バイト終了。

6日間の短期アルバイトがようやく終わってホッとしている。かなりの重労働に加えて、重い荷物を持ったまま1階と2階を行き来していたために疲労感が半端ない。そして予想以上に足に負荷がかかっていたのでがこれまた痛い。腰も痛い。コレじゃ毎日山登りした後と何も変わらないじゃないか!が、しかしかなりの運動量だったせいか体重は落ちた。痩せるには食わずにずっと運動しろってことだね。最後にがんばったお礼として社員さんからチューハイをいっぱいもらったのだが出来ればビールが良かったな。

今年はちんこな1年だった。兎に角無駄な1年を過ごしたと思う2014年。
来年もちんこな1年だと思う。早く人生終えたい
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オワコン人生2014

年末になるとどこからとも無く、加齢臭に加えて酒臭え中年のおっさんやジジイどもが増えるのが気に食わねぇ。品がないんだよ品が。こんなおっさんやジジイを問答無用に敬えとかもはやネタの領域である。
さてやはり年末。客が多くなってから一気に忙しくなり、ほぼフルで動きっぱなしだ。当然重い荷物を運んでいるのでそれだけで体力の消耗が激しい。それに加えて対接客ストレス。客から見れば社員だろうがアルバイトだろうがそんなもんは関係ないので容赦なく質問・要望が飛んでくる。社員も忙しそうなので聞くに聞けないあの時間は実に地獄だ。当然色んな客が来るのでそこが面白いのが小売業界なのかも知れないが、話の通じねぇジジイババアやたまに来るDOQ客にペコペコ頭下げるなんて、やってらんねぇなあと思う。品出ししながらふと、こんな歳にもなって僕は何をしているんだろうかと、そう思うと涙で前が見えなくなった。。。。。まあそれは大げさとして、自分の立場ってやっぱりやばいんだなと思うけど、もう何度もこう思っても運に任せる以外無いのが歯がゆい。
帰り道、町中を楽しそうに歩く人達を横目に原付きで颯爽と駆け抜ける。僕ももしかしたらあっち側にいたのかもしれない。信号待ちをしていると、そばに女の子たちのグループ。僕は26年生きてきて何をしてきたんだろうかと思う。
結婚していく同い年がいる中で、女の子と付き合ったこともない未だに童貞な男がこの世にはいるわけだ。俺だって燃えるような恋がしたいのだ、でもいくら願っても叶わぬものは叶わない・・・世の中は無情だ。今夜も素人モノを見ながら床につくとしましょう。残り3日・・・死にたい。

アルバイター初日


今日から短期のバイトが始まる。久々に8時間、とは言っても短期のアルバイターなので簡単な仕事しかしていないし、そこまで疲れていない。まあ明日から土曜だし年末休暇に突入した人たちも多いと思うのでかなり忙しくなるんだろうなあと。しっかし家に帰ってきてからの放心状態のような脱力感と言ったらなんだろうねって。これちゃんと働き始めたらヤバイだろうなって思うのだがどうしようも出来ないんだよねこれ。労働後に襲いかかる虚しさとどう向き合っていくか。ビールで洗い流した日々が呼びがえるよ。残り5日。

最近サトウの鏡餅のCMでNegiccoを知ったのだが、先日の登山中でもこの話が出た。どうやら友人も知っていたらしくて当然誰がイイ?」という話になり「やっぱ右の子だよね」という話で一致した。なんでそうなのかって「やっぱ愛想が良さそうだったから」に尽きるよう。僕もこのCMを見るたびに「いい笑顔だ」と思わず見とれてしまう。なぜかそこに惹きつけるものがあって、これが言葉では表しにくいもので。だから適当に「愛想」なんて言ってるだけだけど。表情の自然な柔らかさだとかこう言うものって天性の才能で、鍛えてもどうにもなるものでもなくて。
「女は愛想の良さが大事だよね」となんて言ってたけど結局のところ「男も愛想の良さが大事だよね」と。僕だって愛想の悪い人と接するのは苦手だし、ましてや仕事となれば一緒に働く人を選べないし。愛想が全くない人って怒ってるんだか怒ってないんだかわからないので非常に接しにくい。働く場所は選べても一緒に働く人まで選べないサラリーマンの悲しさなのか。まあ僕自身も決して愛想がよいとは言えないですがね。

