失うものなどない もう少し若ければな。

今日で8月も終わり。この一カ月長かったのか短かったのかよくワカラネ。とりあえず生きた心地のしなかった一ヶ月であったことは間違いない。俺の夏は消えた!仕事とともに消えた!死にたひ
明日から時間が出勤時間が変更になるので何もなければいつもよりはいつもより早く帰れる。ああ職場に行きたくねぇ

今日はいつもよりも早く帰ってこれた。金曜だからか、帰りの電車は寿司詰め状態。まじで東京ファッキンだわ。こんな人口密度高けりゃ首都圏で大地震来たらみな死ぬだろうに。
さて、テレビつけるとちょうど見たかった高校生クイズがやってた。すでに開成と船橋の一騎打ちの場面だったけどホントパネエェwとしか言いようがない。思考回路が完全に違うんだろうな。テレビに出てるのはあくまで「ごく一部」の優秀な頭脳を持った人たち。俺が知らないだけで、世の中優秀な奴はいっぱいいるんだろうな。

エンディング見ていてて思った。10代は失うものがないと改めて思う。やはり若さは大事だ。なんで彼ら彼女らはあんなに元気なのだろうか。あのフレッシュさ、アグレッシブさは今の大人たちが見習うべきものである。もちろん今の俺にはあんなテンションについて行ける気力はない。
俺より年上の人はまだ20代だろ!とか言ってくれそうだけどもう20代の半ばに入りかけ。できて当たり前、知ってて当たり前、要求されるレベルが高くなる。なんか失敗すると後ろめたさが年々増してる。それでもまだまだ失うものはないんだろう。しかし10代と20代の壁がでかすぎる。やはり吸収力やら「感覚」は10代の時のほうがっ鋭いと思う。よく、「何か始める事に年齢は関係ない」というが、何始めるにもやはりできるだけ若くなきゃだめだ。10代の人間と20代の人間比べたら酷だがやはり違うんだな。
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落ち付かない

結局また計画通りに過ごさなかった。準備はしたがいざ動こうとすると気が重くなり「やっぱめんどくせぇ」。ベッドの上で寝転がりながらテレビを見たり、空を眺めたり、パソコンをやったりと。結局ほぼいつも通りのひっきーだ状態だよ。夕方からドラゴン桜とGTOの再放送がやってたので見てたけどめちゃくちゃ面白かった。単に学園物が好きというものもあるが。やっぱ阿部寛ってかっこいいし迫力あるなぁ。それと制服姿の長澤まさみがかわいいガッキーが可愛いそして若い。2005年の作品だから二人とも撮影時はまだまだぴちぴちの10代なんだよな。10代と20代の壁は本当にでかいなと改めて思う。

さて、8月も明日で終わり。この一カ月間、先週実家にも戻ったぐらいでそれ以外は全く外に出てない。職場にいない分、嫌なことを何も考えないで過ごしてたつもりだけど実際は考え事ばっかりしてた。結局頭の中をるグルと巡ってあああとなって、その繰り返し。体は休まってるのだが心が落ち着かない。起きてる間は常に何か考え事をしてる。なんと表現したらいいのか、いろんな不安が混じりあって落ちず数、精神的に浮き沈みが激しい。この先どうなってしまうんだろうか。とにかく生きてて楽しいことがないし感じられない。
やっぱりさ、普通に生きることができなさそうだ。不安が自分の心を醜くしていく。

家でゆっくり飲むのが一番です

最近毎日のようにファミマのから揚げ弁当を食べてる。弁当はセブン派だけどから揚げ弁当だけはファミマのほうがうまい。ちなみにレジ前にあるから揚げはセブンのほうがうまいけど。毎度同じ時間帯、同じような格好をしたやつが来るわけだから店員も「また来たよw」って思ってるだろうな。
よくも飽きずに食べるなあと思う一方こんなもんばかり食べてて体に悪いなとも思うわけで。バランス良く食事を取ろうとすると相当金がかかる。野菜なんかも高い。金のない人間は食えるものが限られるので、より不健康な食事をとらざるを得なくなるという悪循環。野菜ジュースって効果あるのかね。

