精神的に疲れたよ。

「働きたくない」そうは言っても働かなきゃ生活が成り立たない。生活がかかってるから働く。けどやはり本心では「働きたくない」と言ってしまう。でもその言葉を現実に吐き出せば批判される「働かなきゃどうするの?」「皆辛いんだから」「怠け者」と。そんなもんわかってるけど、だってストレス溜まるじゃないですか。人生をより良く生きるためにはストレスをいかに最小限にするかだと思ってる。現実を見つめれば厳しいししんどい。だから「働きたくない」すごく素直な感情だと思う。その気持ち批判するべきではない。

さんま

介護施設に行った後ばあさんちで飯を食ってきたわけだが、鍋の中にサンマの煮付けが作ってあった。汁にいろいろ溶け出して何かの腐敗汁にさんまが浸かっているように見えてた。見た目は悪かったのだがいざ食ってみるとびっくりするほど美味い。生姜も良くきいているし柔らかいので骨まで食べれる。思わず米が進む話進むわ。酒のツマミにもちょうどいい。鯖の煮付けよりもこちらのほうが好きかもしれない。肉より魚のほうが安いなら毎日でも魚食うよ。高いから食わないだけで。今日、東京タワーの所で焼きさんまが無料で食えたらしいがさぞうまかっただろうかね。(まあ並びたくはないけど)
焼きサンマも刺身もうまいけど、煮付けもいいなと思った。

連休終了

世が連休で浮かれていたようだけれども、特にいつもと変わらない日常を過ごしていたわけですが。交通渋滞を見る度、大型連休なんてホントどうしよもうねぇなぁと思う。みんな考えてる事一緒だからどこ行っても混むし。地元の観光地に他県からいっぱい人が来るのですがもう駐車場が少ないもんだから大渋滞ですよ。

さて先日ばあさんと一緒にじいさんのいる介護施設に行って来たわけだ。再就職する前に行ったっきりなので約半年ぶりか。今いる施設は前いた施設と違って、エレベータのドアが開くと廊下に出るのではなくいきなり大広間に出る。そしてその大広間に集まってる老人達が一斉にこっちを見るわけだ。なので前回初めて行った時は本当にビビったよ。
毎度思うが、やっぱり介護施設のどんよりとした雰囲気が苦手。言葉は悪いが本当に老人収容所だよ。部屋だって個室ではないしカーテンで仕切るくらいで完全なプライベートな空間が無い。じいさんも本当は自宅で過ごしたいのだろうけど現実的にばあさんが介護できるはずもないからこうやって施設にいるわけです。まあ介護施設に入れるだけマシなのだろうが、長く生きてるといずれこうなるのかなあと現実を目のあたりにできる。ので、ボケたり半身不随になる前にやっぱり死にたいと思うわけですね。健康って大事だけどやっぱり老化には勝てない。いずれ僕も病気になり体が動かなくなり・・・なら健康なうち元気なうちに(出来れば若いうちに)死にたいと思ってしまうのだが、そんな都合よくコロッと死ぬわけなんて無い。
やはり自殺という切り札はとっておくべきだろうか。

おねぃさん



綺麗なお姉さんもやがておばさんになってしまう。だからこの瞬間の、もっとも美しい瞬間ってどんなに貴重なことか。人生って長いのか短いのか僕にはよくわからないが、あっという間に20数年経ってしまったのだから、今後もあっという間に時間が過ぎてしまうんだろうと。
僕の年齢からしたらお姉さんと言ってしまえばもう30前後。僕がまだ10代~20代前半だったら、ちょうど良い感じのお姉さんと呼べる年齢の幅もまだ余裕があったでしょうが。やはり20代は貴重な時間だ。
綺麗なお姉さんはいつまでも綺麗なお姉さんで居て欲しいと、いつかの少年のように願うのです。僕も年取ったんだなぁ。。

