さよなら2012

地元に帰ってきてから高校の友人たちとともに友人の婚約者と顔合わせをしてきた。まあ相変わらずのコミュ障っぷりを発揮してきたわ。僕自身おかたい場の雰囲気が嫌いなので少しでも和ませられるようにしたいといつもながらに思ってる(相手にもリラックスしてもらいたいので)。けど結果的に適当なことばかりいうもんだから裏目に出て変な人とか思われるんだろうな。友人の間でもうそういうキャラになってしまっているのでどうしようもないというwうーんあの場でもっと突っ込んだりボケたりっと、もう少し発言したかったんだけど、周りの友人も乗ってこないのでしばし黙ってた。いや黙るしかない。本来僕はしゃべるべき人間ではない。とりあえず振られたらまじめなことを言いつつボケとく。
ホント、人との距離の測り方がわからない上に何しゃべったらいいかわからない。。なんだか人と接するたび、自分の薄っぺらさ露わになって非常につらいです。こんな調子じゃこの先、生きていける気がしないんです。年末だというのになんだか気がしぼんだ一日だった。

こんな調子で2013年はあと数時間でやってくるのか。みなさん、いつもながらブログを見に来てくださってありがとうございます。仕事の愚痴が大半、自身や人生の悩みなどを少々、あとは童貞だのうんこだのとくだらない言葉が飛び交ってるくだらない日記ですが何かしら共感していただいているならばそれは嬉しい限りです。ネットという媒体を通じてですが、広い広い世界の狭い狭いブログという世界で、この貴重な出会いに感謝しております。さあ2012年にさようならを言おう!来年も世の中クソだぜ!
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解放

今年も残すところあと1日。仕事も昨日で終わり、今日から4日まで5連休。ようやく仕事から解放されたぜひゃっほう!それにしても大晦日というのに昔のようにわくわくしないのは大人になったからなのか。

皆さんにとって2012年はどんな年だったでしょうか?振り返ると3月に大学卒業して千葉から引き上げ、4月に福岡へ行って6月には静岡に帰ってきて、8月からは東京・・・と目まぐるしくいろんなところへ飛んできました。仕事を始めたのはホント大きな変化ですね。こんなにも疲れるものなのかと(笑)
結論として正直僕にとって2012はあまりいい年ではなかったです。親父の件もそうですが就職の件もそうです。なんか気づいたら1日が終わり、1週間が終わり、1ヵ月が終わってついに1年迎えちゃったよといった感じ。ほんと歳とるごとに時間があっという間すぎて生きてる実感が全くわかないという状態です。とにかく毎日が淡々としすぎて味気がない。本来日常生活なんてそんなもんでしょうか。
毎日無事に過ごす事こそ幸せな事なのかもしれませんけど、やっぱそれだけでは気持ちは満足のです。日々充実してすごすには、ようは気持ちの持ちようなんですけど、ネガティブ志向の僕にとってポジティブに生きるには結構難しいんですよね。いつからこんなつまらない人間になってしまったんだろうとずっと思ってきたけどもう元の性格やら育ってきた環境の影響なのでこればかりはどうにもならない。まあ自分を見失わないように、来年も生きていきたいですね。
毎度のこと「今年はいい年になりますよう」にと願うものの期待通りの1年にはならないから、次から「今年は悪いことが起きませんように」と願おうかと。

これから地元に帰って高校時代の友人たちに会ってきます。何やら結婚する友人の相手とも顔合わせしないといけないんだけど何しゃべったらいいのかわからん!下ネタは言わないようにだけ気をつけておきたいです。
それではよいお年を!

