人は動かない

出社早々、同じ担当のじじい(僕のもっとも苦手な人間)にいろいろとお説教を食らった。先日退職した先輩から引き継いでいる仕事がまだ終わっておらず、次の年検の準備(足りない部品の発注やらなんやら)がしたくてもできない状態であったので怒りにふれたわけだ。遅れてるのは申し訳ないけどこっちも今やってる部品の事に集中したいのに、他の仕事も入ってるわけで。時間見ながら一人で部品の補充したり在庫数えたりしているんだから、そんな急ぎのことなら上の立場であるあなたが集中させてできるようにその日の作業割り振る人(班長)に掛け合ったり応援をつけるとかして、もっとやりやすい環境を整えてくれよと思うわけで。
それに最初からやり方や流れを示さず、途中や後から「こうやるんだよ(怒)」と言われてもな・・・。僕達がやりやすいようにシートや書類を作ったりしてるのも批判的で、今回遅れた理由は一人でやってたってのもあるけど、手書きのリストを見やすいようにエクセルでまとめていた。「わざわざそんなめんどくさい事する必要がねえじゃねぇか」と一喝されたけど。話の途中に「最近の若いやつは・・・ry」と話の流れと全く関係ない批判もされたりして・・・。ホントあきれるしかない。ごちゃごちゃ言うなら最初から自分でやれよと思うわけです。

会社の上の人から会社を良くしていこうという気が全く感じられない。その上、人を育てようという気もない(転職してきたおじいちゃん曰く、ちゃんと教えることがでる人がいない)
負担だけ下の者に押し付けて、最初からろくな指示出さず、やり方も率先して教えず、分からなかったら聞けばかり。「仕事は自分から聞いていかないと誰も教えてくれねぇぞ」とずっと言ってるのだが、いや、その前に基本的なやり方をあなた方から教えて示さなければどうやって仕事するんだと。
なんかなぁ、会社立ち上げの時から自分たちがやってきたんだという無駄なプライドがあるのか、若い人の意見もろくに聞かず、こちらがよかろうと思ってやったことに対しても批判的。ホントどうしようもない。
元々会社に居座ってた人達(上の人)から学べることはない。せいぜい反面教師として何が悪いのかそういうことくらい。むしろ転職して入社してきた人たちのおかげで仕事もそれ以外の事についても学んでいるようなもんだ。

やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。


山本五十六の名言。この言葉を知った翌日に、僕よりあとから入社してきた人も全く同じことを言っていた。
僕の担当している仕事は本社に戻った人と辞めていった先輩から教えてもらった。まあ引き継ぎの時間がなくて教えてもらったのはホント少しだけだけど。先の話に出てきた高圧的な態度のじじいからやり方を教わった記憶がない。いつも「あれやったのか」「まだやってねぇのか」しか言われていない。
やってみせない、言って聞かせない、やらせてみて罵倒と文句を垂れる。そして褒めることなどしない。そりゃ人は動きません。みんな離れていくだけで、過去に同じ担当だった人がみんな辞めていってるのがその証拠。
この会社に入って反面教師がいるおかげで、自分が上の立場になり、教える側に回ったときに時にどうすべきか、どうやったらいいかのとかなと良く考えるきっかけができた。
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あれから2年、これから3年

東京での生活もあと2カ月弱。まだまだ行ってみたいところがたくさんあるのだが、外に出る最初二の一歩を踏み出すまで腰が重い。実際踏み出してしまえば「なんであんな躊躇してたんだろう」と自分がバカらしくなってくる。休日に色々探検すればよかたっとやっぱり後悔している。今日は前から行ってみたかった自由が丘に行こうか行かないかすごく迷っていた。比較的近場なのになんで迷ってたんだろう。結局妥協して近所の商店街をぷらぷらし、ビール買って夕方から飲んでた。3連休、いつものごとく家に引きこもって無駄に時間が過ぎ去っていったわけです。次の休みこそは・・・