平穏な日常も

早朝3時。けたたましいしといえば誇張になるが、津波注意報のサイレンとともに目が冷めた。最近ヘッドホンしながら寝ているのだが放送の音があまりにも大きすぎたのでビビったじねゃぇか。しっかし外は大雨、そして雷。ほんと無茶苦茶だなぁ・・・と思いながらあと数時間後に来るのかぁと思いつつ、でもそんな大した事ないだろうと思いつつ・・・。気づいたら寝てた。
改めて数年前の大震災の津波の動画を見たけどやっぱり恐ろしい。人事じゃないから尚更恐ろしい。今までそこにあったものが全部消えてしまうのかと思うとやるせないね。津波というものがあんななスピードと破壊力を持っているだなんて想像できなかったし。それと日中ならまだしも真っ暗な夜~早朝にかけて大震災、そして津波が起きたらどうしろっていうのかと。東日本大震災の直後静岡でもかなり大きな地震があったようだけど良く平気だったよなぁと。その時千葉に居たので地元が心配だったが親父から平気だと聞かされてホッとしたわ。
静岡県民は地震が来てもタフだのなんだのとネットでネタにされてるが確かにその通りですが、まあそうではあるけどやっぱり怖いですよそりゃ。

平穏な日常を過ごすいているけどいずれはこの平穏な日常も地獄に変わるのだろうかと。
よく考えれば東海地震の危険性。揺れより津波。そして活火山の富士山と箱根山が傍にそびえ立つ。さらに言えば浜岡原発もある。大きな災害が起きたらホントアウトですよ。
まあ人間いずれ死ぬのですから、死ぬその前に富士山の大噴火を目の当たりにしてから死にたいもんです。なんせ数百年一度ですから。

通過

この前受けた会社から電話が来た。まあ面接もそこまで手応えがあったわけではなかったのでどうかなと思っていたし、なんとなく「今回はご縁が無かったということで・・・・」と言われると思っていたがどうやら通っていたようだ。数人面接して結局僕がが最終的にのこたとのこと。やっぱり年齢なのだろうか。で、これで終わりかと思ったらまたもうもう一度面接したいということで来週行くことに成ったのだが。まあ面接時社長も居たわけだし「今度は何聞くんだよ」とちょっとビクついてる。根掘り葉掘り聞いていてくるのだろうか。まあなにせ小さな会社だし一人雇うのも慎重なのだろうかと。親会社からお偉いさん呼んで来るなんてことないだろうなぁ。。。。

世界が滅亡してくれればいい


今まで高橋優ってなんか厨二臭せぇなとか思ってたけど、この曲きいて思わず笑ってしまったのと少し好きになった。非常に共感できる。マジで生きるのってめんどくせぇよ。僕の好きな言葉はphaさんの言葉を借りれば「だるい」。だるいめんどくせい。最近の口癖だ。
生きるのはだるいし面倒くさい事が多すぎる。まあそう思っていても嫌でも明日がやってくるし、気づけば歳だけ取っちゃっうし。人生こんなはずではなかったなんて何百何千回思ったことか。働いてる人たち、是非がんばってください。僕もできれば早くそっちの世界に戻れるようにしないといけないわけですが。とはいってもやっぱ働きたくない。だってめんどくせぇんだもん。生きるのは実に辛いことだ。
そう言えば「みんな!エスパーだよ!」の主題歌も彼が歌ってたけどあれもあれでよかった。真野ちゃんのパンチラもいいけどやっぱ夏帆のパンチラが好きでした。

手書きかパソコンかで悩んでるそこの君達へ

以前も書いたけど履歴書なんてエクセルで作っちゃえばいいんですよ。手書きなんて無駄だし、間違えたら修正もしくは破棄という時間と資源の無駄。第一会社の中入って手書きで資料なり何なり作ること殆ど無いと思うのですが。古い考えの人たちは何のためにパソコンという機械があるのかってちゃんと考えて方が良いと思う。新卒の人たちだって学校指定の履歴書なんて別に使う必要なんか無くて適当にテンプレ改造したり自分で作っちゃえばいい。指定エントリーシートは流石に手書きするしかないので諦めないといけないですね。
僕も学生時代そうすれば良かたっと思う。なぜか転職の際も履歴書は手書き、職務経歴書はパソコンみたいな常識がはびこってるが今まで送った履歴書全部エクセルで作成ですよ。結局大事なの今までやってきた実績、要するに中身、そして受け答え、それとフィーリング。面接官にいちいち手書きじゃない云々言われたら適当に流すかモロ反論すればいい。どうしようもなければ面接官が男なら「このちんこ野郎!」「ハゲ、ヤリチン、短小!」女性なら「このオマンコ野郎!」「クサマン!」と言えばいいと思う。もはや論理性のかけらもない。まあ前者はともかく後者は問題発言か。

