くだらねぇ

何の進展性もなく何の生産性もない。もう何年もだ。こんなくだらないことに一体どんだけ時間を費やしてきたんだろうかと思うとアホらしく思えてくる。ネットの中で向き合ったって、本音言ったって結局は意味なんてない。日常生活中でいかに向き合うか、日常生活の中で中で僕という存在は変われないんだろうか。行き場はあるのだろうか。そうやって時間をただ浪費するばかり。
そしてまた明日がやってくる。
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みっともない

今週もばあさん地家飯を食ってきた。だいたいばあさん家に行くといつも相撲を見ている。昔実家で一緒に暮らしてた父方のじいちゃんばあちゃんちがいつも相撲を見ていたがその面白さなんてちっともわからなかった。が、今改めて見ると結構面白い。優勝した照ノ富士、若干23歳。僕より若い子が勝負の世界で快挙をあげた。本当に遠い存在に見える。

「仕事辞めたんだって?」「もうすぐ30にもなるのにみっともない」ばあさんは僕にそういう。地元にいれば姉経由で直ぐ情報なんて広まる。いずれ他にほとからも「仕事また辞めたの?」そう言われるのだろう。そして僕の今までを知ってる人はまた呆れるのだろう。みっともない、情けない・・・と。
20代後半でまともな職歴もなく、仕事も続いてない。履歴書はすでに汚れに汚れてる。社会的に見てまともじゃないんだろう。かなり終わってるんだろう。あっちへ行ったり来たり、あれだこれだと言って今までの発言すら支離滅裂。
僕に足りないのは必死さなんだろうか。忍耐力なんだろうか。キャパも低いのか、そしてやる気も無いのかなぁ。ただ逃げてるだけなんだろうか。
そしてすごく人と接するのが怖い。人としゃべること、向き合うこと、人の輪の中に、組織の中に入っていくのがとても怖い。今日ばあさんちへ向かう途中そんなこと思ってた。
人生上手く行ってる奴はだいたいこれからも上手くいく。うまくいかない奴はこれからもうまくいかない。ドラマの世界じゃあるまいし、これが世の心理だと思う。負のループから抜け出せない、抜けだそうとしてないだけなのか。自己責任、自己責任、自己責任・・・・。僕にぴったりな言葉なんだろう。
僕は堕ちるべくして堕ちた人間だ。働ける場所はあるか、そして働き続けられると言い切れるのか。自信がない。
働きたくない。

堕ち

一つ歳を取ってから約2週間が経過した今日。調子のいいうちに書いておこうと思う。
3日前に会社を辞めてきた。月末までいるつもりだったけど課長とのやりとりで何故か中途半端な日に。結局ボクがこういう選択肢をとった原因の根本を辿れば非常にストレスを感じていたからということだ。
会社の話だしあまり踏み込んだ内容は書けないし、また話すと長くなるのでかなりアバウトに書く。4月の前半ぐらいまでの段階として入社前との入社後の思ってた仕事内容の違い、周りの人との感覚ズレを感じていたがそれが直接の要因ではないような気がする。
直接的な原因と言えば放置プレー。アバウトに書くと毎日「どうすればいいんだよ」とかなり憂鬱な日が続いていた。もう無理だと心が折れたと同時に脳がこれ以上はやばいと判断したのか思考を停止させた。そこから頭の働きが一気に鈍くなり、自分自身でもこれはやばい状態が以後続く。頭がぽーんとしている状態。記憶力の低下、無気力無思考無感動。全てのことが他人ごとのように感じていて現実感が全くない。自分の中の異変は自分しかわからず、他人にいくら伝えてもわかってもらえ無いということが改めて分かった。
放置プレーしたくてしてるわけではなく先輩の業務量があまりにも多すぎて教えてる余裕が無いという状況が初めはわからなかったけどだんだん感じ取れてきた。あまりにも人がいなさすぎる上に、次から次へとやることが増える。「ああこれじゃ無理だよ」なと。僕が辞めるということを知ってからなにか言われるかと思ったけど、「○○が育ったら辞めようと思ってた」とぼそっと言われた。まあ毎日顔死んでたしな。

毎日記しておけば良かったけど、今そう思うだけでそんな余裕は無く。文だけ見りゃなんの問題もなく見えるだろうけど、先にも書いたように自分の中の異変は自分しかわからず、言葉だろうが文だろうがいくら他人に伝えてもわかってもらえ無いということ。書きたいことを書けてるのわからないけど、昨日の状態と比べればとりあえず今はまともな状態だと思ってる。