ブラック企業大賞2013ノミネート企業発表!ウェブ投票開始!ブラック企業達が大賞を目指す夢の祭典が始まる
「365日24時間、死ぬまで働け」。かの有名ブラック企業の社内文章に書いてあったものである。
なんかこう見てると自分の勤めている会社がホワイト企業に見えてくるくらいレベルが違うなwまあノミネートされてないブラック企業はまだまだたくさんあるだろうけど大賞は誰が言うまでもなくワタミ。外食産業自体ブラックという印象しかないんだけど、ワタミは別格だろう。かの有名な社長、渡邉美樹の数々の発言は労働者を馬鹿にしているとしか思えないわけです。自殺した社員の魂はいったいどこへ行ったらいいんだろうかと。恐らく今日も過酷な環境で酷使されている社員がたくさんいるんだろう・・・。
どうやら今度の参議院選に出馬するために社長を退くらしいけど、こんな奴が政界に進出なんてとんでもないので何としてでも落とさないと。



さて、このブログも開設して今日で2周年。毎度見に来てくれている方々どうもありがとうございます。節目節目というのはいつもより背筋がピーンとなるような思いで日記を書いています。去年も同じ様な事を書いていたような・・・
まあ所詮はネットの世界、この2年間でだいぶ人の流れが変わって初期からこのブログを見てくれている人は恐らく皆無だと思います。(まだ僕が学生だった時なら知ってる方いるとは思いますが)ブログを辞めたりネットの世界から離れて行ってしまった方々、悲しいけどこれが時の流れっていうやつですね・・。僕も前ブログから通算するとブログ歴7年目ですがよくもまあ続いてるなあと(笑)学生時代と比べたら更新率もだいぶ減ってきたし書く内容もだいぶ変わってきましたが、これからもなんとか続けていきたいなあと思います。数年後、もしブログから離れていった方々が、そういえばあのブログまだやってんのかなぁとたまに思い出して見に来てくれるような感じになればなあと。

ひと段落

退職のことについて今日ようやく具体的な話がまとまった。8月末まで出勤、9月に残りの有給を全て消化して退社という形でまとまった。どういう計算か良くわからなかったけど21日も有給が残っているらしい(9日だと思ったのにな)
先日の日記でも書いた通り今まで辞めていった人達は、上の人の意味不明な理論によって有給を消化させてもらえない様だったので、僕も同じように消化させてもらえないんじゃないかと半ばあきらめていた。昨日の仕事終わりぐらいにその人から退職するの事を聞かれて有給のことも話したら予想通り意味不明な理論で色々と言われたわけだ。実際のその人にああだこうだいう権限などあるはずもないんだけどさ。
まあ今日直接総務の人と話し合って、8月末までいる代わりにちゃんと有給とせろという要求をし、あっさりその要求が通ったのでとりあえずよかった。この会社でちゃんと有給をつかえたことという事実は今後辞めていく人達にとっては朗報であるに違いない。まああくまでも労働者としての権利を行使したまでで、普通の会社なら当たり前に消化させてくれるはずなんだけどね。ただ条件は飲んでもらえたものの、8月中の公休を減らされるかもしれないと。これもまたおかしな話で、先の話で出てきた上の人の勝手な理由だろう。人数がギリギリで1日に休める人数が決まってるのはわかるけど、なぜ僕だけ公休を減らされなきゃいけないのだろうか。恐らく「こいつはどうせ辞めるわけだから負担をしてもらおう」という考えで、今までずっとそうやってきたんだろう。実際先日退職した先輩も公休数が極端に減らされていたわけだし。シフト表を作る立場で大変なのはわかるけど、こんないい加減なことをしていいものなのだろうか。減らされるなら減らされる分の手当は貰わないとね。それよりもオープンキャンパスが立て続けにあるのでその日に限ってちゃんと休みがとれればいいんだけどさ。それが一番の心配事。