数年後の自分なんて

小さい会社ではあるが、久しぶりに面接をしてきたがまあ緊張していたのかしていなかったのか自分でもよくわからなかった。面接官は2人、社長と役職がわからないがお偉いさん?よく考えれば採用されたらこの人達と働くわけか。まあ短期離職を繰り返したすでに汚れきった履歴書だが、まあこれで勝負するしか無いという現実。一貫性のある職歴でもない。クソは糞であるという部分を真摯に受け止め無くてはならない。それが自分がとった選択の責任というものだろうか。
応募時、20代は僕だけだったようだがどうかね。経験なんて何もないし仕事に対するマインドもこの歳になってもあまりない。よほどの人材不足ならまだしも20代後半若さというだけで採用されるほど甘くはないねと。
「お金を稼ぐという以外に仕事とは何ですか?」と聞かれて焦ってしまった。僕にとって仕事は金を稼ぐ手段以外の何物でもない。血迷った挙句「人との繋がりだと思います」よとだけ。まあ実際無職になって人との関わりあいが無くなったのは事実だし、仕事で人と繋がっていくのは実際事実だし。果たして答えになってんのかなぁこれと思いながら。「自分を成長させてくれるもの」だとか「自分を磨くもの」だとかそんな意識の高い事、意地でも答えたくなかった。
「5年後、10年後のキャリアプランはどのように考えてますか?」そう尋ねられて本当に何も考えてなかった。ので、「正直具体的は考えてませんが・・・ごにょごにょ・・・次に入ってくる人間をちゃんと育てられるようになっていたい」思いつかなかったので、たしかそんなことを適当に言っていたと思う。新卒でそのまま務め上げていれば27歳となると後輩の指導にあたっているだろう。今働いている人達はちゃんとキャリアプラン考えて数年後の自分を描いて働いているんですかね。ある程度目標は立てても数年後の自分がどうなってるなんてわからないと思うんですよ。実際働く前から「わからねぇのにキャリアプランなんて描けるか!」と思いつつ、人数少ないし高齢化してる職場なので先を見越していずれはマネージメント出来る人間がほしいのだろうな。まあぼくは性格的にもマネージメント向きではなかろう。面接の後ってものすごく精神が削られるので力が入らなくなる。まあとりあえず終わったからといって一安心でもないが、来週結果が来るのでまあもし採用されたら運が良かったただそれだけだと思う。やっぱり駄目なきがする。

「数年後どうなっていたいですか?」「たぶん死んでいると思います」そう答えちゃまずいか。

とんび

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今日も海へ行って来た。屋根付きベンチに人が居なかったので昨日と違ってそこでのんびりと過ごした。
どうしようもない人間だがこんな時くらいはどうか許してほしいものだ。ビール飲みながら特に何を考えるでもなくただ海を遠くを見つめていただけ。時間の流れが急に遅くなりだすと同時にホント色んな事がどうでも良くなってくるな。ただ眺めてるだけでいい。やけに1人でいるのが心地よかった。
全部飲みきってしばらくしてベンチに寝そべって重松清の「とんび」を読んでいた。数年前にTBSドラマでやっていたのを見てエラく感動してしまい、原作本を買ったのはいいが未だ読み終えてない。ちょうど直ぐ近くに小さな子連れの親子3人組がいたが、まさにヤスさん美佐子そして旭だろうか。あれが所謂家族というものであり、日常の中の些細な幸せなのだろうか。
ちらほらとんびが気持ちよさそうに飛んでいた。お前たちはいいよな。翼があって自由に空飛べて。ああ俺もあんたちみたいに鳥になりたかったよと。

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若干マシ

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海へ行って来た。特に何をするでもなく、整備された公園の屋根付きベンチには先客が居たので仕方なく海岸沿いを歩く。全く流木やらゴミが汚いぜ。ちょうどいい岩が見つかったのでその上に座って、迫り来る波しぶきそっちのけでビール飲みながら海を眺めてた。平日の昼間っからホント贅沢なことしてるよね、働いてもないのに。本読もうとしたけど太陽光の反射が凄まじくて断念。レジャーシート買ってきて寝っ転がろうかと思ってたけどやっぱり暑くて断念。さすがに暑さには堪える。やはり夕方の涼しくなった頃が一番いいのだろうけど日が沈むのも気づけばすっかり早くなってしまった。

