どうでもいいこと

俺の人生はもう長くない
この人もうずっと更新してないけど生きてんのかなぁ。遺書になって無きゃいいけどさ。

なにを思ってか、それを言語化しようと頭使って文字として書き留めて。成果物って後々残るけどさ、この行為自体あんまり意味は無いんだよね。情報発信だとか意見を述べるだとか日常を書き綴るだとかこんな気軽にできる時代だけど、結局のところ「只の暇つぶし」でしか無い。次第にマンネリ化、書くことなくなりそんで飽きるのでみんなブログ立ち上げてもすぐ辞めちゃうわけだ。ツマンネと。結局ツールでしか無いっていう悲しさ。
日常があまりにも変化しない灰色のような単調な毎日、ホントに刺激がないと頭が朽ちていくのがよく分かる。簡単にいえばネタがない。文章として起こすだけでなくて、リアルで誰かと話す時のネタもないのである。テレビやネットから大量の情報を浴びても結局実体験での生の情報ではないので現実感ない。すごい人たちが書いてる記事や話を読んでもそこから得られるもの、もっと言えば身のなるものだとか利用できるものって何もなくてさ。情報仕入れるはずだったのに自信の喪失しか無い。いかに自分がクソで惨めな存在だなというと言う泣きたくなるような喪失感。仕事したらしたで、平日は僅かな時間と2日あるかないかの休日しか魂が解き放たれる瞬間がないわけでさ。頭に浮かぶモノといえば仕事や職場の愚痴とこの先の不安だけ。その繰り返しになるからそりゃ余裕なくなっちゃうよね。無職も似たようなもんで、思考のマンネリ化が著しい。ほんと、超人意外みんな心に余裕が無いのかな。
刺激のある生き方だとか人生だとかってなんなんだろねって思う。仕事だとか結婚だとか、社会的地位だとかお金だとか皆考えちゃうでしょ。そう、現実感のあることだけしか考えられなくなる。あれだこれだって考えるだけ無駄なんだろうけど他に考えることがないという悲しさ。そんな無駄なこと考える暇があったらプログラミング覚えてスマホアプリでも作って儲けられないかななんて思ったりもするけどやっぱり現実的ではない。
何するにも金が必要だしなければ何も出来ないという現実。じゃあ金とやる気さえあれば現状打破出来るものなのか、人生は切り開いていけるのだろうか。
書いてるうちにだんだん感情的になってよくわからない方向に話が進んでいくというのがなんとも悲しいことだ。これがマンネリ星人の行くつくところ、同じ思考の繰り返しってやつなのかね。

NHK『のど自慢』に声優を目指す岡山の女子高生出演
長々と書いてきたのに一番書きたかった事はコレだ。見た瞬間聞いた瞬間に、「あ、(他とは)違うな」と思う歌声と舞台度胸。普通、アイドルでもない素人がここまで堂々とパフォーマンスできるだろうか。だからすごい。そして何より可愛い。結局この「可愛い」がポイントで、歌だけ上手くてっブスだったら話題になったんだろうかって思う。
成功するかしないかは別としても素人がお茶の間の目に留まったという事実は間違いないわけで、やっぱり「何か持ってる」感はあるし可愛いので僕は応援したい。恐らくyoutubeでどんどん活動していけばもっと知名度は上がるはずだと思うんだけどなぁ。
僕もこの子のように希望を持って生きていたら人生変わっていたんだろうかな。次生まれ変わるなら鳥になる。人間はゴメンだ。
スポンサーサイト