荒修行

毎年この時期になると「恋人がいなくて寂しい」と色んな所で聞くけど、「クリスマス(イヴ)は恋人一緒に過ごす事が幸せ♡」というという誰が決めたかわからない幻想に毒されすぎでしょ。恋人と過ごさなきゃ寂しいとか僕はそうはとても思えないし、じゃあこの時期寂しいのにそれを過ぎたら寂しく無くなるんですかね。頑なに恋人云々言うならばそれは幼稚な思考だ。なんだかんだカップルたちの楽しい一時の行き着く先は結局のところセックスなわけだ。24日、25日はカップルの為の日でもなければ特別は日でもなんでもない、只の日常となんらか変わりはない。特別な日と見たって別に恋人以外に、家族だとか友人と過ごしたり、別に1人で過ごしたっていいわけで、楽しむ方法なんていくらだってあるのになあと。要は気持ちの持ちようですよ。こんなこと言ってるから僕はいつまでたっても糞男なんだろうね。
さて、どうやら友人も現在求職中で暇らしいということで、今日一緒に山登りをしてきた。朝は兎に角寒い。8時過ぎに登り始め12時半頃に山頂に到着。13時半頃出発、16時前に下山。辛い思いをしてまで山に登んだろうねなんて会話してたけど、結局わからないんだよね。別にその工程が楽しいわけでもなく、むしろ辛いし苦しい。だいたい僕が言い出しっぺのくせに何で登ろうと思ったんだろうっていつも思うのだが。今回の感想としては自分達が思っていた以上にハードでしくじったなあと。足場が狭い上にすぐ横は崖、「ああ落ちたら死ぬな、ハハハハ」と笑いつつも結構怖かったです。上に登るにつれて風は強いわ寒いわ、沢の水面が凍ってるわ、霜が溶けて足場が牛のうんこみたいにぐちゃぐちゃになってるわ。まあ冬ですからねぇ・・・。なんだかんだ言って頂上付近まで来るとそこから望む景色にものすごく綺麗でうっとり。駿河湾、遠くに南アルプス、そしてすぐそこにいつもよりでかく見える富士山。飯を食いのんびりしている時間もあっという間。下山は辛い。下るのに数時間もかかるのだから馬鹿らしいと思いながらもひたすら降りるわけで肉体的にも精神的にもやっぱり辛い。兎に角膝の痛みと滑落の恐怖に耐えながら何とか下山できましたとさ。膝がガクブル状態、「もう当分いいや」と2人共ぐったり。まあ1人で登ることはまず無いし、そもそも年に数回しか登らないしな。キツイ・疲れたとイイながらも、でも時間が空けばまた登りたくなる。そこがやっぱ不思議で兎に角いい運動でした。

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そして家に帰ったら結果待ちの会社から不採用通知が届いていましたましたとさ。トホホ

どのマギー

短期アルバイトに2カ所落ちた僕ですが、今日3カ所目にしてようやく決まった。小売の酒屋で年末までの約一週間。どうやらかなりの重労働らしいが、学生時代同じく小売の酒屋でアルバイトして事と体格が良さそうということで気に入ってもらえて?即効で採用された。要は適材適所だったということなんだよなあと。
それと昨日、先日受けた会社から電話連絡があり、ダメかと思っていたのだが結果について来週まで今しばらく待ってほしいと。あまり期待していないが通れば今度は役員面接。「自己紹介してください」という質問が一番難しい。片道1時間半通勤、仕方ないのかなあ。

話は変わるが最近マギーにメロメロだ状態だ。司郎でもなければ審司でもない。俳優の方のマギーではなくてモデルのマギー。
顔良し雰囲気良しスタイル良し。そしてエロさも兼ね備えている。今日テレビを見ていて分かったがどうやら美容に相当投資をしているようだ。そりゃモデルだしそうだろう。で、なぜおっさんたちが骨抜きになるのか、可愛いからだよ。男に産まれたものならば一度でいいからあんな美女とイチャイチャしたいもんだ。でなければ死んでも死にきれない。できれば劣化しないでほしい・・・・

