牛丼並盛り一杯280円

昨日久しぶりに松屋へ行ってきた。
高校時代、夏場の部活の練習帰りに良く食ってたなあと。ちょうどその頃はBSE問題で豚めししかなかったけど正直牛丼よりもうまかったと思う。コストの問題なのか、メニューから外されてしまったのがすごく残念。その豚めしの印象が強いせいか牛丼チェーン店の中でも松屋が一番好きでもある。並盛りが一杯280円。この値段でこの味だからコスパは最高なんだと思う。今日は吉野家へ行って来た。並盛り300円。ちょこっと高いけどうやっぱり美味い。セブンイレブンの牛丼も美味いけどやっぱりそこは「コンビニ弁当」だよね。値段も430円だし。

牛丼が一杯が300円程度で食える。しかも熱々のご飯で。ある意味では幸せなのかもしれない。でもいったい原価って幾らぐらいなんだろうね。一杯の利益ってどんなもんなんすか?。そんな高くないってことぐらいはなんとなく伝わってくる。よく牛丼の値段見れば景気がわかるって言うけれども僕にはよくわからない。値段の推移見てても上がったり下がったりが激しいし。今はデフレっていうけどじゃあインフレの世界ってどんな感じなんだろ。景気が良かったなんて時代なんて僕達世代は知らない。景気が悪いっていう世界しか知らないから今ある世界が当たり前のものだと思ってる。
商売ってすごく地道な作業だと思うよ。仮に自分が自営業でリーマン並の給与水準保てるほどの利益を生み出せるかってかって言ったらムリだろうなと思うし。リーマンは給与が上がることはあっても下がることはなかなかないしからまだ楽なのかもしれない。
たった300円の牛丼一杯でどんだけ利益が利益が出るのかって。比べちゃいけないけど車一台の利益ってそう考えたらとてつもないよね。うまい棒とかガリガリ君とか牛丼よりさらに桁違いに安い商品ってあれ一本でいったいどんだけで利益出てるんだろうね。考えるだけでワクワクしちゃうよ。
すき家が今問題になっているけれども、こんだけ同業者が安くて数十円単位で価格競争している中で利益を生み出すのってものすごい大変だと思う。削れるところって言ったらやっぱり人件費しかないと思うから人を雇いたくない気持ちもわからなくもない。でも現場の人間は大変だろうね。現場に負担のしわ寄せが行けば結局は今のすき家みたいに自壊していくだけ。生き残れないなら潰れていくだけ。
じゃあもし牛丼一杯500円の世界になったら。会社も今よりも利益が出るだろう、そしたら働いている人たちもハッピーになる・・・かってそれはないと思う。もうバブルの頃じゃない、そんな時代は二度と訪れない。みんなわかってるから企業は利益を内部保留するでしょ。還元ったってボーナスがちょこっと程度(ありがたいけど)。給料が右肩上がりの時代って何なんすかね。僕には想像できません。金回りのいい時代、そんなもん知りません。右肩下がりの日本の姿しか知りませんよ。
企業は一番かかる人件費は抑えて、なるたけ少ない人数で仕事を回したいでしょ。別にそれは悪くないと思ってる。企業なんて利益を追求するなんてあたりまえだし。会社は労働者のためにあるのではなくて株主のためにあるのが資本主義のルールでしょ。労働者は弱い。けど自分で起業するなり自立するなり、それができなきゃいつまでも弱い立場の中で生きていくしかないんだよね。すごく辛いけど。