さらば道重

今日道重の卒業コンサートだそうだ。スカパーが入ってたら間違いなくコンサート中継を見ていたかもしれない。
デビュー当時の映像見てるとなんて初々しいことか。ブレないキャラが良かったし、現モー娘の中で唯一昔から知ってるメンバーだっただけになんだか残念である。ただ6期メンバー4人の中では亀井絵里が一番好きだった。「なんて可愛い子なんだ」と思っていたけど同い年だったんだよね。当時あんな子が学校にいたら確実に惚れているだろう。
今更気づいたけどみんな10代前半~半ばでメンバー入りして早い人で数年(10代のうちで辞める)、実際長くて20代弱で脱退してる。そう考えると道重って13、14歳あたりで入って25歳まで活動してきたってモー娘のなかでも在籍年数最長なんだよね。あの保田圭ですら22歳で辞めただなんて、当時の映像を見たらとても信じられない。間違いなく当時の保田圭と比べたら現在の道重のほうが若く見える。なっちももジョンソンもごまきも年齢の割にはものすごく大人っぽく見えた。AKBだとか乃木坂なんて見てると20歳超えたメンバーでかなり若く見えてしまう。年上のお姉さん的だったアイドルがいつのまにか年下の年代なって、どうしてもギャップって埋まらないんだよね。アイドルの旬な時期を上回る年齢になってしまっただなんて。。

昨年春、家の中のいらないものを一斉処分した時にVHSも全部捨ててしまった。うたばんだとかハロモニだとかめちゃめちゃ録り貯めしてたのに全部捨てちまった。再放送なんて絶対しないだろうし、貴重な映像文献をデータとして残すことなく処分してしまったのはなんてもったいないことしたんだろうと。いくつかようつべに上がっているうたばんをみるとアホみたいにゲラゲラ笑える。10年以上前の番組であるにも関わらずこんなに面白いなんて、だからそう気づいた時に余計にそう思う。「やっちまったなぁ!」と。
今のモー娘はめちゃイケで見たぐらいで詳しくはよく知らないけど、譜久村ちゃんが好きだ。。醸し出す雰囲気なんともエロイイ。それとやっぱりおっぱいってあった方がいいのかなと再度自分の中の価値観が揺らいだ。

仕送り

この女たちの仕送り額やばすぎンゴwww

これネタじゃなくてマジだったらすごすぎワロリン。いやネタだと信じたい。2ヶ月に一回ならまだわかるけど月20万30万仕送りとかとかどんだけ親稼いでるんだよと。世の中不公平ですけど結局自分の与えられた物でこの厳しい社会を生きていくしか無いんですよね。
まあ恥ずかしいことに僕は20歳まで携帯料金を払ってもらっていました。基本生活費は奨学金で賄い、それとバイト。家賃は学生の間はずっと払ってもらっていました(学費はもちろん)。高校・大学ともに一緒だった友人は、家賃まで奨学金借りて払っていたのでそれに比べたら僕は恵まれていたと思います。今じゃ奨学金の返済が只の重荷ですけどね。
そりゃ親が出してくれるものは出してもらったほうがいいに決まってますよ。甘えとかじゃなくて、社会に出た時マイナスから始まるってしんどいですから。ただ、生活費以外の交遊費だとか習い事だとかそんなものはバイトなりして自分の金でやれよって思うけどね。

食べログに思う

食べログってクッソ気持ち悪い文章書いてる奴いるよな
食べログのレビューの独特の気持ち悪さwwww

食べログって飲食店を検索するのに非常に便利なサイトだけど一つ思うことがある。ずばり評価・食レポが非常に気持ち悪い。有名サイトなので利用者数も当然多く、少なくともあそこに書いてあることや評価を参考程度ならいいものを本気で真に受けてしまう人達もいるわけで良くないと思うんですよね。お店側としたらすごく迷惑だし、以前に問題にもなったわけで。恐らく書き込んでるのは日中暇な専業主婦、中年のおおばさんやおっさんだろうと。「お前らどんだけ舌肥えてるんだよ」と言うような細かいコト書いてあったりするので非常に腹が立つわけです。お前何様だと。

