肯定否定

最近ふと思った。自己満足を積み重ねることで人生は肯定されていくということ。生きてること、実際やっている行為そのものに意味など本来はない。意味なんて後付に等しい。ほとんどの行為は自己満足だ。しかしこれこそが現実社会を生きる上で自己肯定、自信へと繋がっていくのだと思う。しかし自己満足もろくに出来なければ自己否定しかできなくなる。マイナス思考の人間、何かにつけて自信のない人間は中々それがでいない。どうすればいいのだろうか。生きるとは難題ばかりだ。
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暑かった夏

「野球見に行かないか?」

毎日がとても暑い。日中は部屋は熱がこもり扇風機だけではとても対応しきれない。部屋より廊下の方が涼しいくらいだ。しかし家から出るのも億劫なぐらい外も暑い。
今日は静岡の高校野球の決勝戦。一年に一度の折角のチャンスだもの、友人を誘って草薙球場へと足を運んできた。開始一時間以上前にも関わらず人で溢れかえっていたが、何とかバックネット裏の席を確保できた。隣の席に可愛い子が座ってこないかなと淡い期待はやはり脳内妄想で終わった。肌を突き刺すような日差しと蒸し返すような球場内の熱気。ビールを買ってきたはいいが、ここで飲んでいいものなのか。隣に居たじいさんが「大丈夫だよ」と。そしてビール飲みほしつつ開始を待つ。そしてじいさんも持参しビールを飲み干す。反対隣に高校球児らしき子達が座ってきた。聞けば県内の強豪校の子。レギュラーかどうかはしらない。何も持って無さそうでかなり暑そうだったので余ったうちわを貸してあげた。反応がやはり野球部っぽくて律儀だ。やりスポーツというのは生で見るとが一番だと。投球にしろ守備にしろ打球にしろテレビで見るとのは迫力がまるで違う。僕はプロ野球より高校野球のほうが好きなので1人でべらべら喋ってしまう。友人と来たからまだしも、一人できたら一人寂しく黙って見ていただろう。そしてたまにその辺にいるJKを見つつ・・・。それも高校野球を見に行く楽しみでもあるといえばそうなってしまう。結局予想通り静高が2年連続で優勝を決めた。やはり県内トップレベルの強豪校、圧倒的な力を誇っていた。会場に見に来ていた球児たちの目には目の前の高いレベルの野球はどう映っただろうか。

若いって素晴らしい。彼らには元気や勢いがある。僕も一様高校球児ではあったが彼らのような勢いはなく、昔から控えめな人間だった。だから心底彼らが羨ましい。「若ければなんでもできる」そうは言うが、決してそんなことはない。が、少なくとも彼らにはまだ進路選択の余地はある。僕のようにすでに無駄に生きて道が閉ざされた人間とは違う。彼らはまだこれから頑張り次第と運次第でなんとかなる可能性はある。こんなことを言うのも無責任だろうな。そして可愛い彼女を連れた男たち。僕にはもうそんな機会は一生ないと思うと心底悲しくなってくる。情けない嫉妬か、もう僕は歳を取り過ぎた。

そう言えば高校時代の監督が試合を見に来ていた。。一目見ただけでわかったのだが恐らく向こうはこちらのことに気づいてい無かった?だろうか。僕が今頃ちゃんとしてたら挨拶していたかもしれないが、こんな情けない姿見せられないので結局挨拶しにに行くこともせずそのまま球場を去った。教え子の中で一番落ちぶれてるかもしれないな。

友人と会うのも1月以来だろうか。電車の中で野球をしつつ、仕事の話なんかをしただがあまり入り込んだ話をすればするほど不安からどんどんんネガティブな言葉しか出てこないことに気づいて途中で辞めた。彼も僕と同じような状況だが僕よりポジティブだろう。そこが心底羨ましい。夕方地元の駅につく。仕事帰りのサラリーマンの姿。そう言えば今日は平日。球場に足を運んできた大人たちは有給使ってきたのか、元々休みなのか只の無職か。世の中は今日も誰かが仕事をしているのですよ。
それにしても日焼けが醜い・・・

Loser

2月頃まで続けていた筋トレも会社に入ってからすっかりやらなくなってしまったが、今頃に成ってようやく再開した。運動した後の飯はさすがにうまい。年末までに70キロ前後を目指すとか言ってた気がするが先は長い。
今日から地元の夏祭りだ。でも僕にとっては全く関係のない行事。部屋で花火の音を聞いていただけ。最後に行ったのは何時のことか。3年前を思い出す。僕にとってはあまりいい思い出ではない。結局、対人関係に苦手意識があるため新しい空間に中々馴染めないのとそれ以上に飛び込む勇気が出ない。集団の中で喋るということ、そしてそのなかで明るく振る舞えず、遠慮がちな会話に成ってしまう。無論その時の周りの反応が未だトラウマになっているかもしれない。それに僕に友人が少ないのは僕という人間のノリの悪さ、そして面白みの無さだろう。余計に人間が嫌いになっていく。無職、人間関係の希薄さ、人間味の無さ、社会性の無さ。クズ、そして負け犬。「君は大人?」「今まで何して生きてきたの?」自信がない、ずっと自身がもてずにで生きてきた。もう生きてる価値なんて無だろう。最近はずっとそればかり考えてる。「甘えんな」か・・・。自分に甘えてるとしても、誰かに甘えるんてできません。自分で立てなおさなきゃいけない。誰かのせいにしちゃいけないし誰も助けてくれない。大人って辛いね。