きれいなお姉さん

綺麗なお姉さん、それは男の永遠の憧れである。世の10代20代の男はきれいなお姉さんに一度は甘えたいと思う願望がある(はず)。もう「きれいなお姉さん」と聞くだけでエロティックであんなことやこんなことなど色んな妄想が膨らむわけです。それだけでワクワクものですよ。やぱっぱり男って単純な生き物だよなあ。
昔僕にとってのお姉さんの象徴といえば矢田亜希子だった。そして長谷川京子や伊東美咲・・・・。「僕の生きる道」の頃の矢田亜希子が兎に角好きですっかり虜になってしまってからというものの、矢田亜希子と聞いたものならば飛びついた。が、押尾学と結婚したというニュースを聞いた時はひどく萎えたもんだ。「お姉さんはヤンキーみたいな奴が好きなのか!」と何か裏切られたような気分だったのは忘れられない。そんな時代をときめく姉さん方もすっかりおばさんと呼べる年令になってしまった。あの頃思う「きれいなお姉さん」といえばまさに20代。気づけば僕も20代なかばになってしまい、お姉さんと呼べる年齢もだんだんと狭くなってきたのがなんだか切ないわけです。
今で言うきれいなお姉さんで思いつくのはケンミンショーに出ている、はるみこと黛英里佳だろう。ローカルで言えば静岡の逸材、静岡朝日テレビの広瀬麻知子。そして30代だが平井理央とAV女優の吉沢明歩、どちらもエロい。最近思うけれども、40歳近辺でも魅力的な人達がいる。サンデーモーニングでお馴染みの唐橋ユミ。漂う気品の良さと色気がなんとも言えないし、最近は他番組やCMでも見かけることが多くなって僕としては嬉しい。そして残念な美人事、井森美幸。本当に美人だと思うし、あの人が46歳というのが未だに信じられない。決してお姉さんとは呼べる年齢ではないけれども、歳をとってもきれいな人は綺麗だ。

学生の時って言うのは学年がひとつ違うだけでもなぜかお姉さんに見えたもんだ。けれども今となってはそこまで感じず、2~3歳ぐらいの差とならばそんなものは誤差の様なもので。すでに結婚した高校の友人2人と、共に年上の奥さんだ。親戚の兄ちゃんも年上奥さんと結婚した。ガツガツ系じゃなく、どちらかと言えば控えめタイプな男はお姉さんと結婚したほうがうまくいくのかもしれないねと、お見合い番組を見てそう思いました。自分が10代後半~20代前半に戻れるなら、おっとりした感じの優しいお姉さんと付き合ってみたかったです。相手にされないだろうが、まあ夢ぐらいは見させてほしい

脱力的無気力ループ

年末の短期アルバイトに2箇所ほど応募したのだが見事に落ちた。アルバイト(しかも短期の)でも落ちるもんなのかとちょっと落ち込む。応募者が多かったのだろうか、それでもその中から選ばれなかったというのは経歴のダメさか面接時の覇気の無さだったのか。短期間で稼いでおこうと意気込んでいたもののこのザマだから本と同しようもない。無気力が更に無気力を生む。

最近は自分の事を書こうとすることが怖くなってきている。いかに自分の醜態や恥を晒していているか、そのことに情けなく思う。ネタとして扱っていたもがだんだん笑えなくなってきた。
このブログを以前から眺めて頂いている人達ならわかるはずだが、これまでの支離滅裂な発言と計画性の無さが故の選択・行動の末が現に僕の姿だ。恐らく「こいつは一体何がしたいのか、どうしたいのかが見えてこない」という印象だろう。自分という人間を把握できていない、結局のところ僕は単なる「バカ」なのだという事。これから社会にでる前の人達からすれば立派な反面教師だろう。新卒で上手いことある程度きちっとしたところに入社できていたらこうはならなかったかもしれないが、今更言った所でどうになるものでもない。それに今の兆候は就職活動以前の学生時代からすでにそうだったとも思える。「あれやろう・・・やっぱこっち」「これやろう・・・・やっぱ辞めた」。いつのまにか肥大していた理想と現実の差から生まれるとてつもない虚無感と不安にとても耐え切れなくなり、結果引きこもってしまった。「もう終わったな」と絶望感とそこからくる無気力感、その延長の自殺願望。時間の浪費。あの時ほどではないにしても、若干あの時の状況に似ているかもしれない。「この先何で食っていこうか」なんてもうこの年で考える事じゃないが現にそういうに状態である。
就職なんて言うけど、実際は「職選び」ではなく「会社選び」である。流動化のない雇用システムの中で、最初に入った会社で後の人生が左右される(決まるわけではない)という認識は大概の人にある。最初の会社で経験した仕事が転職する際大いに影響するので、当然希望職種に就けなかった場合に当然選択的に不利になる可能性はある。それと最初に躓き、就業経験が積めなければどうなるか・・・若いからといってどうにでもなるわけじゃない。現状何万人もそういう人間がいる。そして年をとれば転職しにくい、リストラされたら後がない事は皆わかってる。
産業構造がめまぐるしく変化する中で今ある知識や技術は陳腐してしまうんだろうか、そもももその仕事自体消え失せてしまうかもしれないという不安は拭えない。単純労働しか出来ない労働者に明るい未来はないし、昔と違って現に非正規雇用にシフトしている。底辺に落ちたらどうなるかって悲惨な運命を辿るのはわかりきってる事で、みんなそこは落ちないように必死なんだろう。だから働くって辛い。