気付けば夜になってた

今日一日中カメラのことについて調べてた。写真なんて実際カメラを手にとってなんぼだけどさ、全然用語も仕組みも覚えてないので勉強しないと。で、どうやらレンズが欲しくなってしまった。本体の性能を見てるとやっぱり最新機種がそりゃいいと思うけど、kiss x2でも十分な写真は撮れそうだし、そうなるとやっぱレンズを変えて楽しむしかないな。それにしてもレンズも高いものは高い。いや、全体的に高い。カメラって金がかかる趣味なんだと改めて実感したわ。秋葉に行こうかと思ったけど体が動かず結局ずっとパソコンやって気がつけば夜になっていた。悪い癖で、なんかあーだこーだとなんでも頭で考えちゃって、慎重になりすぎて行動に移せないんだよね。とにかく重い腰がさらに重くなる。折角の休日なのに外にも出ず、こうやって終わってまたクソな仕事を迎える。ホント人生損してるわ

人生で働いてる時間が一番長いんだから仕事に生きがいを見つけろという理論
仕事に夢なんか求めなくていい。仕事に生きがいなんか見つけなくたっていい。仕事なんて金を稼ぐための「手段」にしか過ぎない。
価値観は人それだけど、この押しつけがましい仕事への価値観というのはほんとくだらないとしか言いようがないな。仕事至上主義というべきか「仕事こそが人生」みたいな空気が渦巻く日本はまさにチンカスだ。金を得るために仕事をしてるのであって仕事をするために生きてるわけじゃない。仕事に生きがいを見つけたい人は見つければいいだけどことで、仕事が嫌いな人だっているし、趣味とかボランティアだとか仕事以外の時間に生きたい人だっている。だからその価値観を他人に強制するなということ。
たしかに働いている時間は長いし、仕事を通じて色々と考えさせられることはある。好きなことを仕事にできたらそりゃハッピーだ。やりたい仕事をやれたらそりゃハッピーだ。けど多くの人は希望の仕事に就けるわけでもなく、生活のために仕方なく働いているわけで。
それと満足とはいかずとも許せる労働環境・待遇じゃないと仕事にやりがいなんて感じられないと思うわ。「金は出せないけどやりがいはある仕事だから」なんてはっきり言えばやりがい搾取なわけ。
よほど強い信念があってその仕事が好きな人は別なんだろうけどね。

最近思うけど「こういう仕事がしたい!」というより、「こういう生き方がしたい!」っていう方が大事だってね。僕も理想はなんとなくあるけど金がないのでそんな余裕ないけど。

メリクリ

今年も誰と過ごすわけでもなく、楽しむこともなく、「別に普通の日じゃん」と無理やり気持ちを押し殺していつもと変わらない時間を過ごした。街はカップルや家族連ればかり。うらやましいとは思うのは愛情と安心感がそこにあるからなのか。今日帰りのスーパーでケーキが安かったので買って食った。そして思った。狭い部屋の一角で一人寂しくケーキなんか食ってもうまくない。黙々と食べるケーキはただ胃袋満たすための食い物。一人というのはやっぱり寂しいもんだということ。
友人は婚約者を家に招いて家族全員でパーティーをしたらしい。写真を見せてもらったが家族ってホントいいなと思った。家族写真なんて最後にとったのはいつだった覚えてない。恐らく撮った記憶がないのでもともとないんだろうか気付けば一人ずついなくなり、もう昔のように家族そろってご飯を食べるなんてことは2度とできない。恋人だって未だにいない。好きな人と飯食ったり、いろんなところ行ったり色々としたいんだ。一人は好きだけど一人は嫌い。もうそれはそれは単なる孤独。もういい歳だから自分のコミュニティーは自分で作っていくしかないんだよな。今まで避けてきた「人と向き合うこと」に真剣にならないといけないんだろうか。人見知りはつらいぜ。嘆いていても仕方のないことだけどでもそう簡単にできるもんなら悩まないよな。うん。明日から2日休みなにでゆっくり休もう。