中年層、高齢層はネット上での距離感みたいなものがわかってないような人が多いのではないかと思ってます。僕の主観なので全部当てはまるわけではないし、もちろんちゃんとしてる人も大勢います。もっと言えば、ネットを利用し始めた年齢が遅い人たちの層と若いうちからネットを利用している層とでは先程も言った通り、ネット上での「距離感」や「感覚」みたいなものがまるで違うような気がします。例えば、食べログって不特定多数が利用するネットの中の公共の場であると思うのでいくら匿名とはいえど慎むところは慎むわけです。が、書き込んでいる人達は恐らく「家にいる感覚」に近いと思うんですよね。もっと言えば私的空間と勘違いしている。そこに気づいていないような気がします。だから感想や評価を書くなら個人のサイトやブログで書けばいいじゃんって、どうせ一部の人しか見ないんだからそんな影響力は無いわけだし。まああんな機能つけてる運営側に問題あるんですけどね。

facebookが普及しだしてからfacebookアカウント(個人情報や顔写真を晒した状態)のままで意見を交わし合うのをよく見かけるようになりました。ネットニュースやブログ記事のコメ欄なんかがそうです。他にもそう言うようなサービスはたた存在していると思います。匿名→実名世界へとごくわずかながら広がりを見せている中、元々メディアの人間や著名人、そして商売人はともかく一般人ですらそういう世界に身をおいてる時代です。当然匿名世界と違って発言にも気をつけるわけで、むしろ匿名世界よりもきちんとしていると思います。それでも中には実名アカウントのままネット上での距離感みたいなものがわからずちょっと痛い発言してる人もいるわけです。コレも例えばですが、かわいい女の子が顔写真をアップしたとします。で、上司だとか知り合いのおっさんが現実感覚で「かわいいですね」なんて書込してたら気持ち悪いわけですよ(しかも顔文字・絵文字付きなら尚更)。恐らく見てる周りの人も書き込んだ人に対して「やべぇ」だの「きめぇ」だのと思ってしまうわけです。ネタならいいんですけどガチだったらやばい。

実名世界が嫌で今までどおり匿名世界でぬくぬくしてる人たちも多いかと思います。そっちの方が言いたいこと言えるし書きたいことかけるし、使い分けてる人も多いのではないのかなと。僕も高校の頃からブログを初めてネットの匿名文化の中にどっぷり浸かって色々書いてきましたが、今思えば情報や写真を加工してなかった、ちょっと出しすぎだったなと思うことはありました。そのへんのさじ加減ってものはやっぱり今でも考えながらやってるし難しいところなんですよね。(最悪個人が特定されなければいい)
で、当時同時にmixiも平行してやっていていていたわけです。当然友人同士身内でやっていたけど、本人達からしたら「仲間内だけの世界」と言ったような感覚が強いと思うんですね。当然僕もそうでしたし。だから名前や学校名(大学名)だとか書いたり写真もアップしてたりしていたわけです。でも制限かけてなければ誰でも簡単に閲覧出来るわけで、今で言えばtwitterなんてそうだと思います。みんな個人情報を平気で丸出し、他人に見られてる意識がなさすぎる気がします。そこには「みんなやってるから自分も大丈夫」という集団心理が働いてるわけですよ。ネット世界と現実世界が区別できず、現実感覚で書き込んじゃうし修正無しの画像も載せてしまう。そして最悪炎上。facebook使用してる層なら大人が多いんで、個人情報晒しても最悪発言は謹んでるはず。で、僕より下の年代層って当然ネットに触れる年齢も早いわけで、どっぷり浸かってるうちに「感覚」がわかってくればいいんですけど、全くわからないまま大人になってしまたったらその子達はマジでどうなってしまうんだろうかと心配なわけです。それこそ食べログに書き込んでる人たちとなんら変わらないじゃないかと。
ネットリテラシーみたいなものって教育すれば身につくものじゃなくて何度も言ってるけど使ってるうちに感覚でわかるしかないものだと思ってます。

長くなったけど結局何が言いたかったのかって、食べログの書き込みが気持ち悪いってことと、店の評価なんて自分のブログにでも書き込んでろハゲということでした。

愛のバカやろう!