さあ、明日からようやく待ち望んでた休日。やっと自分の時間を過ごせると思うとすごくほっとする。この2日間ある程度どう過ごそうかなと考えてるけど、いざ朝が来ると疲れと面倒くささで体が動かないパターンになるだろう。おそらく予定変更で一日家でぼーっと過ごしそう。とりあえず久々に留年して未だ大学生やってる友達電話して屋台街で飲もうぜと誘うも予定合わず。クッ
自分はアウトドア派だと思っていたけどやっぱりインドア派だったんだろうか。結局ぼっちはできることが限られる。それは学生の頃から全く変わってないという。グループやら楽しいオーラを放ってる人がたくさんいる場所にはとにかく行きたくない。死にたい症候群が再発してしまうのだ。去年の冬にビールのイベント行ったわけだ。もちろんそんなのに行きたがる人は周りにいなかったわけで一人で行ったのだけれども、会場内はグループでワイワイしてる人たちやカップルばかりで(もちろんぼっちの人もいいたよ)あまりに俺の存在が場違いだった。ビール自体はうまかったし相当酔っぱらったんだけど。そのあとすぐそこが浅草だったので酔ったそのままの状態でぷらっと散歩してきたら、これまたリア充やら家族連れやら楽しそうにしている人たちばかりで、ぼっちの俺は相当な絶望感を感じてしまってとっとと家に帰ってきたという苦い経験がある。酒が入ってるとこう気持ちがふわふわする一方、何かあった時の心の冷め具合も半端ない。ジェット機並みのスピートで心が凍りついてしまう。もう行ったん冷めてしまったらあとは絶望タイムが待ち構えてるのだ。
やはり「酒の場」やら「楽しい場」に一生なじめないんだろうな。そういえば来月会社で飲み会があるらしい。行きたくなくて憂鬱なんだけど。酒は家でゆっくり飲むのが一番だ。リラックスできない状態で飲む酒ほどまずいものはない。
いったいみんな何が楽しくて生きてるんだろうか。というのか何を楽しんで生きてるだろうか。

心のうんくぉ

いつも訪問してくれる方々、そしてコメントしてくれる方々ありがとうございます。何が面白くて来てんくれるのかわからない(ただ単に訪問形跡が残ってるというだけのことなのかもしれない)けど、感謝してます。自分はコメントしてもらってばかりで逆にあまりコメントしないというウンコ野郎ですがお許しください。

今僕が求めてるのはその人の本音、建前などいらないんです。僕にとって飾りの言葉は不必要でただ単にまっすぐな心の底からの言葉がほしい。
正直顔も声も性格も考えも、何もかも知らない相手に対して自分の思っていること、感情をぶつけるということは非常に勇気のいることなんですよ。相手がどう受け取るのか分からないわけだし、激怒するかもしれない。正直2chみたいにボロカスに言われるのは内心傷つくけど、それでも自分の意見に対して何かしら反応が返ってくるのはうれしいことで。
あくまでモニター越しにいるのは仮想の人間じゃなく、実在の人間なんです。僕らはネットという媒体を使ってコミュニケーションをしているだけにすぎません。ブログで好き放題自分の考え、日常を書いてるけど、同時に人とのコミュニケーションの場でもあるわけで。なのでもし何かあればあまり遠慮せず気軽にお願いします。気軽さを目指しているわけです。僕自身の考えを否定してもかまいません。それは受け取る側にとったら納得いかない事も多々あるだろし、見知らぬ僕という人間に対してでも、どこか気を使ってほしくない。と言っても気にするのが人間?日本人なわけで。

さて今日は今月末で退職する人(50代くらいかな?)の人の送別会をしてきた。若い人だけ6人くらいでやったのだけども。まあ飲んだ飲んだ。ジョッキで5,6杯は飲んだだろうか。久々に大量にアルコールが入ったので胃もビックリだったわ。書いている今ですらまだ酔ってる。そして僕はあまり語らずただ笑うだけ。まあ酒も入ったことだし現実の話をちょくちょく聞いたけどやはり給与・待遇面期待できない。申し訳ないが退職する方に最後代金を出してもらったのでけれども、若い僕らをだいぶ心配してたな。みんな酒が入ってたので本音出てた。結構生活がきっつきつらしい。僕はまだ独身だからいいけど結婚してる人はほんと給料安くてギリギリだと。そして教育係の年下の先輩の基本給が僕よりも少なかったこと。僕より仕事できるのにこの現実。やっぱり年功序列、学歴主義的な思想は未だに残ってるのだ。理不尽だなと内心思ってたけど。