プロポーズ

先日高校の友人が彼女にプロポーズしたとの報告を受けた。ついに身近な人間が結婚するという何とも不思議な気分。ほんと僕とは対照的に順調に人生を歩んでおります。そしてきのう結婚式の日程を真っ先に伝えてきてくれたんだけど、当初夏前だと持ったのに4月末にやるそうだ。あまりにも早すぎた日程に正直心の準備ができておりません。
で、問題なのは披露宴の恒例行事ともいえる余興。やっぱり新郎と一番仲のいいであろう高校の友人たちである僕ら(4人ほど)がここはやるべきなんだろう。本人もそれを望んでるみたいだし。しかし余興と言ったら踊るか歌うかしか思いつかない。先日の親戚の兄ちゃんの結婚式の余興では歌に合わせてダンスしてたんだけど、一曲丸々やるので見てる方としては長いしワンパターンだしすごい飽きる。それに高校の友人たちは、どちらかといえばおとなしめ人種でバカができるようなノリではないため、人前ではっちゃけるというのは恐らくできない気がする。中3の時に学校祭のオープニングでウォーターボーイズを踊って以来人前で何かを披露するという経験はないけど、やるときになったら恥じらいなど捨てて一生懸命やりますよ。
まあそういうこともあるので余興用のネタムービーを作る方がいいのかななんても思ってる。けどとにかく時間がない。仲のいい友人だし、とにかく一生もの式なのでなんとか楽しませたいという思いがあるのでなんとかしないと。なんかイイ余興というものはいんだろうか。

いっそのこと滅べばいい

12月も下旬に入り、新年まで2週間を切ったもこんな時期だというのに今日も人身事故。いったいいつまでこんな光景が続くんだろうか。もう少し頑張れば正月なのにと思ってしまうけど、死にゆく人とってはそんなこと考える余裕なんてないんだよねきっと。

どうやら明日はマヤの予言で人類が滅びるらしい。僕の感覚からしたら「うんこだなw」ぐらいしか思わないけど、世の中はいろんな人がいて本当に信じてる人たちもいるから面白い。昔ノストラダムスの予言というものが流行ったけど結局何も起きなかった。あの頃はテレビでオカルト的な番組がよくやていたので、何か起きるんじゃないかと小学生であった僕は非常にわくわくしてた。今はそんなわくわく感などどこへ行ったのやら。毎日何かに追われ、昔あった心さえも失っていく大人ってほんと残念な生き物だわ。
満たされない現状への不満やら漠然とした将来の不安、毎日抱くこのもやもや感からなんとか解放されたい。もう考えるのも悩むのも面倒くさい。でも自殺は怖いので、いっそのこと人類は滅んでしまっていいと思うわ。全てが無になればいいと思う。
でもどうせ滅びないから明日はいつも通り平常運転。だから今夜も明日もいつも通り愚痴を言いながら生きよう。いつも通りエロ動画見てビール飲んで寝よう。明日は休みだなんだし。

女の子は世界の半分

昨日は朝から選挙に行ってきた。おそらく「民主党には政権を握らせたくない。でも自民党も駄目だ。かといって他の政党も実績ないし・・・入れたい政党なんかねえよ」といった人が大半だったと思う。正直今回の選挙の目的は日本のために働こうとしない売国野郎を落とすための選挙であって、決して日本を変えるためのものではないと思う。僕の選挙区は立候補者が少ないため、「え?この中から選ぶの?」という感じだった。まあそれでもこの中で政党を考慮しつつ、ましな人間をとりあえず選んだわけだ。しかし投票所に行ったのはいいけど、都知事と小選挙区の候補者にことばかり考えていて比例代表のことはなんも考えていなくて、いざ投票用紙を渡されたらポカーン状態。まあ書いたけどさ。

今回投票率が低かったらしい。まあ「行ったところでなんも変わりやしないよ」と考える人が大半だろうと思う。実際僕も日本が劇的に変わるとも思ってない。問題山積みだし。けど日本国民として自国の政治に無関心なのはやっぱり違うと思うし、今後の暮らしにかかわってくる。劇的に変わらなくとも、ほんの少なくとも少しずつは変えられるかもしれない。今の政治がこの先何年、何十年と影響するのは現在から過去を振り返ったってわかること。あまりにも問題を先送りにしてきたせいで小さなひずみが年月をかけて大きなひずみになって、今もなお悪い状況に向かっているのは否定できないけど。
それと若い人たちが行かなければいつまでたってもじじばば有利の政治になってしまうし。まあ圧倒的にじじばば世代の人間のほうが母数は多いいけどwそれでも折角与えられた投票権という権利を使うべきだと思うね。