岩手県議・小泉光男さんがブログの炎上の末に自殺
病院でないけど、市役所だと整理番号で呼ばれたような・・・まあこの方の炎上のきっかけとなった意見はさておき、自殺にまで追い込まれてしまったと言うのは非常に気の毒である。確かに人前に立つ人間というのはその時点でかなりの影響力のあるわけで、発言には注意しなければいけない立場のはず。もちろんこの方に落ち度はあるわけだけど、ただそこまで叩く必要があったのかという疑問があるわけで。
それとびっくりするのはマスコミも犯罪したわけでもないのにいちいちブログ炎上の件を報道するということ。本来ならネット内だけの問題にとどめられたはずなのにネット外にも問題が拡散された。日本中の一般人に知れわたり、マスコミにもさんざん叩かれ余計に精神的に追いつめられたに違いない。マスコミの罪は重いと僕は思っている。毎度の事で、ホントマスコミ連中はどうしようもなクズ野郎集団だ。
匿名かつ不特定多数の人間から叩かれるならば不気味であり、僕たちの想像以上に精神的にキツイものがある。顔がみえないという事を理由に好き放題言えるわけで非常にタチが悪い。(まあ2ch見ていればわかると思うけど)
僕も日記書いてて知らず知らずのうちに変なことを書いているかもしれない。匿名を理由に言いたい事を結構書いているわけけだけど、どこまで書いていいものなんだろか、どこまで踏み込んでいったらいいか毎度悩む。「ぼく」という人間をリアルで知らない人達が僕の文章を読むわけで、もちろん人それぞれ捉え方が違う。もしかしたらイラッとさせたり傷つけてるかもしれない。(そこまでのことはあんまし書いているつもりはないけど・・)
自分の言葉をチラシの裏ではなく、ネットの世界に向けて発信するってのはやはり神経使わないといつか思わぬかな立ちで自分に跳ね返ってくる。ネットのおかげで情報の行き気が非常にしやすくなったわけで、その便利さ故、あまりにも身近なものとなりすぎてネットの世界とリアルの世界を区別できなくなってしまう可能性がある。連日のようにブログ炎上、twitter炎上を見かけるのはそういう人たちがあまりにも多すぎる。現代病というのかネットリテラシーが欠けている。それとネットの世界というのは常に誰からか監視されている場でもあるということを意識ていないといけないな。暇人どもは偽りの正義を振りかざし、いつ始まるかわからない祭りを楽しみにしているはず。
さあ明日から3連休、クソな仕事を忘れてゆっくり休みたいと思います。

僕働きたくないんですよ

ようやくの待ち望んでいた休日がやってきたよ。ここ数日で結構疲れがたまっていたので特に何もするわけでもなかったけど凄いゆっくりできた気がする。
一昨昨日なんて家に帰ってこれたのが日をまたいだ午前3時。あんだけ長く拘束されたのだからインターバルを設けるべきで、午後出勤を望んでいたのだけれども、結局いつも通りの出勤時間だったという。ホント意味がわからん。一昨日なんか本来ならば早く帰れるはずだったのにいつも通りと変わらない時間に終わった。入社してからトラブルっていつもこんなにあるもんなんだなあと思ってたけど、最近やっぱりおかしいんじゃないかと思い始めてる。(気付くの遅すぎw)
先月から他会社から今の職場に来た部長さん曰く、「前の会社は何もないことがほとんどで、遅くても8時には帰れる」と言ってたっけ。かなりの知識と経験を有している人で、親会社が引き抜いてきたらしいのだが、部品庫や作業場を見てどうやら絶句していただとか。相当ずさんな管理してるんだろうな、まあ他にもいろいろ思ってるだろうけど。
話戻るとこんだけトラブルがあるってやっぱり品質が維持できていないからじゃないのかなあと思うわけです。まあボロイってのもあるけど。先輩も言っていたがこの会社がやってるのは「整備」ではなくて単なる「応急処置」。航空業界で整備やってた人から見たら「これでいいのかよ・・・。」って事ばかりだそうで。。。はぁ。