27歳

今日でまた一つ年を取った。もう生まれから27年も経ってしまったということです。毎度思ってることだけど、時間の流れが早すぎて実年齢と精神年齢が全く追い付いていない。節目節目の日記を見返しても自分自身さして何も変わっていないんだなという印象しか受けないのは僕が全く成長してないということなんだろうね。惰性で生きてる感半端ないっす。なんだろう、一つ歳を取るだけでこんなにも精神的にずっしり来るというか、どうしても歳相応の人間でなければいけないという社会の無言の圧力を感じる。よく20代後半って若いのか若くないのかとどっちなの?と思う時がある。20代前半ならまだ若いと言い切れるけど、20代後半になるともう30代見えてきてしまうので、すごく微妙なラインかなって思ってる。僕自身まだおっさんと呼びたくないというのもあるが。

今年もばあちゃんからおめでとうと電話が来る。そして珍しく高校の友人からもおめでとうと電話が来る。そして姉の子供から「じいじ、誕生日おめでとう」と。誕生日来る度にそんな嬉しいとも思わないけど、、誰かに声かけてもらうと少し嬉しくなるのはなんでだろうね。

何かがおかしい

どうしてこう、時間はあっという間に過ぎるのか。4日あった連休も今日で終わり、ほぼ家で過ごした。東京へ行こうかと思っていたが、やっぱりそこまでの気力が湧いてこなかった。無気力。最近何に対しても気力が湧いてこない。何かしたいという気持ちがあってもそれ以上にダルさが勝ってしまう。全てのことがだるい。ただ単に怠けてんのかやる気ないだけなのかよくわからない。しかしこの連休中、気分の上下があまりにも激しすぎたと思う。今日一日振り返ってもなんというか、妄想と絕望が行ったり来たり(常に0か100かで中間がない)。昼間から酒飲んで一時冷静になったけれども、どうも正常な判断が出来なくなっているような気がする。文章は何とかかけるが人と話すのは結構しんどいかもしれない。
それと頭が働いていないのかそれとも働かせていないのか。元々出来の悪い頭だが何だか力が入らない。ぼーっとする、最近人の話が上手く処理できていないような気はする。内容が頭に残らないというのか。
自分の中で何かがおかしいと感じているが、ただの思いこみなのか本当におかしいのか自分でもよくわかってない。

見切り

前に会社にいる気の合いそうなおじさんに「高校野球を3年間続けたなんてすごいと思うよ」的な事を言われた。強豪校ならそうかもしれないが僕の高校は別に強豪校ではなかった。あんだけ長い時間練習して、どの部活より夜遅くまで練習したって夏の大会で、格下にコールド負けを喫したぐらいですから(しかも初戦)。頭も勝てず、スポーツでも勝てず、いったいあの2年半何だったんだろうかと。1年の夏に辞めたいと思ってたがそこで見切りをつけとけばよかったとやっぱり今でも思う。正直毎日嫌で仕方なかった。1年の夏でとっとと辞めた奴はマイナーな部活に入り直したけど3年のインターハイで全国2位にまでなった。僕がそこまで行けたとは思えないけど、少なくともあのグランドで嫌々やってたよりもっと有意義な時間を過ごしていたかもしれないし、今と違った世界が待っていたと思うと残念でしかたないっすよ。
もし今置かれてる状況で何か違うと思ってたらさっさと見切りをつけて違う可能性を探したほうがいいかも知れないと思ってる。とにかく10代、20代前半の人間ならば尚更でそれもひとつの勇気なのかなと思う。とりあえず仕事だとそうは簡単に行かないけど、歳重ねていく毎に厳しい物がある。

放屁

図書館へ行って久しぶりに椅子に座って本読んできた。同じテーブルの斜め前に座っていたじいさんが放屁したのだが動揺する事無く本に集中した。いやコンマ5秒は動揺したかもしれない。でも生理現象は本当に仕方ない。僕だって意識とは無関係に放屁してしまった経験はある。「なぜそこで出てしまった!?」と。あの時のなんとも言えない気まずさと恥ずかしさ。これは誰にでもありえること。本人が一番動揺するはずなので周りの人間はそれ以上に同様しちゃいけないのだ。
で、図書館のいいところは人がいること。互いに干渉するわけでもなくちょうどいい距離感だからこそ心地がいいのか。家に閉じこもってるより精神衛生上にはいいと思ってる。ただ、可愛い女の子やきれいなお姉さんが近くにいたら、ましてや視界に入る範囲、自分が座ってるそばに座ってきたらそりゃも集中して本読めないですよ。そこがミソです。畳とか、寝転がりながら本読めるスペースがあったら僕としては嬉しいけど、まあ無理だよね。
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