仕事をしていると心が朽ちていくが、仕事をしていないとは心が荒む。今の状態が長期化すればするほど悪いことしか考えられなくなり、負のループに陥った無気力人間が出来上がる。現に精神衛生上良くないので、今の悪い流れを断ち切るには早く就職先を見つけること以外に解決策がないということには代わりは無さそうだ。まあそれが簡単にできたら苦労しないけれども。

シャングリラを求めて

先日面接へ行って来た。質問に上手く返答できない、説明できない、喋れない。正社員、聞こえはいいけど所詮は雇われ人。わかっちゃいるけど面接をクリアしなけりゃその雇われ人にすらなれない。「ああ、これが今の僕の現実なんだなぁ・・・」と帰りの電車でぐったり。嫌なことは寝れば忘れるけど思い出せば今でも落ち込む。きっと自分で飯を食っていく能力があればこんな悩みなんてのはちっぽけなものなんだろう。ただ僕にはそんな能力はない。バリバリ働いている同世代がいて、中には独立していて稼いでる人もいるだろう。そう思うと何もない自分が情けなく思う。
現在も働いていていません。だから時間に非常に時間にゆとりがある。けれど収入が途絶えているので金はなるたけ使いたくない。金をかけずにできる事といえば本を読むかパソコンをするか。そして勉強するか、運動をするか。たまに図書館へ行き、週に数回スーパーへ行き、あとは家で過ごす。非常に単調な毎日。色んな意味で社会と隔離されているように感じる。
新鮮味が抜け、同じような毎日にうんざりしていた学生時代。「いつまでこんな日常が続くんだろうか」と早く脱出したかったけれども、脱出したらなんか変わったかって言えば「忙しくなった」ってだけで根本的なものは変わってない。また働けば今このマンネリ化した日常から抜け出せるんだろうなとは思いつつ、そしたらそれでまた心が疲労していくんだろうなとも思う。無職なら一日中家に。学生なら学校へ、労働者なら職場へ毎日行ったり来たり。別にいつも面白いことってあるわけじゃない。ふとした瞬間にドラマの場面を妄想する。「あんなこと起きないかな」と。けどドラマのように美味しいところを一コマずつ繋ぎ合わせたようなストーリーなんてものはこの世界に存在しない。時間は連続している。現実はあるのはただ淡々と乾いた日常が続くだけで、毎日それの繰り返しで気づけば心まで乾ききってる。そうやってみんな疲弊してる。

日常から抜け出だそうと旅行へいったはずなのに感じる違和感みたいなもの。観光地へ行っても感動なんて特になくて、いつも思う「まあこんなもんか」と。どこかに楽しいことが転がってるんじゃないかとか、どここか面白い世界があるんだろうなとふと思う。けど目の前にそれらが現れても「まあこんなもんか」とそんなに感動なんて無いかもしれない。
大学の友人が「理想郷~♪幸せだって・・・・・理想郷~♪・・・・・」とおふざけでシャングリラを歌っていたのを思い出す。人生の中で輝く瞬間なんてごく一瞬で、恐ろしいほど単純で平凡な日常のほうが圧倒的に多い。いいなと思うものだって良さそうに見えるだけで実際そんな大したことのないものばかり。広告みたいに必要以上に誇張されているようなもんですよ。感動は最初だけだし慣れてしまえばマンネリ化もする。いかにつまらない日常と向き合えるか、生きるってそんなもんなのかな。悲しいけど、どこまで行っても自分の望むような理想郷なんてなかなか無いんだよね。それでも求めてしまうもんだけどさ。僕が望む理想郷ってなんだろうな。脳内で決めつけたり完結しちゃうのは悪いことだけど、あんなことしてみたいこんなことしてみたいと思ってもやっぱり「まあこんなもんか」で終わると思う。何処へ行こうが何をしようが思う事の根本は結局は一緒だ。