牛丼一杯280円。果たしてこれでみんな幸せになれるかって。でも僕は280円で美味しい牛丼食えて幸せですよ


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死ぬ前の準備

9月に電験の資格試験を受けようかと考えている。学生の時に電験3種か一陸技のどちらを受けようか迷ったが結局一陸技を受けた。結局ダメだったけど。回路設計、施工管理を希望しないのならば学生のうちに電験3種はとっておいたほうがいいのかもしれない。
電気、設備関係。今思えばそってちに注力して就職活動をすればよかったかと思う。鉄道会社本体がダメでもそれ関係それ関連でいっぱいあったし。仕事は地味かもしれないがやっぱり電気系は最強だと思う。が、あの時の僕は馬鹿だった。そして言うなら学科に求人いっぱい来てたのに、それが単なる受験票だったとしても使うべきだたっと思う。震災の影響の影響をモロに食らった年。でも自分を守るためにその事実を都合のいいように利用しちゃダメ。ちゃんと就職できた人はできたわけだし。まあ就職率悪かったのは事実だけど。文系と理系、違いって言ったら企業が向こうから大学に求人票持ってきてくれることかな。
転職サイトを眺めてる。求人の多くは首都圏に有り触れている。正直羨ましい。やっぱり県内の求人の多くは浜松に集中する。流石が工業の街。だけど家からはあまりにも遠すぎる。
ハロワ。地元の求人はある。でもそれなりだよね。でもね、カス求人なんて思うけれどスキルも経験もない僕のような人間にとってはお似合いなのかもしれない。カスなんて思うこと自体おこがましいのかもしれない。でもそこに勤めたって先がああるかって話だ。そもそも何にために地元戻ってきたのかって話になってしまうとなんも言えなくなる。自分の責任だ。
また首都圏へ出ようかなんて求人を眺めて一瞬思うけれども、いろいろと縛りがある。だから面倒くさい。なので家から通える範囲で選ぶ他にない。仕方ないよねぇ。
多くの人は実家を離れて違うところで生活圏を築く。地方出身者が東京で暮らす。それが当たり前といえば当たり前の光景である。ただ実家を離れて安心していられるのは親がまだ生きているからこそだと思える。実家に兄弟が残ってくれているのならばまだいい。兄弟が家のことを何とかしてくれる。しかしいない場合どうだろうか。親が死ねば今まで親がしていたことを今度は自分が全部やらなければならないからだ。先日書いた介護の問題に加えて、親が死んだ時どうするかを考えなくてはいけない。僕と同じぐらいの年齢の人間ならばまだまだ遠い先のことかもしれない。まだ関係ないという顔をしていてもいずれはやってくること。色々とあると思うけれども、一番の問題はおそらく実家が空き家になった場合どうするか。売れればいいけどそう簡単に済む問題でもなさそうかなと思ってる。

姉夫婦もあと数年すればこの家から出ていく。
もし近々僕が死んだ時のことをなんとなく考えてみる。死んだ直後の問題としてまずお葬式代がかかる。親父の時を参考に家族葬とすればさほどかからないが、とは言っても50万~60万くらいはかかった記憶がある。小規模でこのくらいなので、一般の人で普通の葬式をするならば百万以上は間違いなくかかるはず。盛大にやるならばそれ以上だろう。なので金銭的負担をかけないためにも葬式費用は何としてでも残しておかなくてはならないなと思う。
そしてお墓の管理。おそらく姉がすることになるだろう。僕ははっきり言ってお墓は不要だと考えている。暴論だけれどもこの世にいないものにお金をかけても仕方のないことだと、法事の時などいつも思う。気持ち云々言うなら仏壇で十分だ。そうは言ってもお墓をなくすことは親戚の目や世間体を気にするならば無理に等しいと思う。ちなみに僕は海への散骨を希望してる。
さて一番の問題である家の管理は誰がするのか。これも姉になってしまうだろう。空き家の問題、とにかく管理費がかかること。まず固定資産税。おそらくこれが一番の問題である。ただ立ってるだけで税金は取られていくのだ。じゃあ更地にしてしまえば?と思っても、そうしてしまえば固定資産税が更に高くなる上、解体費用もかかる。なんで誰も住んででないのに家を壊さないんだろうっての思うのはこういうことなんですね。幸い元の仕事場(倉庫)を貸しているので固定資産税をまかないつつも収入を得ている状況なのでだいぶ助かっている。いつまで相手が契約を結ぶのかは分からないが、続けば姉にとっても所得が入るので良いだろう。
次の問題として手入れの問題。福島の原発避難区域を見ればわかるけれどもとにかく人間が住んでいなければ雑草が生えっぱなしになる。僕も昨日雑草や木の手入れをしたが結構な労力だだった。久々の運動?で全身筋肉痛という。虫もうじゃうじゃで危うくハチにも襲われるところだった。他にインフラ関係。電気ガスは止めてしまえば問題ないけれども水道は止めてしまうと水道管がすぐに錆びいてしまうじゃないかなと。定かではないけれども実体験として。それに自然災害だとか築年数が古い家ならばいろいろなところもガタが来ているはずなので修繕費用もかかる。手入れをされていないとなれば誰も住んでいないということはある程度想像できるので、今度は空き巣なんかの治安の問題も発生してくるわけだ。
その他の問題として家財の処分もバカにならない。一度今の家の中身を業者さんにお願いして空にした。じいちゃんばあちゃんそして両親分の荷物があったのでさすがに姉弟2人ではどうにもならなかった。(案外衣類関係はバカにならなかった)。僕一人分とはいえど、これを全部処分するのは大変だろうし金もかかる。なので死ぬ前までにはのなかで必要最小限の処理はしておきたい。HDDは絶対に壊しておかないと中のエロファイルを見られては困るからね。
それから通帳の事前解約。父親の時に思ったけれども通帳残高をおろすとなると、書類手続きが非常に面倒くさかったので通帳にお金を残して置きたくはない(おろしたお金をどこに保管しておくのが大問題だけれども)。
残される方の身を考えると出来る限り面倒くさいことは残して置きたくないので生前に考えられる範囲の出来る処理は全部して置くべきだと思ってる。