今の時代、大学生でもなくていいんじゃね?という求人すら大卒を要求する企業が増えてるわけで(おそらく)。昔で言う高卒の職が大卒に引き上げられてる。隣にいた40代の人と当時の就職市場について聞いたのだが(その人は専門出だけど)バブルが崩壊した数年後といえど明らかに今よりも求人はあったそうだ。(企業から来てくれ状態)今は求人だって昔より減ってるだろう。そして僕の年は大震災の影響で採用打ち切り・もしくは採用人数を減らした企業が多かった。おまけに日程はだいぶずれ込んだいし。まあその中でも就職先を見つけた人間たちがいるのは事実なのだがどうも年によってかなりばらつきがあるし、時代のせいにせざるを得ないところももちろん出てくる。まあ、僕なんて一昔前であれば高卒の身分だ。ただ高校生だった当時、行きたい会社が最低限大卒であることが条件だったっていうだけで大学に進んだようなウンコ野郎だ。まあ能力がないわけだから企業側としても魅力には映らないだろう。ただ、自己責任を押し付けるのはいくらでも簡単である。今の時代、産業も変化してるし雇用数が減ってるのは事実でその上学歴も引き上げられてる。社会に余裕がなく、個人の力量でどうしようもできない事ばかりだ。それは分かってもらいたい。
どんな競争で勝敗はあるわけで負ける人間は必ず出てくる。今の日本じゃ負けたらクソみたいにたたかれるわけで、なおかつ一旦レールから踏み外れたらその時点で終わりだ。社会の常識・レールに沿った人間以外は容赦なく切り捨てられるわけである。それが世間の常識になってる。
こういうのも偏見かもしれないが新卒時にある程度いい会社に入らない限りこの日本ではいい待遇を得られることはできない。無能・凡人にとってチャンスはその時くらいだろう。転職するより確率的にも労力的にも少なくて済むはず。新卒という切符はとても貴重なのだ。これから就職活動する人たちへ、現実は残酷なのだよ。ハロワの求人なんて所詮クソしかないわけだ。貴重な新卒を捨て、特にこれといった能力もなく、迷走し続ける僕はクソだ。自分を磨くことを怠ってきたので自業自得ではある。こんな人間に明るい見通しなど立てられるはずがない。
世間一般の暮らしがしたいのならば何としてでもはいつくばるしかない。でも会社に入った後のことは知らない。就職活動中もつらいが入ってからもつらい。

会社辞めたい。でも辞めても次どうするか。ただ残っても先がない。前も辞めた時もそんな事思ってたっけ(笑い)ホント、普通の人間の生活すらできないで一生を終えることになるのがより一層現実味を帯びてきた。
昭和を生きてきた人間の言うことなどその時代に通用したことであって今の時代は通用しない。第一何が起こるかすらわからないわけだ。僕たちはいつ崩壊してもおかしくない時代を生きているわけだ。
もう何かに期待するのは止めよう。そして言う、自分の生きたいように生きたい。どうせ早かれ遅かれ、この世に生まれてきた時点で早かれ遅かれ死ぬのは分かってるから。とりあえずうんこ

生きる世界が違う

こんなことを言うのもなんだが今のその人を知りたいとはあまり思わず、その人が生きて生きた背景のほうが非常に気になって仕方ない。変わり者なんだろうか。

先ほど情熱大陸を見ていた。今回はヴァイオリニストを取り上げていたが、ただただ「すげぇな」と。2個上なのにこんなにすごい人が世の中にいて、海外で頑張ってるんだなと。こういう人たちは才能をはもちろん小さいころからかなりの特訓をしてきたのだろう。恵まれた家庭で育ったに違いはないだろうが。
高校生の時はあまり思わなかったが、大学に入って世界が広がった瞬間自分の小ささにようやく気が付き、世の中に出てから自分があまりにもウンコ野郎だということを思い知らされたわけだ。世の中にはすごい人がいっぱいいる。どの分野にもとんでもない化け物がいる。
僕は24にもなってはひいひい言いながら毎日何かを吸い取られるようにただ生きている。仕事を辞めてぇと愚痴を吐き捨てるばかりだ。ただ無駄にやってくる日々をたんたんとやり過ごすだけ。特に目指すものもない。希望などなくて、ただただ絶望で覆い尽くされる毎日だ。高校卒業して働いてる人間のほうが僕より仕事ができるだろう。無駄に年だけとって無能な自分とは一体なんぞや。自我というべきか何というべきかわからないが、「自分」というものの土台が全く出来上がってない。ただのチンカスだ。
あたり前だが凡人のほうが多い。僕のような超凡人以下の人間だっていくらでもいる。トップ目指す、その世界に君臨する人間たちのマインドは僕の想像する以上にすごいんだろう。
否定してもしょうがないが自分の生きてきた24年間とは一体何だったんだろうと思う。何を積み上げてきたのだろうか。これだ!というものもなく、特別人格者でもない。自分が嫌いではないがやはり自分に自信を持てるわけでもない。自分を肯定してくれる人もいないわけで。結局ループして否定するに至る。
まあ頑張るもの別に仕事でなくたっていいけどな。仕事のほうが規模が大きいしやりがいはあるんだろうけど。自分の好きなこと・やりたい事を仕事にできたらどんなに幸せだろうか。でも好きなものとかやりたいとか特にないのが現状。仮にそれで飯を食っていけるかという現実の壁。