海を眺めてるとやはり心が落ち着くような気がする。まあ楽しいかと言われたら別に楽しくはない(食えそうな魚がうようよしてたら違うけど)。まあずっと家の中にいるよりかはマシというぐらいだ。明日も気が向いたら行こうかと思う。
1人でいるということは非常に楽だ。同時に1人でいるということは寂しいもの。別に喋るネタもないが、せっかくビール片手に海眺めてるなら誰かと語ってみたいもんだ。

願い事ひとつだけなんて

先週応募した会社から連絡が来て日曜に面接することになった。まあ製造業ではないし、まあ求人票見る限り手取り20万は当分夢のまた夢かという感じ。まあ残業はほとんど無い様なのでまあそれはよしとして。
なんだかんだ言った所でやはり日本社会は年功序列だ。同じ会社に勤めるあげるほうが有利な体系になっている。海外のように転職回数がプラスに見られるわけでもなくむしろ逆にマイナスだし、キャリアアップのために云々なんて競争社会の中で勝ち抜いているハイスペックなエリート層にだけ与えられたものだろう。なのでもう会社とともに心中しようか。
結局高校・大学と学んだ事なんてその仕事に就かなければれば意味など無いわけだ。だが学んだからと言って採用されるわけでもなく、企業に入ってからもどんな仕事をさせられるかわからない。
やはり新卒は大事なきっぷだ。逃した魚は大きいぞと既卒連中、そして今就活中の奴らに言ってやりたいぜ。NNTで卒業しても地獄だし、まあ就職してもチンカス会社でも地獄だな。親戚の男の子も今就活してるらしいが苦戦してるようだ。まあ頑張れとしか言えない。

もう僕はやる気が無いのだろう。そういやあ借金あるのに今のんびりしてていいのだろうかふとと思った。利子が無いからのんびりしてるんだろう。奨学金残り約260万円。ちゃんと毎月約1万4千円ほどちびちびと返してますよ。働いてもまだまだマイナス。もうオワッテルな僕の人生。貧乏になるべくしてなんているのだろう。別に好んでなってるわけではないのだが。

願い事ひとつだけ叶えてくれるなら・・・・・働きたくない。可愛い娘と恋に落ちたい。もう傷つけあった愛すら始らんわちんこ。それと金銭的にも困りたくないし愛にも飢えたくないな。もう一つだけじゃないわ。

たかが一匹

毎年恒例の目黒さんま祭りが行われたようだが、たかがさんま一匹のために3時間も並ぶようになったら人生って終わりだなあと毎年のように思う。といつもならここで終わりだけど、もうみんな頭がイカれて人生どうでも良くなってくるのだろうなあと勝手に思ってしまった今日今年。でもさんま一本のために数時間・・・数時間・・・・一本のためにサンマ一本のために数時間並ぶのか・・・。

生きるとは実に辛いことだ。そしてこうして過ごしている間にも年をとってしまうこと実に辛いことだ。最近ふと思う。一体この体はいつまでこうやって自由に動くのだろうかと。いずれ動かなくなる日が来る。若く健康でいられる時間は後どれくらいだろうか。タイムリミットは確実にある。何でこんなにもに時間を無駄にしているのだろうかと。20代という貴重な時間の幾度を無駄にしている我が人生。築けばもうすぐ秋が来る。さんまの時期か・・・・