それと働き始めたら生命保険に入っておこうと考えている。おそらく日々の暮らしと奨学金の返済で精一杯で、死後のためのお金(葬式代だとか管理費だとか)を残せるかどうか非常に心配だからだ。自分にできることってそれぐらいだと思う。

唐揚げ揚げる

久々に唐揚げを揚げてみました。何年ぶりに揚げ物をしたかわからない。油の処理が面倒だからって理由だけで一人暮らしの人間は幾度やらないだろう。でもスーパーの揚げ物なんて衣ばかりで食えるかっていう話。半額シールや見た目でつられちゃいけない。金払ってほぼ衣食ってる時の惨めさって行ったら・・・。自分で材料買ってきて作ったほうががいい。安い物ってやっぱ安いなりなんだよ。
日清製粉のから揚げ粉。すごく懐かしい味。下手に唐揚げ買ってくるならこれで作ったほうがはるかに美味しい。幼稚園の頃から弁当に入ってた、随分昔から食べ慣れてきた味だと思う。体にいいか悪いかわからない、でも美味い。味覚って変わるけれども変わらないものは変わらない。

揚げたあとの油は使う前の澄んだんだ色とは対照的に黄色く濁っている。まるで朝市のションベンみたいな濃い色。から揚げ粉の臭いがぷんぷん漂う。品質劣化、いずれはこの油も捨てることになるんだろう。そうなりゃただの廃油。今の僕もきっとこの油と同じように酸化しきってるだろう。悲しいよね全く。
ほんと、大人になるってなんだろうね。 大人、そう言われるとまだ違和感がある。精神年齢なんて中学生か高校生のままで止まってる。大人らしさ、それっぽく振る舞って演技すること。皆仮面かぶって踊ってる。「大人の男」「大人の女」。一見かっこ良く見えるしかっこ良く聞こえる。少年少女の憧れ。でもそんないいもんんでもない。ちんちんまんまんの機能が発達しただけ。なりたいではなく気づいたらなってしまうもの。そしてあっという間にじじいばばあだよ。

「誰だって悩みはある。」誰かがそう言うかもしれない。そんなことわかってるけれども、あなたの苦しみなんて僕にはわからないし、僕の苦しみはあなたはわからない。あなたの悩みが目の前に障害物があるだけならば、僕の悩みはそれ以前にわき道からそれた挙句、ガードレール突き破って行っちゃいけない方へ行ってしまったそんな感じ。障害物なんてどかせばまた道は続いているのだから、また走りだせばいい。でも落ちちゃったらどうしようもないじゃん。解決しようがないのよ。そんな感じ。簡単にわかったふりなんてしちゃいけない。優しい言葉で近づいて、さも理解してるかのようなふりをしちゃいけない。

唐揚げ食いすぎて胃もたれっすね。この前市場で国産鶏もも肉2kgが八百いくらで買えたはずなのに、一昨日買ったら2倍になってたという。おっさんレジ打ち間違えたんじゃないのか?僕が値札ちゃんと確認しなかったが悪かったが、一回レジ通したら断るにも断りにくよねえ。