そう言えば来月サカナクションのアルバムが出るらしい。ふと気づいた時に結構前のカップリング曲のMVが今頃出来上がってていたようだ。「ホリーダンス」は僕にとって1ヶ月弱しか居なかったが福岡時代の思い出の曲だ。なんとなくイメージとは違うけどまあ悪くはない。この映像作品だって誰かが作っている。才能と言ってしまえばそれまでだがこういうクリエイティブな世界で生きている人たちの頭の中身を見てみたいね。そして何でもそうだが人に評価されるって難しい事だね。僕も人生放り出したい。



思うこと

いや、ホントこの世から消えてしまいたい限りである。「死なないかな~」なんて受動的な態度では結局死ねない。死ぬんだという思いを強く持たなければ死ねない。毎年3万人近く、いや公式な統計以上の人間が死んでるわけだ。皆どうやって死の恐怖を克服したのだろうか。親父はほんとすごいよ。

しかしながら死んだら死んだで後処理が大変なのがわかっているので自分の葬式ぐらいはちゃんと残しておくべきだと思ってる。それと生命保険には出来れば入っておきたい。保険会社も免責期間を設けているが自殺でも支払われるようだ。
再就職して貯金して残りの奨学金を返し終え、尚且つ最後に向けての貯蓄もして行きたいと考えている。

call me



まだ青年と呼べた時代。あの頃歳をとっていくということがまだわからなかった。今もわかるようで実際わからない。
確実に言えることは一歩ずつ死に近づいているということ、その事実だけだ。こうしている間にも確実に老いている。そして時が経つに連れて大事な何かを次々と失っていく。そんな気がする。
初めて聞いた時、あれから10年間の歳月が流れた。ずっと恋人に向けて歌っているのだと思っていたけどそれはどうやら勘違いだったようだ。

俺が生きていられる時間は確実に減っている。残された時間、いったい何が出来るのか。でもできる事なんて限られてる。後悔なんてそんもんなんてありすぎて、ないようなもんだ。結局人間のやってることなんて、何時の時代も同じで変わらないもんさ。だからいつか神に呼ばれても俺はOKだ。俺でよけりりゃ必要としてくれ。

CD

高校野球を見てて思う。「あの頃・・・」と思ってももう戻れない。果たしてこれから生きて楽しいことなどあるのだろうか。苦しいことばかりではないか。勉強ができるわけでも格好や良いわけでもない。可愛い子たちと恋愛やセックスが出来るわけでもない。稼げるわけでもなく、まして結婚もできないだろう。実に情けない。ただ淡々と毎日を過ごすだけ。他人にとっての当たり前の幸せすら手に入れることはもう出来ないだろう。
これまで受け身の人生だったと思う。でももう気づいた時には遅かった。遅かったんだよ。


最近早く死にたいという気持ちだけが拭えないでいる。死ぬのは怖いが後何十年も死を待っているのも惨めだ。だから自殺を前提で生きようと思う。親父は60歳の誕生日に自殺した。僕が今いるこの部屋で台所のガス栓からゴムホースを引っ張ってビニールかぶって窒息死。今更だが親父は相当辛かったのだと思う。母親が死に妻が死にそして父親も相次いで亡くなった。その上仕事でも借金を抱えてこれ以上どうすることも出来ない絶望状態だったと思う。今になって父という立場、そしてリーマンと違い更に酷な自営業の辛さがわかるような気がするがもう遅い。

30歳、30歳。親父の生きた半分だ。少なくとも30前半には奨学金を返し終え、貯蓄を残しつつも何とか死のうかと考えている。拳銃があれば一発で死ねる。警官になるべきかぁ。
カウントダウンはすでに始まってるのか。勢いだけで書いてしまったかもしれないが惰性で生きるのは実に辛い。若いうちに死にたいし、人生が長過ぎる。

夏が来た

気づけば昨日から静岡も高校野球が開幕していていたようだ。ネット中継を見ながらふと高校の頃を思い出し、今の僕は一体何なのだろうと思っていた。

昨日は暑かった。そして今日も暑かった。外に出ても部屋にいても汗が噴き出る。もうそんな時期かと、ようやく夏が来たのかと。僕の地域はお盆なので昼前に墓の掃除と花を供えに行って来た。墓参りに来る人達を見るとやっぱりお盆なのかと思う。水をかけて雑巾で拭いてもやっぱりお墓はやはり只の石。それでも皆見えない何に向かって手を合わせてる。人のたましいってどこにあるんだろうか。

今朝か、遠くでセミが泣いているように聞こえた。気のせいかもしれない。
一週間以上前のことだろうか、今年初めてのセミを見かけた。あれはアブラゼミだったか。しかし僕の目に飛び込んできたのは樹液を吸う姿ではなく虚しくも雀に突かれている姿だった。せっかく日の目を見る為に土から出てきたのに、成虫に成ってわずかしか生きられないのに、あのセミは雀に殺されるために生まれてきたんだろうか。弱肉強食の世界。なんて残酷なんだろう。
生きるとは実に辛いことだ。
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