一日8時間労働←スゲー楽そう!!!ところがどっこいwwwww
さて、一日8時間労働も働くってなんも楽じゃない。1時間の休憩をプラスしても最低拘束時間は9時間。この時点ですでに一日の1/3弱は仕事でもってかれる。更に通勤時間+残業時間があるわけで。
僕の例で言うと一様就業時間は10:00~19:00(1時間休憩含む)となっている、もちろん定時に終わるわけなんてない。午前9時には家出て、大したトラブルがなければなければだいたい21:00には終わる。そこから帰宅。スーパーに立ちよるのでおおよそ22:00過ぎ。だから一日の半分以上は仕事のための時間に費やされるわけで、残った半分のうち睡眠時間やら出社準備やらなんやらを引くと、本当の自由な時間って僅か3、4時間あるかないか。
働いてからの1時間、2時間って結構大きなもので精神的余裕もだいぶ変わってくる。
ここまではあくまで時間的苦痛だけ。それに仕事から受けるストレスと人間から受けるストレス、肉体的疲労が加わるわけで、そんなのをこの先定年まで繰り返すわけだからそりゃ働きたくなんかないわ。拘束されるだけでもかなりの苦痛なのに。僕からしたら仕事が大好きとか言う人は異次元の領域の人間。うらやましくて仕方ない。まあ生き生きとしている人たちは給料も労働環境もいいんだろうけどさ。
やっぱり働きたくなんてないなぁ。自分の時間が労働のために削られるのが非常に苦痛。人生仕事だけじゃないんだから仕事以外の事に時間を費やしたいわけで(趣味とか友人・家族と過ごすとか)それすらままならないのはやっぱりおかしいわけで。労働を一種の神扱いしているこの国の労働教信者からしたら僕のような考えは邪道だろう。
まあ平均年収が下がりる一方の状況で必死に働かないと結婚すらできない様な時代なわけでそんなことも言ってられない状況なのかと。会社辞めて社会からもドロップアウトしたら再び立ち上がるにはかなりの労力がいるし。単なる思い込みかもしれないけど。
特に職業感とか特にない今現在。看護師になれたら考えも変わるんだろうか。でもね、仕事は「クソ」っていう労働に対しての根本的考えは変わらんだろうきっと。だっていくら生きていくために仕方ない事だといえ、短く儚い人生のうちの貴重な時間を削っているんだからさ。明日死ぬかもしれないし。

去りゆくもの、それを追うもの

いつも行く蕎麦屋ではいつも懐かしい曲ばかり流れてる。ふと思い出した時に聞きたいなーと思ったらまさにドンピシャで流れたり。ほとんどオリコンチャートで上位に入るようなに乗るようなメジャーな曲しか知らないけどそれなりに知っているは思ってる。(あくまでメジャーな曲。)
どうやら思春期に聞いた音楽はその後の人生に影響を与えるらしい。(詳しくはこちらを読んでください。)
僕自身音楽が人生に影響を与えてるかどうかはわからないけど少なくとも思春期の頃聞いた音楽は今でも好きだし、曲の好みもさほど変わってない。
音楽ってどうも思い出と強烈に結びついてる。中学時代の思い出にしろ、高校時代の思い出にしろ、大学時代の思い出にしろ、その頃聞いていた曲を聴くと補正がかかりながらも鮮明に思い出も蘇ってくる。音楽にようやく目覚めた中1の冬。MDに曲入れていろんな曲聴いてたっけ。その頃からずっと好きだったミスチルも最近の曲はよく知らない。個人的にはアルバムで言う「1996-2000」あたりの曲が一番好きだ。なんて言ったらいいかわからないけどアルバムに収録されてる曲の雰囲気というのか他のアルバム曲とは違い、どこかどろっとしているというのかダークさがあると言えばいいのか、全体的に暗さのあるけどちゃんと聞くと奥が深い曲ばかり。(分かる人には分かるであろう)歳を重ねていくと同じ曲でも歌詞の意味やメロディの受け取り方ががまた変わってくるもんなんだよね、不思議と。
もちろん最近のアーティストの曲も好きだけどやっぱり2000年前半の曲とか90年代の曲を聞く時が一番心が落ち着く。