堕落の26

また一つ歳をとってしまった。
今日から26歳である。昨日と今日とで見える世界は変わらない。でも見られる世界は一段と厳しくなっただろう。歳をひとつ取ることの重み、ひしひしと感じる。
まだ20代半ば。そしてもう20代半ば。こんなことを言うのはまだ早いのだろうけれども、僕にとって20代は今日に至るまで苦悩の続く日である。僕に限らず多くの人にとっても同じなのかもしれない。ただ僕はそんな皆とどこか違う。どこか抜け落ちている。同世代が活躍しているのを見ると自分が今まで生きてきた人生って何だったんだろうと思う。何もしてこなかっただけなのかもしれない。もがいても決して這い上がることのできないどこか無力感。これからも苦悩は終わることなく続くに決まってる。

21歳。あの時すべてを終わらせておけばよかったのかもしれない。結局惰性でノコノコと生き続けてしまった。そしてあの時、大学をとっとと辞めておけばよかたっと思う。惰性で糞大学に戻り、手にした学士号などただの紙切れ。とにかく若さと時間と金を無駄にしてしまった。21歳という若さならばまた違った選択肢があり、容易に飛び込めた。恐怖など感じていなかったと思う。今は何するにも恐怖がつきまとっている。

20代って本当は人生のうちの一番楽しい時間なのかもしれない。若さがあるエネルギーがある。10代の時にはなかった金、そして自由さがある。囚われるものといえば法律、社会的な目、労働に割く時間ぐらいだろう。いろんな人と出会って酒のんで新しい友人作って恋して結婚して・・・。それが普通の人間の流れ、生き方。でもそれが幸せになるための一番シンプルな方式かも知れない。
活もなく若さもエネルギーも失ってしまった20代がいる。特に何をしたいという思いもない。4年経てばもう30歳だ。間違いなくあっという間にやってきてしまう。このままからっぽ人間として生き続けるんだろうなと思う。相当強い衝撃がなければ人生って劇的に変わるものではないと思う。だから僕はこのまま生きていく・・・しかないんだよね。

みな楽しそう

さすが大型連休なのか、街に人多すぎ。地方なのにどこにこんな人が隠れてるんだろうかと思うよ。
東京から高校の友人が帰省してきたということで、友人宅を借りて3人でバーベキューをしました。バーベキュー用のお得な焼肉セットとかあるけどやっぱ言うだけあってお得なんだよね(笑)。でも大抵その中の豚肉って脂身が極端に多いバラ肉すごいで、油がものすごく出るのよ。豚肉自体欠かせないと思うけど、胃へのダメージがとてつもないのであっさり目の鶏肉か牛に限るなと。

さて、結局ボク以外は皆働いている。無職で恥ずかしいといえば恥ずかしいと思う。今の状況をグチグチ責められればそりゃ落ち込むけど、でもそう思ってても仕方ないかなって思う。昔はすごい真面目なやつだったと思うし多分皆そう言うかもしれない。けど、ここまで落ちぶれるのかと思うとある意味で面白いもので。まあ誰しも起こりうることなんだけどね。周りの目だとか、「この歳で」だとか、世間の常識だとかそういうのってすごくだるい。
働いて金あるから好きなもの買える。いつの間にか皆一眼持ってるし、車なんかもちゃっかり持っている。僕はとても車なんて持てそうにない。維持費もかかるし、何処かへ行くわけでもないし。「車ない男はありえない」なんて言っちゃう糞女もいるだろうけれども別に今すぐ必要ないわけだ。
買い出しの途中の車内で「結婚したいか?」という質問をする。仲いい5人のうち一人結婚済み。もう一人はもう結婚する。今回の3人は皆独身。「結婚したいけどまだいいかな」「もうちょっと落ち着いてからでいい」他の2人はそんな感じ。結婚ていいものなのかね。僕にはわからない。どっかの国で戦争やってるみたいに他人ごとに感じてしまう。たぶんね、ずっと「好き好き」なんて言ってる人たちを僕は見たことがないので、何となく結婚したらああなるんだろうなこうなんだろうなってことが想像できてしまう。家族って言っても親-子供はそうかもしれないけれども、夫-妻って結局血も繋がってないし、どこまで言っても赤の他人同士。夫婦仲が冷める人もいれば全然熱々のままの人もいる。どっちが多いんだろ。結局関係を維持していくためにはそれなりの労力がいるもんだよなあと。
ふと思うけどね、普通に働けば生きてく分のお金は手に入るわけなの。で、お金をいっぱい稼いでも生活に余力がでるだけであって決して幸せになれるわけじゃないかって。欲しいものが買えるだとか美味しいものが食えるだとか好きな異性とリッチなデートできるだとか、たぶんそんくらいなもん。けどほしい物があっても、手に入った途端に熱が冷めちゃうんだよね。手に入れたら満足しちゃう。んで、物があればいいってわけじゃない。金があれば値段が付いているものはたいてい買えるわけで、僕が今望んでるものってそんなんんじゃないんだよね。なんだろう、特にないんだけどね。前まであった強い欲求というものがだんだんなくなってきた。
なんか言葉にするのは難しいけど大事な部分欠けてるのよ。やっぱり他人とどこか違うというかずれてるというのか。それにものすごく冷めてる。