さて先日、千葉の友達の家で酒飲んでそのまま寝て昼に家に帰ってきた。基本友達の家で酒飲んで寝ると皆昼間まで寝てるんだよね。僕はそれが非常に嫌いで、時間がもったいないと思ってしまう人間なので、皆が寝ててもとっとと起きて帰ってしまう。その帰り際、久しぶりにマンガが欲しくなったので本屋に立ち寄った。前日飲みに行く前に友人がマンガ買いに行くからとついていって、ふと気になった作品があったのだ。なんか知らない間に次々と新しい作品が世に出てくるのでついていくことができない。できることなら棚にあるやつ全部読んでみて見たい。
で、久々に買ったのがが「ぼくは麻里のなか」という作品。はっきり言えば表紙につられて買ったわけだ。「なんでそうなんのw」と突っ込みたくなる内容で早く続きが読みたい限り。
それにしても作者の思いに何か感銘を受けた。男なら一度は女の子になってみたい思ったことがあるに違いない。「男心」のまま女の子の体のに乗り移りたいとという意味で。もしも好きな女の子の体になれたら間違いなくおっぱいやらおまんやら間違いなく見てしまうだろう。ちなみなみにこの主人公は申し訳なく思ったのか、体を見なかったけど。この作者はそんな性欲目線じゃなくて、心の中から女の子という存在にになりたいと言っている。女の子ことは世界の半分らしい。男であれば男の世界しか見れないし、女であれば女の世界しか見ることができない。どうやらその世界に踏み込みたい願望のおかげでこの作品が生まれたとのこと。
もしも自分が女の子に生まれてきたのなら・・・なんてことたまに思うと気があるけどやっぱり想像できない。女の子の思考回路ってやっぱ男と違うんだろうし、感性も違うはず。一生見ることのできない世界の半分があるわけで永遠のユートピアに違いない。けど、俺が想像している以上に女の世界はドロドロとしているということを小耳にはさむからやっぱ男のままでいいし、男に生まれてよかったかな。

人それぞれ

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朝から千葉にいる大学時代の友人宅に遊びに行ってきた。
おそらく千葉方面に行くのは卒業式ぶりだろうか。なんだか電車待ちしてる瞬間が懐かしくて仕方なかった。久々の津田沼は相変わらず人が多く、でも都心とは違ってやはり居心地の良い雰囲気だ。やっぱり何年も住んでるとその街に愛着がわくもので、できるならこの街に戻ってきたいななんて思う。電車を乗り換えてふと反対ホームをみると女子大生ぐらいの子だろうか、ちょうどかがんでいてパンチラしてた(ような気がした)。メガネをしてなかくてぼんやりしていたのが悔やまれるが、恐らくそうだろう。黒ストッキング越しのパンチラは非常にエロい。うん
さて、恐らく1年ぶりくらいだろうか、久々に会う友達は相変わらず。どうやら1年半近く勤めてた仕事を辞めて来年から看護学生になるそうだ。そして今はニート状態で相当暇だと。また学生とはうらやましいし、周りは若い女の子だらけだだろう。まあ看護師になったとが大変だろうけどそれまでの時間は天国だろうな。
まあ色々近況を語ったりその友達を取り巻く人たちの話を聞いたり。僕も知ってる年下の女の子たちは人間関係で病んでたり、学生なのに妊娠しちゃったり。そしてあの子は更にビッチになってしまったようだ。完全に男の集団に入って行動しているらしく、曰く前一緒に飲んだらしいのだがビッチ臭が半端ないらしい。男に困ることはないんだろうけど全く同性の友達がいないのんもな・・・やっぱり心のどこかでその子のことはどこか心配はしてる。どうでもいいかなとも思う。そうなってしまってる以上どうしようもないし。
取り巻く環境が変わると人間って恐ろしく変わるんだなってホント思うわ。恐らく高校を卒業してからが人間一番変わると思う。まだ純でいてほしいなんてのは完全に僕のエゴだけど、こうやって大人になっていくんだろうか。それと女の世界ってのは僕が考えている以上にドロドロとした恐ろしい世界なんだろうか。その子がそうなように一旦嫌われると徹底的に排除されてしまうものなのかね。男にはよくわからないけど
昼飯を食いに行った後、未だ大学生やってる友人の家に押し掛けた。卒業前に来た時と同じように散らかり放題の汚い部屋だ。この友人は2留して、来年卒業できそうとのことなのだが、未だにまだ就職先が決まっていないらしい。まあ相変わらずのクソ野郎でオタクだがこのマイペースさがまたいい。それにしても部屋を片づけろよと、少し片してあげた。そして夜は3人で飲んだ。店で飲んでからまた家でコナンの映画見ながら腹が膨れるまで飲んだ。一体いくら使ったんだろうか。3人で飲むのもそうとう久々。1年生の時に部活やめた僕だけどこうやって未だに関係が続いてるのは非常にありがたいことだ。