さて、今日で先輩が一人退職をした。同じ仕事を担当するようになっていろいろとお世話になったもんだ。最近はよくおごってもらってばかりで今日も最後の最後までおごってもらっちゃった。よく「この景色ももうすぐ見おさめですね~」なんて言ってたけど本当にもうあっという間。明日からはその先輩はいないので、僕の一番苦手なと人一緒にやることになる。非常に憂鬱。僕が退職するという情報はまだ恐らくその人の耳には届いていないと思うけど、知ってしまたら愚痴愚痴言われそうなんだよな。先輩も辞め、僕も辞め、担当の後任はいったい誰がやるのか不明なんだけど。
そんな僕も昨日部長にも退職の意を示したわけで、あとは退職願を出すだけである。8月20日・・・あと2か月もある。

いざ、鎌倉

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今日は1日休みということで、先日結婚した友人の新居へと遊びに行ってきた。

その前に朝っぱらから横浜のベイサイドマリーナのアウトレットへ。大学2年生の時以来なので実に5年ぶりくらい。それにしても昨日今日と湿度があまりに高すぎて暑いのなんのって、もう汗だく状態。ここは熱帯雨林か!久しぶりの買い物でもあったので4万以上使ってしまったw
昼から友人達、友人夫婦と合流していざ鎌倉へ。鎌倉観光も小学生ぶりなのであまり覚えていない。昼間っから瓶ビール片手に人でごった返している小町通りを歩いて八幡宮へ。ちょうど神前式が行われていたのだけれども、友人夫婦も神社で式を挙げたのでどこか懐かしそうに見ていたな。周りにいる観光客は物珍しいのかなんなのか、式の様子を写真撮りまくりwでもこんなに大勢の前(一般人の前)で式を挙げるの恥ずかしい気もするけど気持ちいいものなのかもしれない。
その後銭洗弁財天行き、こんなことで金が増えたら苦労はしないよと思いながら銭をちゃっかり洗う。行く人来る人、皆万札洗うとか気前良すぎでしょw僕なんて300円しか洗わなかったのに。
夕方になり大船へ。初めて大船駅を降りたけど思ってたより栄えてたことにびっくりしたw駅中も綺麗だし、駅前の商店街人多いし。どうも観音様のイメージしかない田舎だと思ったらそんなことなかったのね。
早速友人夫婦の新居へお邪魔して、ご飯をいただいてきた。非常においしく、火照った体にビールが進むわ進むわ。ああ、五臓六腑にしみわたるとはこういうことなのか。こりゃ幸せ太りしちゃうって意味がよくわかった気がする。料理が上手な人ってのはやっぱりいいよなと改めて思うのでした。自分が料理うまくて作れるならばそんなことは別に思わないのかもしれない。仕事終わる時間遅いし、学生の時みたいに料理なんてする余力がない。なので料理は面倒くさくて作らないし、ほとんどスーパーの総菜とかただ焼けばいいものばかり食べてるのでやっぱ誰かが作った手料理を食べたいのです。土曜の夕方、非常に有意義な時間を過ごせたなと思う。