仲の良い友人の前ではいつも適当な馬鹿なことしか言ってない人間なのよ。肉を食いつつテンガだのちんこだの皆が知らないようなマニアックな小話だとか。自分もあえてそういうキャラクターを演じているだけのかよくわからない。でもそういう適当発言を受け入れてくれる(面倒臭がられ雑に扱われることもしばしばだけど)ので、日頃出せない部分を発散してる感はある。
でも家に帰ればすごく心が沈むわけなのよ。どこまで言ってもダークでじっとじと、黒い海に沈んでるわけよ。結局どれが本当の自分なのかよくわからない。どれも自分には変わりないわけで、アホな自分も沈んでる自分も同じなわけ。自分のダークな部分って隠すしかないし隠さざるを得ない。皆何かしら抱えてるとは思うけれども、皆順調に生きていると思う。そんな中で、「本当はとっとと死にたいんだよね」とは言えやしない。言ってもいつものように適当にあしらわれるだけなんだろうけどね。みんなね、なにげない日常が続くと思ってると思うけど、崩れる時が来るのよ、誰しも。崩れるときはあっという間なの。
奨学金の返済がまだ280万近くあるのでそれまではなんとか生きるしかない。毎月ちまちま返済してるけど、また働き始めたら金ためて一気に返済したい。それさえ返せばあとはどうなってもいいかなと。利子あったら悲惨だったけど、ある人は大変だよなあと。

先の話だけどすぐやってくる話

部屋の中でキチガイの様に狂った笑い声を出し続けてみたらものすごく悲しくなった。それを聞いたばあさんが「ばあでねえか」と呆れたように言い捨てた。当たり前だろう(笑)。でもなんだろ、馬鹿なことをしているという自分に対しての悲しさもあるけど、ストレスで頭が逝ってしまった時に本当にこうなってしまうんじゃないかってそういう悲しさもあるんだよね。

今日はじいさんが久々に帰ってくるということなのでばあさんちへと行って来た。おじさんも親の面倒を見にわざわざ地元まで帰ってくるのは金銭的にも肉体的にも大変だろうに。ばあさんちからしたらそんなこと知ったこっちゃないッて感じかもしれんが。じいさんも1年ぶりくらいに家に帰ってきたらしいけど、果たして本人の目にはどう映ったんだろうか。少なくとも介護施設で過ごす時間よりかははるかにマシだろうな。だって自分の家だし。姉も子供を連れてきて、久しぶりに孫を見る爺さんはさぞ嬉しそうだった。