モーニング娘。歴代メンバー38人ルックス・ビジュアル格付けランキング

中学生の少年は、周りの友達に「実はモー娘。にはまってるんだ!」なんて恥ずかしくて言えなかった。それを口にすることは「僕はトゥナイト2を毎晩見てるんだ!」と告白するようなものに近いものがあった。シャイだったんですね僕も。言ったら「え、あいつが?」みたいな目で見られるのわかってたし。たぶんAVだとかエロ本をこっそり見てるような感覚で、隠れながらしてファン活動をするような感じでした。
CDもひと目を気にして今は亡き個人店でこっそり買ってたし。写真集買ってたし、トレーディングカードも集めてたし、出る番組の大半は録画してました。うたばんが好きで好きで仕方なかった。めちゃめちゃいじられてた保田圭が今じゃ人妻だからなあ。
当時、ゴマキも可愛かったけどそれ以上に石川梨華にハマってました。だからこのランキング、石川梨華は良くてもゴマキの順位はいくらなんでも低すぎだろと。結構迷走してたり弟が問題児だったり色々大変だったようだけど、なんだかんだ言ってきれいだし、ソロで出した「愛のバカやろう」は今でも好きです。
主力メンバーだんだん減ってって、いつの間にかAKBが勢力を増して今あんな感じですけど、現在のモー娘もなんだかんだ言って頑張ってるような気がします。ただメンバーの名前は知らん。

それと松浦亜弥ってソロアイドルとしてかなり人気じゃなかったのかなと。2ヶ月ほど前に「青の炎」が再放送してたので見たけど可愛かった。前田健にそっくりだけどなんか妙に大人っぽかったし、歌唱力もビジュアルもトータルで含めてって結構良かったと思います。なぜか一時、妙にハマって必死にアイコラ集めまくったのはいい思い出。恐らくAKBメンバーがソロでやってもあややには勝てないと思います。
誰か平家みちよって覚えてますか?メロン記念日覚えてますか?ココナッツ娘お覚えてますか?カントリー娘覚えてますか?プッチモニ、ミニモニ、ごまっとう!全て過去の思い出です。

凡人の教訓

これから高校生になる人へ普通高校だけでなくて、工業高校や商業高校を含めて進路を検討することを進めておきます。学力あれば出来れば高専がいい。
工業高校の話
・大企業に就職しやすい
企業とのパイプが出来上がってるので求人は有名大企業から地元の企業までたくさん来る。なお成績順で推薦選び放題なので待遇の良い所に就職するなら成績上位にいれば確実に選べる。でも他人と就職希望が被らなければ成績が悪くても大丈夫な様で、部活の先輩でものすごく成績悪くてよく補講に出てた人でも有名大企業に就職出来きた。しかしながら高卒なので職種はかなり限られると思う。大企業と中小企業じゃ違うのでなんとも言えない。出世に関しても。個人的には特にやりたいこともなければ競争もなく潰れることはないであろう電力やJRに就職するのが良い選択だよなあと。待遇はいいです。

・国公立大学に特別枠で進学できる可能性がある。
国公立大学(理系学部)に入るとなると一般入試で受験するならセンター+2次試験をこなさないとならない。普通高校以外の学生は当然不利だが、工業・商業学校生専用の特別入試が存在する(AO入試の事かもしれないけど)。応募条件は大学によって違うだろうけど、一般入試を受けるより遥かに競争率は低い。実際クラスメイトも何人か国公立大学進学した。ついでに言うと高専への編入もできる。なので学力があってやっぱ進学したいなあと思えば十分お得。

初めから高専入学できる人たちは元々学力が高いし、ただ「理系学部出ました」と言う大卒よりも優秀なような気がします(なんとなく)。求人数はもちろん大学にも編入しようと思え出来きるだろうし。豊橋・長岡にある科学技術大学は高専生のために創立された大学であるし、成績の良い人は旧帝大など国立大に編入する人もいるそうで。それに企業によっては大卒と同等の賃金だったりするのでお得かなと思ってます。
さすがに高専には頭でかなわなくても地域によっては偏差値で言えば50半ば超えの工業高校もあるわけだし、そうでなくても先に書いてある通りの工業高校が大多数だと思うので選択肢としては十分アリ。