なんか大学時代に戻れるような気がしたけどやっぱ無理なんだと。過去に振り返っても現実逃避しても明日はやってくるし。楽しいことなんて一瞬にして終わる。けどこうやって久々に友人たちと遊んで飲んで、何気ない日常を過ごす事幸せなんだろな。そのためには働いて金を稼がなきゃいけないけどさ。その稼ぎ方(職業)で一番悩むんだよね・・・。ずっと働いてる友人もいれば、会社辞めて学校に行く行く友人もいる。未だに定職についてない友人もいれば、まだ学生やってる友人もいるわけで。まあ人それぞれいろいろな生き方がある。でも自分と他人は違うし正直自分がホント今後どうしたいのか、どう生きて行きたいのかよくわからない。

待ちぼうけ

ちょうど一カ月ぶりくらいに届いた。これで3往復目が終わったのかな。まだまだ相手のことはよくわかってないけどやりとりは非常に楽しい。直筆の手紙というのはこんなにも温かみがあるものなのか。やはり文字というのは相手の特徴が出やすく、また文章により一層深みが出してくれる。一度も会ったことも喋ったこともないましてや顔も知らない相手だけにやはり想像が膨らみ読むのもまた楽しい。お互い2枚というでも限られたスペースの中で書いているので大したことは書けないけど、一度に書いてしまってはつまらなくなるから小出しくらいがちょうどいいんだろう。これだけ情報伝達技術が進んでいるけど、やはり時間や多少金がかかってもアナログ的なものを求めてしまうもんなのかな。

さて、来月のシフトがどうも決まってたようだ。どうも年末の31~1/3まで休みがもらえるらしい。けれど浮かれていられたのは一瞬のこと、恐ろしいことに休日が5日しかないという。最初見たときギャグかと思ったけどマジらしい。31日中26日も勤務というまさにちんちんファック。本来あるはずの休日の分をほかの月に回してくれるのかよくわからない。恐らく回してくれるんだろうけどそれにしてもひどい。一体何連勤させられるのか唖然としてたので覚えてない。それ以上に管理職の人は来月1日たりとも休みが入ってなかったというね。思わず目が点になってしまった。人手不足って今に始まったことではないのに、一体どんだけ前から言ってるんだろうか。どうせこれからもずっと言い続けるに違いない。また何件か求人の応募が来たらしいのだけれど、話を聞いている限り「正直人選びすぎじゃね?」と思うわ。ハロワに出してるようなちっちゃい企業にお望み通りの人が来るわけないだろう。まずは給料やら労働環境を見直せと。まあ親会社がアホやから・・・辞めたい辞めたいと言いながら未だ続けてるけど2月には辞めたいですわ。