さて、ふと思ったこと。じいさんがトイレに行きたいと言い出した。介護施設と違って部屋のトイレはとても狭い。総掛かりで爺さんを便器まで座らせ、パンツは下げ・・・。左半身が麻痺しているので自分ひとりでは体を支えきれない。おじさんが体を支えていたが、やはり大変そうであった。ほんの数分の、ある一部の出来事だったけれども、介護って日々こんな事の繰り返しなんだと思うとやはりキツイなあと思う。
介護という問題、親がいる人間にとって必ずやってくる現実である。今若い世代(20代とか30代とか)はまだ先の事だと思っているかもしれないけれども、40代・50代の人達にとって結構切実な問題になってくる人も多いんじゃないのかなと。
自分で介護ができるかと言われたらたぶん無理だと思う。必要なときにいなければ意味が無いのでほぼ付きっきりになると思うのだけれども、仕事をしながら親の介護をするのはほぼ100%無理なんじゃないかってマジで思うわけです。仮に奥さんがいても奥さんにも親がいるわけで・・・。まあだから介護施設に入るわけだと思います。でもここでももちろんお金がかかるわけです。親にちゃんと金があるのならいいけれども、なければ誰が負担するか。そう、子供ですよね。しかしその子供も家庭があるわけで、それで精一杯ってこともあるんじゃないかなと。で、自分の子供が高校生・大学生で、教育費とかかかるときそういう状況になればかなり悲惨な状況になるのは目に見えてるわけで。
そしておじさんおように実家から離れて暮らしてる場合、事あるごとに実家に帰らなければならないとなると交通費だとか帰る為の労力とかもバカにならないと思うわけです。以前、クローズアップ現代も介護(介護離職)のことについてとりえげていたのだけども、見ているこちら側も非常につらくなったわけです。介護疲れで親を殺してしまうという事件も少なくはないし、それだけ大変なことなんだと。

で、僕のような20代が介護が必要になる時代になった時、介護施設に入れる人は本当に金持ちだけというような状態になるんじゃないかなと何となく思うわけです。年金もどうなるかかなりグレーゾーンだし。仮に年金制度が破綻しなくとも、年金受給年齢が更に引き上げられたり、生活ギリギリの額しかもらえなかった場合、ほぼ死ねと言ってるわけですし。
老後のためのお金なんて十分に用意できるのはホント昭和を生き抜いた世代ぐらいなんじゃないかなって。まあ稼いでいれば関係ない話で、僕のようなクズ野郎は金欠で野垂れ死ぬでしょう。
金が用意出来ばければ子供が面倒を見る。それだけの話しだけどそれ以上の話。

綺麗事なんてどうにだって言える。でもどうにもならないことって実際あるわけだ。
綺麗事で成り立つ世界なら誰しも最後まで笑顔でいられるだろうに。いずれやってくる親の介護。皆どう向き合うのか。

ちんこまんこせっくす

渋谷のど真ん中で「セックス!」「ちんこー!「まんこー!」だのとでっかく叫んでみたい。世の中にはヘイト・スピーチしている連中がいるらしいけれども、奴らはただの馬鹿だと思うよ。そんなことをしても誰も特をしないし耳を傾ける人間などそれこそ下民だよ。若者のエネルギーってちんこまんこセックスなんだと思う。そして、若者が集まる渋谷(もうどこでもいいよ)ででっかく叫んでみたいだよ。みんな反応しちゃって耳傾けるよ。照れてるふりして冴えない兄ちゃんも清純なフリした姉ちゃんも聞き入れるわけだよ。みんな表では出さないけれども心の奥底で興味津々、いや大好きなんだよ。少子化なんだらいっその事叫んで叫びまくりだよ。

付き合うの延長はセックス。決して結婚なんかじゃない。童貞だろうが処女だろうが、みんなちんこまんこせっくすなんだよ。みんないい男や女がいたらやりたいだろう?彼氏や彼女がいたらやりまくりだろう?キレイなカラダ?んなもんは嘘だ。皆カカ(ブラジルのね)なんかじゃねえんだ。カカのようになれるか?いや、なれねえ。結婚するまで何人も付き合い何人もやりまくる。カカのようになれる奴なんぞいねえ。
一回味をしめたら野獣のようになっちまう。童貞だったあの少年が、処女だったあの娘が野獣の如く狂いまくる。道を外した人たちがヤリチンヤリマンになってくの。でもそう通過儀礼を通ってやって大人になっていくんだよ。

まあ俺は童貞なんだけどな。下品なように聞こえるけど、実際こんなもんじゃないのかなと思うわけです。ある程度の歳になればセックスなんて普通の事のようにあるもので。早い人は早い遅い人は遅い。中にはしないまま一生を過ごす人もいるけど。あなただって親がセックスすして生まれたんですし、あなたが子供を望むなら避けて通れない道ですからね。