※高卒で就職する(公務員を目指すなら別)なら普通高校へ行くのはほぼ無駄。通える範囲にないなら仕方ないけど


大学進学希望の普通科学校に通ってる人へ、学力に自信なければ(ないからこそ)無難に理系学部(工学系)への進学を勧めておきます。
・就職難易度が違う
文系大学、学部が多すぎて就職競争が熾烈。大企業への就職、特に総合職なんてそれこそ有名大学の人間しか入れない。採用計画の段階でどこの大学から何人とるかとか決まっている(恐らく中小零細はそういう事はないと思う)
例えば鉄道でも、本来高卒者が多く採用されていた現業職でも大卒を採用している会社もある。例えばJR東は最初からキャリア組とノンキャリア組を分けて採用してる。現業はプロフェッショナル採用。友人からの話を聞く限りは現業なら大学名ははあんま関係ないようだけど、部活やってただとか何かで結果出したとかアピールできるようなものがあった人が多いような気がする。倍率が高いのでそりゃそうだろう。
仮に民間企業でなく公務員を目指すにしろ(教師、消防士、警察官などは別として)、役所の一般行政職の倍率を見るとすさまじく高い。比べて技術職の倍率は分野によりけりだけど全然低い。新卒既卒社会人入り乱れ状態なのでそれなりに対策しないとかなり厳しいのではないのかなと。

・求人(推薦)が豊富
工業高校・高専同様に企業とのパイプが出来上がっているのでたくさん求人が来る。企業によっては推薦が只の受験票みたいな場合もあるけど下手なことしなければ就職しやすい。当然選べるのは成績(GPA)順。上位有名大学はもちろんの事、底辺偏差値大学でも比較的就職しやすい。ただし学科によってぜんぜん違う。

・文系職の就職が可能
理系学部の人間がその分野での就職が嫌だと思ったら文系就職可能だけど、その逆の文系学部の人間が技術職に就くのは無理。SEになるのは可能だろうけど。

※医療系学部の就職は言うまでもない。
※美大・音大は特殊すぎるので、就職率が悪いのはお察しの通り。

勉強が大変なので基礎学力低い人・興味の持てない人が理系学部に入ると非常に大変だし嫌になるかも知れない。就職してからも専門の勉強が続く。でも育ちが良かったり頭の良い人達を除き、大半の人が凡人だと思うのでそれなりに就職というのは死活問題で、文系か理系かの選択で後で大きく響くので大事なことだと思ってます。まあ無理して行きたくない学部を選択するぐらいなら文理問わず興味ある学部を選択してもまあいいんじゃないかとも思うわけですが。
「大学は学問をするところだ!」と大きな声で叫ぶ人達も一定数いるけど、そう言うのは実学系から離れた学部の人達に多いのかもしれません。実際学問をする場ではあるけど、結局は建前で大半の人は大卒新卒の資格を手に入れるために入ってると僕は思ってます。新卒採用に多くの疑問を抱いてる人、騒いでいる人たちも結局仕組みには逆らえず、流れにそのまま乗って就職活動しちゃうわけで。就職システムが違うだけで企業が求める根本的なものは日本も海外も似たようなもじゃないでしょうか。
確かに大学は教育機関でもあるけど研究機関の場でもあるし、例えば研究だとか開発って金がかかるわけで、そうなると研究者をを目指すとしたら個人でやろうとしても出来ないし大学・大学院に行かざるを得ないわけです。そういう人達を除いて、正直自分の勉強したいことなんて別に大学に行かなくたって勉強しようと思えば出来るんと思うんですよ。大学に行ってなくても特定の分野にやけに詳しい人いるわけで、そんな感じじゃないかと。
それと医療系は別として理系学部に行けば必ず就職できるってわけでなくて文系学部より就職しやすいってだけの話です。求人数が経済情勢によって左右されがちなので年度によって同じ企業でも募集してたりしてなかったり、求人数も違うわけでそこはなんとも言えない。