明日から休みなので、久しぶりに大学の友達のところへ遊びに行こうと思う。久々の千葉なのでなんだか懐かしいような。

ブランコ酔い

ばあちゃんの友達が来て、ひ孫の女の子も連れてきた。前会った時は幼稚園児だったのにもう小学生になったらしい。こっちのこと忘れてるだろうと思ったけど覚えていてくれたようだ。とにかく良くしゃべる。おま、ほんと1年せいか?と思うほどいろんなことをしゃべる。こいつは将来大物になりそうな予感を感じさせてくれるほど。僕が小学生の時のほうが落ち着いていると思ったけど、ばあちゃん曰くどうやらそんなことはなかったみたい。なんだかんだでアルファベットと算数を教えてあげたりしてあげた。いやーほんと可愛い。
そのあとじいちゃんのとこの施設に行ってきたけど、まあ退屈だったんだろう。もう遊びたくてしょうがなかったのか、風強いのに公園に行って遊んであげた。傍から見たら不審者もしくは父親だっただろう。ブランコのったり鬼ごっこやったり、落ちてるBB弾拾い集めたり。運動神経は相当高いみたいで、とにかく足が速い早い。運動不足の若おっさんは息切れしたわ。僕たち年齢の人間からしたらたいして面白くもない遊びだけど、ホント楽しそうにしてるんだよね。なんだろうか、あの無邪気さは。なんかね、自分が父親になったような気分になってしまったわ。父親からしたら自分の娘は可愛くて仕方ないんだろうなあ。

しかしたまにハッとさせられるようなことを言うんだよね。その子は親が離婚していて、去ってしまった母親のことが大嫌いらしい。おまけに一人っ子だし内心は寂しいんだろう。子供はあんまり考えてないように見えて、実際大人たちが思うよりいろんなことを考えているはず。まあ遊び相手になってくれる人がいてさぞ満足しただろう。
今の自分が昔の自分を見たらただのガキんちょだなと思うだろうけど、当時も自分なりに必死に物事考えたと思う。ただ物事を知らなかっただけでね。それにしてもブランコに乗ると未だに酔うわ

力まないで

地元に帰ってきて姉と久しぶりに墓参りに行ってきた。いつも通り水替えをして花と線香をあげて。僕にとって墓は特別なものものではない。そこに死者の魂が宿ってるだとかそういったものは一切ないと思ってる。だからなんだか急にただの石に向かって手を合わせて頭を下げるのも変な気がした。姉は手合わせてたけど。
人間死んだら何も残らない、そこで全てが終わり。残るとすれば、かすかな記憶ぐらいだろうか。その記憶も歳をとればいずれ忘れて行く。忘れないためにも墓があるんだろうか。
僕は死んだら骨は墓に入れないで全て散骨してほしいな。死んだらそこですべて終わりならいっそのこと生きていたという記憶すらどっか空へと散らしてほしい。

なんか地元にいると何からか解放される。東京にいると常に心がしばりつけれて落ち付く暇がない。こうやってのどかな場所に身を置いた途端、言い表せないんだけど何か楽になる。やっぱりいつも力みすぎなのかなと思ってしまった。ここ数年色々と毎日のように難しいことや余計なことばっかり考えてるけど、何も考えないで考えないでそのままありのまま身を任せて生きたほうが楽なのかもしれない。無駄な抵抗はせず現状をすべて受け入れ、生きていたほうが楽なのかもしれない。そのほうがシンプルに生きることができるかもしれない。
淡々と毎日過ごしてきたが、これからも今まで通り淡々と過ごす日々が続いていくんだろうか。人生なんて、いきることなんて所詮そんなもんだろうか。
そう思いながらも現状に納得いかない自分がいるわけで色々考えてやっぱり力んでしまう。実際は僕が考えてるよりも生きることなんてもっとシンプルでこんなもんかぁ程度のはず。けど心の奥底深く眠る得体のしれないコンプレックス的なものがそうさせるのだろうか、何かこの先素晴らしいものがあるのではないかと変な期待をしてる勘違い君状態かもしれない。色々ごっちゃになってループして結局生きることを難しくしてる。力まないで生きたいけど、今は悩み苦しんでいいのかもしれない。まだまだ若いのかな