酒の飲み過ぎと疲れのせいで帰りの電車が非常につらかった。そしてまた明日から仕事かと思うと非常に憂鬱である。

僕、辞めます

会社を辞めるというのは結構エネルギーが必要なのである。僕が勤めてる会社の様な人手不足で人がまわらない会社では特に。
今日総務の人に退職の意を伝えてきた。看護師目指すために受験するから辞めますと。ちょうど午前中僕とその人だけだったので今日がまさにチャンスだったのでわけ。なにやらまだ部長にも言わなきゃいけないし、いつ辞めるだとか詳細をこれから話し合うのだけれども。
ちなみに僕を支援してくれる先輩たちには伝えた事を報告。「○○がついに一歩踏み出したな」と勇気づけの一言とともにアドバイス(悪知恵)をもらうのだが、自分の話の下手クソさにと絶望。今回のこれもまさに交渉力が必要となる。論理的に話すために自分が一番よくわかってないといけないのだけれども知識がまだあやふや。完全に材料がそろっていないといえばいいのか。ただ自分の中ではいつ辞めようとしているか組み立てはできていたわけ
で、実際うまくしゃべれなかったという。まあ、まだこれからだけどさ、僕の悪いところで気が弱さからかどうしても一歩下がってしまう。おそらく争いは避けたいと本能的に働いてしまうんだろうか。なので駆け引きできる自信がない。相手に丸め込まれてしまいうまく自分有利な方向に持って行けないところ。去年の姉の義父さんに言われたことをふと思い出したが、結局あれからなんも変わってないってことで成長していないんだと。

本当は7月31日で辞めたい。ボーナスをもらってとっとと辞めて職場から去りたいというのが本心だけど8月は繁忙期。人手不足なうえに1年の中で一番忙しい。気を使って8月も働いてやるよという感じではるのだけれども、有給を何としてでも消化させたい。このクソ会社では自分の意志とは関係なしに忙しくない月に有給を勝手に入れられてしまう。(忙しくない月のほうが少ない)それに加え、自分で有給を使うことがタブーみたいな雰囲気であるし、取ろうとしようものなら嫌な顔をされる。
僕も受験まで残す時間も少ないし、拘束時間が長いこの職場で勤務しながらの勉強はとてもしんどい。とにかく時間がほしいし、前からこの時期と決めていたし、食い下がるわけにはいかない。(うまく交渉できるか・・・)退職前の有給消化に関しては時季変更権が無効なので残った有給は取れるのが普通。とらせないものなら明らかに法律違反である。
8月31日退職日、公休9日に加え残り有給9日消化で22日を最終出勤日にすれば13日間だけ出勤すればいい計算になる。うまく丸め込めばいいのだが。ただでさえクソ暑い中、疲れてくったくたになりたくないしな。

あの山の向こう側に希望はあるのか

ようやく4日間の泊まりが終わる。。
ここ数日先輩とスーパーに行った帰りにビジホすぐそばの公園で酒を飲みながらいろいろと語り合っていた。ここは千葉の田舎。ホントゆったりとと時間が流れてる。
日はすっかり伸び、6時すぎてもいまだ空は明るい。男二人公園のベンチで、ビールを片手に暮れゆく夕空を眺めながら日頃の愚痴をこぼす。気付けば、目の前の夜のお店にネオンの光が灯される。一体どんだけ公園に居座るのるのか。たまに過ぎゆく地元の女子高生に目を奪われては話は中断、再会、そしてまた中断・・・。酒を買い足しに行ったコンビニでレジの目の前に女子高生。その後ろ姿があまりにも神々しくて僕はいったい、いったいあれから何をしてきたんだろうかと。間違いなく僕は変態なんだと思う。そう変態だ。うらやましくて仕方ないのだ。
学生時代のことも語り合ったわけけど、「あの頃こうしておけば良かった」っていう後悔はだれしもが心の奥底に何かしら抱えてるわけで、後になってみないと分からない事ばかり。なんもない人はすごいよ本当。でも僕はそんな強い人間ではないから。まだ10代の頃にあったったはずの人生の期待感はすかかり消え失せ、どうしたくてもどうにもならない事もある現実を踏みしめながら生きている今。希望ばかりでは生きてはいけないはわかってる。そんな事を思うとすっかり年とったんだなと。いったい7年の月日がどんだけ自分を変えてしまったかは分からないけど、僕はまだ迷走中です。ストレートに物事がうまくいけば誰しも苦労はしないよね。