そしてこれから就職活動する人(民間企業を目指す人)は必ず新卒で就職してください。コネや後ろ盾がない限り絶対新卒で就職してください。金銭的に許してもらえるなら就職留年すること。1年や2年ダブった所でぐらいどうってことないし、周囲から甘えんなと言われても無視すればいい。新卒と既卒とでは求人票や採用情報見れば求人数も質も天と地の差だというのが明らかです。だから既卒になれば詰む確率が高くなる。コネや後ろ盾のない凡人がそうなると人生ハードモードになるってことです。本当に贅沢を言わなければどこかに拾ってもらえる可能性はまだ若いので十分にあるけど、大企業のような待遇って夢のまた夢ですね。それと理系学部の人達は自由応募が厳しいかなと思ったらとっとと推薦使っといたほうがいい。

ネットに転がっているような一般論かもしれないけれども、でも事実だと思います。
それと働き始めたらやっぱなんか違うなあと思う人って大半じゃないかと。だから会社やめるのも転職するのも自由だと思うし、自分がどう生きていきたいのかって改めて考えると思います。だからいざ動く!という時の為に無駄に浪費せずに貯金しておくことが大事じゃないかなと思うわけです。方向転換しようと再び学校・大学に行きたいと思っても金なきゃいけないですし(奨学金借りれば別ですけど)。大学まで出て親からお金を「借りる」ではなく「もらう」ってのも非常に情けないないので、最小限の支援は別としても十分大人なんだから自分で金貯めてやれよって思います。(まあそう言いながらも親のスネ噛じれるうちに噛じっとけってとも思ってますけどね)

ここまでサラリーマンとして生きていくならばの話でしたが、自分で会社起こすなり商売始めるのならばどうでもいい話なのかなとは思います。でもなんだかんだ言って最初は皆就職する人がほとんどだと思うのでやっぱスタートダッシュって大事だと思ってます。まあ僕の主観なので別にこれらの意見をどう受け止めるかは人それぞれですが、大半の人は凡人であるということ。なので仕組みにや流れに逆らって路頭に迷うぐらいならちゃんと流れに従った方がいいし、後ろ盾がない限りそれ以外で生きていく事って事自体難しい。
結局のところ、どういう選択を取ろうが自分の人生なので他人に教えは仰ぐのは重要な事だと思いますが、その先の選択は絶対に任せてはいけないし、「どこの学校に行けばいいんですか?」「どこの会社に就職すればいいんですか?」なんて言語道断。自分の意志で決めたものとはどんな結果になろうが他人のせいにしても行けないということです。自己責任という言葉は使いたくないけど、どういう結果になろうとも自分の選択に責任を持つというとこですね。嘆いても仕方ないので、ダメなら他の道を探すしか無いってのが究極の答えじゃないかなと思います。