今充実してるんですか

酒飲んでも、エロ動画見ても、パソコンで暇つぶしても、何やってもなーんも心が満たされることがない。日常生活何の刺激もなく、淡々と過ぎていくこの日々はいったい何なんだろうか。やばい。このままだとほんと心が枯れて行きそうだ。数年前まであったはずのわくわく感みたいなものっていったいどこ行ったんだろ。朝の電車の中は相変わらずすし詰め状態。生気が感じられない人間たちでいっぱい。この人たち生きてて楽しいのかな。
楽しそうな人たちを見かけると「ああ、この人たち生きてるんだな」って感じる。街ゆくカップルやら家族連れやら友達同士の集団やら。ごく変哲もないその光景だけど、それがやけにうらやましく思える。
孤独というのは精神に良くないな。かといって社交性がない人間にとっては孤独から抜け出す勇気が必要だが、その勇気もなく、やはり今の居心地がいいのか抜け出せない。
将来のことが不安だがそれ以上に今を生きてる気がしないことに不安を感じる。今を積み重ねなけりゃいい明日も明後日もいいと思える日は来ないだろう。今に足跡を打ち付けなけりゃ先は何も残らない。この調子ならやっぱ早死にした方ががましだろうと思えるな。うん、どうすればいいのかワカラネ

今日ボーナスが入った。初めて知ったけど、所得税だけだと思ったら社会保険料もちゃっかり惹かれるんだな。なんか年々保険率が上がってあがっていく年金を払うのもなんだかばかばかしくなってくるな。どう見たって世代間格差がひどすぎる。マジで明るい未来が見えてこないわ。
額面的には大した額ではないけど、問題はこのボーナスを全部貯金に回そうか、それともこの金でカメラを買おうかすごく迷ってる。1ヵ月で10万円前後ペースで貯金してるのだけども、ここで貯めるのは結構デカイ。数年後の自分への投資費用として取っておいた方が賢明なのは間違いないのだが、けどカメラほしい・・・ジレンマや


今年も茶番劇

就職情報サイト「マイナビ」の広告で、少女の写真を幼少から現在まで並べた広告がかわいい件

先日の日記で言っていたのがこれなんだけど、改めて見るとやっぱり持ってる人は持ってるんだなぁと。やっぱり遺伝子レベルから違うんだろうか、イケメンやら可愛い子はその時点で普通の人よりも秀でてるからなおさら。マジで格差社会だわ。なんだか折角の休日なのに昼間からすごく憂鬱な気分になってしまった。

さて、今日から12月。恐ろしくも2012年もあと一カ月。日が落ちるのもすっかり早くなってしまって街を歩けばもう冬の臭いがするわけだ。夕方から図書館に行ってきたけど土曜日だからなのかやけに人が多かった。それにしても休日に飲むビールは最高にうまい。今でこそ少し金銭に余裕を持ててるけど、去年の今頃はまだ就職先は決まっておらず、更には資金が底をついて、深夜のアルバイトに精をだしながら卒論に追われていた時期だったけ。けどなんだかんだ言って結構充実してたと思う。
それはいいとしてようやく就職活動が解禁となったらしいね。さぁ、ショータイムの時間だ。今年も働くことに夢見る学生たちの希望がどんだけ絶望に変わることやらw同じ黒いスーツを身にまとい、何に引き寄せられているのか、皆同じ方向にぞろぞろと歩いていく光景がが浮かんでくるな。
リクナビやらマイナビの恩恵はだいぶ受けてるけど所詮向こうもビジネスだし、各企業の採用ページ見ても所詮広告なので表面上は都合のいい事しか書いていない。大人たちは平気でうそをつくし、学生たちに夢見させるような言葉やきれいごとで煽ってくる。あほな人はそんな言葉を真に受けて感動しちゃうからな。
それに誰にでも門戸が開かれているように見えても実際学歴フィルターやらは存在するわけで公平なんてありえない。一斉スタートなんてのも見せかけすでにインターンやらコネやらで実質決まってるも同然の学生もいるはず(ごく一部だけど)。
思うけど就職活動は大半は運だと思ってる。そしてなるようにしかならないのよ。そして運良く就職できても本当の地獄はそれからで、この先何十年も労働という過酷なレースをし続けなければならない。それにストレスやらプレッシャーが待ち構えてるぜ。
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