また公園に戻ってきては会社にいて愚痴をこぼしたり、仕事を辞める時のことを話し合ったり。歳が近いし分かりあえることが多くて、いろいろ会話が弾む。
言い足したらきりがないほどの愚痴だが、やはり周りの人の不満が相当たまってるのがよくわかるな。それと僕の会社では有給すらまともに消化できない状況であるため、僕が退職を申し出るにあたって何としてでも消化できていない有給を使うという事についても語り合った。今後辞めていく人、これから会社に入る人達にとっても重要な話なので大事な交渉になるかもしれない。公園のベンチに座っていると目線の先に山が見える。その山を越えれ、更に東京湾を越えればいつもの仕事場。行ったいあの山の向こう側には本当に希望はあるんだろうかと疑ってしまう。

雨の日もよく見えてしまう

昨日、僕の家で世話になっていたお坊さんの葬式に行ってきた。無理矢理休みを変更してもらい地元へ帰省したわけだけどシフト組む人にはどうせ裏で文句言われていただろう。まあどうでもいい。

さて、さきほど実家から帰ってくる途中で川崎の映画館に立ち寄って、早速「言の葉の庭」を鑑賞してきた。一人で映画を見に行ったのは高2以来実に7年ぶりというwまあ感想だけど前の日記でも書いたようにとにかく風景描写がとても美しいく、特に今回の作品は音楽がかなり効果的に作用していたんじゃないかと思う。まあ作品自体時間が短いのでちょっと内容的には物足りないかな?という感じもしたが、これが新海作品と思えば別に問題ないかなと思うのだが。個人的には秒速のほうが好きだけど、映像と音楽と言葉がうまくからみあった幻想的で大人の作品という印象。作品を見ながらこの同じ東京で貴樹や明里もいるんだろうな(秒速の世界につながってるのかな)なんて空想をしたり。あまり書いてしまうとネタばれしてしまうけど、立ち止まってしまった大人の女性(ユキノ)の心を15歳の青年(タカオ)がうまく包み込んであげれたのはというのは非常に見ていて気持ちにぐっと来るものがある。まあ関係が関係なのだけれども、ずっとお姉さんが弱みを見せてくれたっていうやつなのか、最後のシーンが一番良かった。まあ盛り上がる場面だし。けど最後の最後w
少なくとも15歳からしたら27歳の人ってだいぶ年上過ぎて手の届かないし、逆に27歳の人から見たら15歳なんてタカオの言うとおりまだガキだろうし。実際、年齢の壁って結構厚いものだし、実世界じゃこんなうまく行くわけないのだが。まあこれが27歳の男と15歳の少女だったら全く面白くなかっただろうね。
でもさ、やっぱりきれいで落ち着いた「お姉さん」ってイイよね。「お姉さん」という言葉から発せられるその神秘さ、そして色気、気品。手がが届きそうで届かない、タカオの言葉を借りるとするなら「世界の秘密そのもの」。いまだに理想のお姉さん像を偶像崇拝してしまう。女の子が年上を好きなように男も年上のお姉さんが好きなのです。僕は年上も年下もどっちも好きなんです。
それにしても秦基博の歌も最高によかった。「rain」という曲、元々大江千里という人の歌をカバーしたものだけど、この歌は僕が生まれた1988年の歌ということでなんか運命を感じてしまうん

あとちょうど僕の見た回の前に新海誠監督が舞台あいさつに来ていたのだが、ちょうど僕が映画館に来た時にフロアでサイン会をしていて、見終わったと帰り際まさかのすれ違いざまに会った。あれから1時間くらいやってたわけなのね。上映している映画館全部回るというのだからそりゃ大変だよな。
雨もいいかなと思ったけどやっぱり雨は嫌いだ。でもお姉さんと会えるなら降ってほしい。