うずまき1

最近自分の中の価値観・考えがめまぐるしく変化してる。渦を巻いているとでも言ったらいいのか。

現状、なにか特別なスキルもない。そして金もない。就職活動なんて言ってるけどここ数ヶ月は求人票ひたすら眺めてるだけだ。先月受けた会社はサイレント状態、今日市内にある会社に採用情報問い合せたら「今期の募集は終わりました。ごめんなさい。」だと。結局ハロワと求人サイト頼みになってしまう。何件か狙いはつけてるがまだ手を付けないでいる。ちょっと怖い。雇われの身としてそう生きるのならば働く場所を見つけばければ働くことは出来ないし、仕事で必要なスキルは働く中でしか身につかないと思ってる。市内の広報眺めてたら看護学校の募集が掛かってた。もうそんな時期、だけどもう金もないし受ける気もない。それでも紙くず同然の補欠合格通知が未だに捨てられない。でもこれでいいのだ。
会社辞めて今月で14ヶ月目になる。金は減る一方だが、余暇時間が非常にある。通勤時間も含めて1日の半分以上は労働のために費やす。家に帰るとクタクタ。飯食う時間、風呂はいる時間、家事する時間、睡眠時間は削れないので1日のうち自由に使える時間なんてせいぜい3~4時間。みんなこうやって仕事に追われるんだろう。時間に追われてゆっくりものを考える時間なんてない。今はどうかといえば、時間は有り余ってるのでいろいろ考えてる。むしろ考えすぎるぐらい。気は楽だけど、ふとスイッチ入るとやはり精神衛生的には良くはない。
自分の選択に責任をもつということ。高校だって、大学進学をする事だって、就職活動だって、会社に入ることも辞めることも全て自分の選択してきたことだ。誰かに選んでもらって決めたことじゃない。だからどう転ぼうとも自分の責任で運命を受け入れなきゃいけない。だからは僕は今自分の置かれたの現状に対して「社会が悪い」だとか「会社が悪い」だの言いたくないし、そのせいにしたくない。やっぱりそういうのって自分から見ても他人から見ても情けなく映っちゃうから。確かに今僕の生きる世界は10年前、20年前・・・・とは明らかに違う。生活はより便利になっているけれども、経済・雇用状況は消して良いとは思ってない。「バブル世代はあーだこーだ、団塊世代はあーだこーだ」と批判した所で何も生まれないのである(もちろん今の日本を作ってきたのは上の世代なので罪は重いとは思ってる)。「今の若い奴らはだらしない、使えない」と言うものならばそんな事言う奴は一切相手にしなければいいこと。どのみち世代が違えば価値観なんて違うわけだし、その中で認め合えたら最高だよ。
今の現状の僕を見て「この人ほんとうに大丈夫なのか」と思う人は大勢いると思う。正直僕も不安で仕方がない。ここ2、3年の僕はちゃんとした考えもなしに行き当たりばったりで生きている状態、そんな感じだと思う。26歳という年齢で、21、22歳ならまだなんとかなるけど大学卒業してすでに3年目だし。
悲しみと違って時間が解決してくれるものでもないし生きる時間は限られてるわけで、結局現状を嘆くのではなく自分が変わる以外方法て無いよねって。変えられるものは変える努力をして、変えられないものはそのまま受け入れるしか無い。置かれた状況の中で、自分の出来る範囲の中で何かできることはないかと考える。後は運頼み。学力、経歴、技能、知識、人柄。それも大事な要素だけど「運」ってのも大事な要素の一つだと思ってます。

需要と供給

若い女の子がマンコちらつかせるとすごく需要があるのに、なぜか若い男がちんこちらつかせても全く需要がないわけです。
例えばアイドルなんてわかりやすいけど枕営業ってそんな感じだし、何でかって考えたらお偉いさん達が男ばっかりだから。逆にお偉いさんのポジションに女性が少ないわけです。じゃあ逆のことが成立するのかって考えたらさすがに売れるために40、50代のおばさんにちんこなんてちらつかせたくないよななぁと思うわけです。需要と供給のバランスて難しいなとふと思いました。

町内

ばあさんちで飯食ってきました。僕のために近所の魚屋で買っておいてくれたとのことで1枚350円もしたというホッケを頂きました。これがめちゃめちゃうまい。スーパーで売ってる安いホッケも十分うまいけど今日食べたホッケはなりうまかった。年金生活なのにこんな高価なもの食わせてもらってすみませんね。

さて、朝っぱらから町内の公園清掃に行って来きました。思ったより沢山の人が集まったのは正直驚いた。まあおばさんたちは仲良く口喋りながら作業するもんだから賑やかなもんでしたよ。今日来た中で若いのは僕だけであとは大体40代~70、80代。近所だし子どもの頃から知ってる人・見たことあるたちばかりなのですが、逆に大きくなった僕のことがわかるかは知りません。「○○の子供です」といえばわかるんだろうけど。まあ若い人がいないのは当然のことながら親がいれば町内行事に参加しなくて済むだろうし、それ以前に実家を離れて暮らしる人が大半なのでそりゃ平均年齢は高くなるのは当然と言えば当然なんですよね。上の世代は横のつながりがあるわけですが、若い世代になると結婚してたり子供がいたりしないと近所で横の繋がりってあんまし無いんじゃないでしょうか。
で、これからみんな死んでくわけで、それこそ近所中空家だらけになっちゃうんじゃないかなと思うわけです。子供もだんだんと減ってるし、親世代から下の中間層(若い世代)が全くいないとなれば町内の運営だってできなくなるわけで町内会だって維持できないわけです。まあそもそも町内会って必要なのかそう言ったら疑問(面倒くさいし)ですけど、じゃあ今までやってたことは誰がやるんだってなるわけで。僕がここでずっと住んでいくとしても、割と早いうちに町内会の役員をやらなきゃいけなくなる可能性もあるし、50、60歳あたりになったらもう周りに人がいねーよという状態になる可能性も高いわけで、どうすりゃいいんだろうかと。