ミリオン



ミスチルが先日のテレビで久しぶり?に「口笛」を披露したそうで、大好きな曲だけあって思わず感動してしまいますた。「SONGS」という番組は数年前からやっていたそうだが全く知らんかった。最近映画やCMにミスチルの曲をよく耳にする様な気がするのだけど、正直最近の曲(HANABI以降)は全然知らないんだよね。メンバー全体が高齢化しているわけで桜井和寿もだんだん高い声がでなくなってきてるなあと衰えを感じてるわけで。だからどうしても当時の歌声と比較しがちになってしまうけどもサビの部分聞いたら「全然イケるじゃん」と尚更感動してしまったわけです。年取った分いい味が出てるって言うのが印象なのかね。10年も経てば立派な懐メロ扱いされるのだろうけど、昔の曲だって今聞いてもなんも色褪せてないですよ。ちなみにこの「口笛」という曲、2000年の年間チャートで25位(約72万枚)と意外と低い。その年のトップなんて宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、ケミストリー、桑田佳祐だとかモー娘だとかそんな時代。完全に世代交代だけど、今のようなアイドルグループが台頭していたというわけでもなくて個のアーティスト達がまだ輝いていた時代だったと思う。

2014年のシングル売り上げ上位20位が酷い
どうも最近の音楽にどうもついていけない感がある。ここのところ聞く曲も90年代、00年前半の懐メロに該当するばかり。テレビつければ大抵AKB系列、EXILE、ジャニーズばかりが目につく。別にきらいじゃないんだけどね。AKB系列だって可愛い子はいるし曲も別に嫌いではないし、若い女お子達がたまに水着になっておっぱいぷるりんしてるわけだから。ただそうやって一部の人たちに占拠され過ぎている感じはあり、目新しいアーティストを知る機会が昔より失われている事は否めない。数年前までの音楽番組は「歌の大辞典」、「HEY!HEY!HEY!」、「ポップジャム」、「うたばん」など今よりもバリエーションあった。今じゃ「Mステ」と「CDTV」ぐらいしか毎週やってる有名音楽番組って見当たらない。僕が知らないだけなのかもしれないけど。それと同時に昔の曲を知る機会も失われている。70年代は古すぎるけど、年齢的に無縁だった80年代の曲を無意識に覚えることが出来たのはそういった歌番組のおかげだった。前の職場でも「よく知ってるなぁ」と違う世代の人との話のネタにもなっていた。テレビ業界と音楽業界の衰退によって今までテレビが情報源としての役目を担っていたけれども、今じゃその役割がネットに移行したという感じなんだなあと。yotubeで音楽聞けたりPV見れるなんてすごくいい時代になたっと思う。PVなんて衛星放送じゃなきゃ見れなかったわけだし、アーティストの公式チャンネルまでちゃんとあるわけだし。

ついでに10年前の2004年の年間売上ランキングはどうだったか見てみる。セカチュウの主題歌になった平井堅の「瞳を閉じて」が1位で約83万枚とそんなに売れた年ではなかったようだ。ただランキングに顔を連ねるアーティストは現在とぜんぜん違って僕と同世代の人達にはたまらなく懐かしいと感じるに違いない。ミスチルもちょうど桜井和寿が復帰した年で、直後に出された「掌/くるみ」をテレビで聞いた翌日は友人たちと盛り上がったもんだ。今思えば考えられない人たちがランキングに名を連ねてるし、2003年のSMAPの「世界に一つだけの花」は約210万枚、2000年にサザンの「TSUNAMI」が約288万枚は恐ろしいほど驚異的な数字。90年代まで遡ると100万枚は当たり前でトップは200万枚超えるのが普通となってるいまじゃ考えられない時代。身の回りを振り返ってみると00年代初期はCDプレイヤーに代わってMDが台頭してていて、00年代半ばには携帯電話やMP3プレイヤーで音楽を聞いていた人が殆どだった。もうあのころからレンタルが主流だたっと思う。僕自身中学まではCDはまだ買っていたもののそれ以降は買ってない。今の時代CDを買う人なんていないし、ネットで聞くかTSUTAYAで借りてくるかの選択がほとんどなのでランキングが酷くなるのも必然的だよなと。そんな時代に100万枚近く売ってる秋元康はやっぱすごいわけで、アイドルグループが独占状態にあるのはもう運命だと思う。でもCDビジネスが衰退してるだけで「日本の音楽」そのものが衰退しているとはあんまり思わないんだよね。ランキングに乗らないけど地道にやってるアーティストなんていっぱいいるし。個人的には(最近の人でもないけど)秦基博だとかbuck numberだとかサカナクションだとか、いいなと思えるアーティストたちはやっぱりいるわけで。CDとしてのビジネスが成り立たなくなってる以上、ランキング自体に価値はないけどまあ数字で見たら音楽業界はホント苦しいよね。
前にもおんなじようなこと書いてたかもだけど、まあいいか。