バトルロワイアルと前田亜季

「人生はゲームです。みんな必死になって戦って生き残る価値のある大人になりましょう」

昨日と今日、数年ぶりにバトルロワイアルを鑑賞。改めて見ても音楽も映像も素晴らしい作品で非常に見応えがある思う。小説って後から出たのだとばかり思っていたが小説が映画化されたってこと昨日初めて知る。。
全く、大人たちの勝手な都合に子どもたちが振り回されるのは物語の世界も実社会でも同じだろう。「お前ら大人を舐めてんだろ」か・・・。駄目な大人たちが駄目な社会を作る。まあその中の駄目な大人ってのは僕のことですがね。大人、大人って言うが、僕も年齢と立場上「大人」側ではあるがやはり「大人なのか」だとか「大人ってなんだろうな」ってやっぱり今でも思うわけで、大人ってやっぱりおっさんのイメージしか無いんだよねぁ。
まあR-15指定なんてあんな意味ないと思うのだが純粋無垢な少年少女たちにこの作品を見せるべきでいはと思う。それは物語の残虐性よりも、自衛隊の印象を損ねてしまう気がするからで。実際、キタノのヘリコプター登場から教室に入るまでの間の軍の迫力は狂気すら感じる、まさに「悪」という印象しか受けない。全く国家権力というのは末恐ろしいものですねえと。
僕の中では川田役の山本太郎のキレッキレの演技が非常に好きだ。今では政治云々で色々と話題に上がったりするけど俳優を続けてほしかたっと今でも思う。
その他感想として
・藤原竜也の安定感は異常
・栗山千明様の顔は本当に美しい。ダントツに美しい。
・柴咲コウも美しいのだが、懐中電灯で自らの顔を照らすシーンが怖すぎた。
・塚本高史、高岡奏輔が若い。
・そしてあの制服、なぜパンツが見えないのか。
灯台での銃撃戦あたりが特にそうだが、極限の状態の中での人間模様というものがやはり作品として印象深いなあと思う。殺やらなきゃ殺られる世界の中で、どれだけ冷静さと信頼関係を保てるのだろうかと。話が飛躍しすぎるけど世界のどっかで未だに殺し合いをしてるわけだが、本当の戦場なんて霊性もクソもなくただ狂気しかないだろう。まさに地獄か。信頼関係と相互不信か・・・身近な日常でも思うことはあるでしょうがね。見バトルロワイアル2は前作に比べて評価は低いようだし、まあいいとは決して思えなけど、でも僕は嫌いじゃないけどね。

それと相変わらず前田亜季が可愛かったのだが、高校生のころなぜか前田亜季にものすごくハマっていた。なんか目覚まし時計とかプロマイド写真をオークションで買ったり「最終兵器彼女」に出てた時に出版された写真集買ったり、部活の休みの合間を縫って「リンダリンダリンダ」もわざわざ遠出して見に行ったり。あんな子いたらいいなと思っていただろうが、もう今年で30歳といいお歳なのでそろそろ結婚するのだろうね、今でも可愛いと思うが。

ちぇけら

「他人が何考えてるのかわかるか?」
そう問われても「わかんない」と即答する。例え真向かいにいる人間がニコニコしていても心の中ではこちらのことをどう思ってるかなんて推測できない、出来るわけがないのだ。一番身近な家族ですら根の部分で何考えてるの分からん。仲の良い友人なら、そして最も味方になってくれるであろう恋人なら「何考えてるのかわかる」とでも言うのだろうか。そんなん無理だ。
加えて全くもって表面ではよく取り繕っていても、裏で何してるのかなんて分かりやしない。誰だってそうだ。逆に自分だって相手からして見れば何してるかなんて分かりやしない。犯罪まがいなことしてるかもしれないし、不倫はたまた浮気云々。不特定多数と遊びまわってセックスしまくってたり。
あまりそう突き詰めて考えてしまうと人間不信に成ってしまいそうだ。人の気持ちは想像できると言えど、他人は結局他人である。自分の考えてることだって相手に100%全て伝わらないし、他人が何考えてるなんて分かるわけないのですよ。せいぜい何とか伝える努力しか出来ないのです、残念ながら。

最近改めて思うのだが、本音と言うべきか根のそこの大事な部分というのは幾ら身近で信頼できる人でも言わないで心の底にしまっておくべきものなのかなと。やっぱり相手に正確になんて伝わらないし言っても仕方ないと。匿名世界でならゲロが出るくらいぶち撒けたって構わないが。まあ言えないのも辛いが、あまり弱いところを見せたくないというのか、弱みを握られるのではないのかと。
まあ口は災いのもと、吐けば楽になっても後に何が待ち受けてるのかなんぞ分かりやしないので、吐いてしまったことでもし悪い方向へ傾くとするならば心の奥底でムズムズしていたほうがまだ良いだろう。
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