クラウドファンディング

最近クラウドファンディングというものを知った。簡単に言うとネットで不特定多数の人から資金調達ができるというもの。
よくホリエモンがCAMPFIRE使えばいいとか言っていたけど見てると色んなコトやってる人がいて非常に面白い。他にはREADYFOR? だとか、調べれば色んなモノが出てくると思う。
まあ何かしようとするにもやぱっりお金が必要で、資金調達をどうするかが一番の問題。大きな組織じゃなくて特に非力な個人なら尚更で。親だとか友人だとか支援してくれる人が身近にいるならまだしも、自分で一から貯めようだとするなら時間はかかるし、それになるたけ銀行から借金はしたくない。そんな時に早く、低リスクで資金調達ができるなら使わない手はないわけで。もちろんサイトの審査通って自分の企画に賛同してくれる人がいればの話(なので簡単な話ではない)だけど、ちゃんと支援者の心に響くものならばそれなりに資金は集まりそう。いつだかStudygiftがいろいろ問題があって炎上していたけど、仕組みとしては面白いと思うけどね。
まあコレらに限らずとも、何か自分のやりたいことがあったらこんだけ便利な世の中なので何かしら方法はあるし兎に角行動あるのみですよね。充実した生き方してる人ってみんなそんな感じじゃないのかなと。ってかクラウドファンディングの運営側ってどうやって利益出してんだろか。。

どこまで払えばいいのか

冠婚葬祭・・・実に面倒くさいイベントである。
さて、今年の春先のこと。親戚のおばさんから、ばあちゃんの兄弟が亡くなったとの電話。「親戚代表して花を送っておいたから今度花代をお願いね」と。まあその時は5000円渋渋払ったのだが、姉が「それはおかしくね?」と。

じいちゃんばあちゃんの子供が4人。長男が僕の親父、それと長女・次女・次男の3人(所謂おじさんおばさんに当たる)。じいちゃんからの姓を継いでいるのは現在僕一人。親父含め親戚のおじさんおばさん達は当然じいちゃんばあちゃんの兄弟を知っている、が、僕は知らないわけだ。数人葬式で見たことはあるけれども、何人いるのかさえ知らないし直接関わりもない。果たしてそんな僕がいちいち金を払う必要があるのだろうかということなんだよね。
本来親父がいれば対応していた事だが。血縁を重んじてるんだか知らんけど、恐らくだけどおばさんは「●●家の跡取(長男)なんだから払って当然」という思考なんだろう。(跡取なんて古臭い表現だけど)
前にも書いたけど本来親父のボジションに現在僕がいるわけで、おじさんおばさん達は皆50代である。どう考えたって年齢的にも発言力的にもパワーバランスが明らかにおかしい訳。僕も十分な大人だ。ただ、金銭的にも社会的立場からしてもまだ弱いわけで、上の世代と同等なものを求められてもやはり困るのである。
問題なのはこういったケース時に一体どこまでの払えばいいんだろうかという事。誰だって自分に直接関係のない人にわざわざ金を払う必要なんて無いわけだ。そうでないと繋がり追っていたらどこまでいたってキリがない。遠い親戚なんて他人なのである。ビジネスの場じゃあるまいし、祖父母や親の代の関係をわざわざ子供にまで引き継がせる事って普通しないと思うし、する事自体ナンセンスであっていい迷惑である。
電話してきた時にちゃんと聞かなかった僕が悪いけど、まあその場ですぐ言い返せないですよ。まあ今度また法事があるのでその時に言いわないと。ちなみに、ばあさん(母方の)だとか姉の義親は「払う必要なんて無いよ」と言っている。まあそりゃそうでしょね。親戚関係ってクソ面倒です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。