それにしても今日も精神すり減らしてきた。ああ、仕事事辞めてぇ
あと2日・・・あと2日・・・

地球より俺の心を救え

外国人も驚く日本テレビの糞チャリティ番組である24時間テレビ 海外ではノーギャラなのに日本では2億円以上のギャラが芸能人達にばらまかれる現実

気付けば24時間テレビか。もう8月も終わりに近づいてるんだな。毎年この偽善番組の裏側ではパラダイスTVの「24時間テレビ エロは地球を救う」がやってる。地上波では放送できないのが残念だけど、お涙ちょうだいの企画ばかりの本家24時間テレビよりも素晴らしい企画でいっぱいだ。少子化の日本にとって愛も大事だがエロのほうが救えるんじゃないかと思う。なんかなぁ、正統派よりも技巧派のほうがこの先の時代生きていける気がする

ああ、あと3日・・・・あと3日我慢すれば休みだ。給料以上に休みを激しく求めてる。マジで対人ストレスが半端ない。とにかく職場にいたくないのだ。相手に気を遣いすぎて相手との距離感が全く分からん。下っ端でただでさえ肩身が狭いのに居場所がないとなると・・・・。どうすりゃいいんだよ。一人でいるわけにもいかず、誰かについて行ってもさしてしゃべることも、話題もない。気だけが擦り減っていくという悪循環。おそらくどの会社に行っても同じ状況になるんだろうな。よく先輩社員に可愛がられろとか行くけどさ、特に愛想がいいわけでもなくキャラ的にも可愛がられることはないだろうな。
さて、昨日は給料日だったけど残業代は翌月払いのため手取りが思った以上に少なかったな。ハロワの助成金の関係上7月終わりの入社になったため、2か月分の社会保険料が引かれてるという。その額約6万5千円ほど。高すぎワロタ
厚生年民保険率も平成29年まで毎年0.354%ずつ引き上げられるということで、今年度は16.766%、最終的に18.3%になるらしい。けど29年以降も確実に引き上げられるだろうから負担は増えていくのは避けられない。給料の2/3は家賃・生活費・その他に消えるので残りはほんのわずか。10月からは奨学金の返済、来年からは住民税(区民税)が発生するわけだから憂鬱さが半端ない。

もう休日や給料は餌だ。その餌のために自分を押し殺して、憂鬱な職場に行き、淡々と仕事をこなすのだ。ただし仕事と言う仕事とはしていないが。毎日果てしなく長い絞首刑台に登ってるような気分だろう。夏の空はあんあんに青く澄み切ってるのに、僕の心だけは黒くよどんでる。辞めたい感MAXだ。
いくら愚痴をいたっところで絶望の朝はやってくる。鳥になりたい

夏の空に吸い込まれたい

久々にskypeで高校の友人と話した。熱闘甲子園見た直後に、いかに2006年の熱闘甲子園編集が素晴らしかったか力説してあげた。その後にアメトークで富士山芸人やってるのみて去年の思い出話ししながら見てたわけだ。天候が悪かったので本当に登った気がしないよなと。
あんま毎日のようにしゃべるとネタがなくなるのでたまに話す程度がちょうどいい。こっちは酒飲んで酔ってるから一方的に?言いたい放題言ってたけど、まあいつものやり取りだな。
今の現状、職場の人間以外の関わりが一切いわけで、言いたいことも言えないわけで。地元に戻って「仕事しんどいわー」言っても「何言ってんの!」「頑張りなさいよ」と一掃されるのでその先の愚痴を言おうとも話をまともに聞いてもらえないのだ。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ・・・。やはり上辺だけでなく、どんなクソな愚痴だろうが下ネタだろうが真面目なことだろうが自分の思ってることを遠慮なく言える相手がいるといのはやはり救いだ。結構過激なことも言うが、ここまで話せるようになったのはやはり積み上げてきた関係のおかげだろう。もう新しい交友関係を築こう思ってもそこまでに至るプロセスがめんどくさくなるんだろうな。だから友達できないんだろう。高校の時ぐらいまでは、皆いつも同じ空間にいるからちょっとしたきっかけですぐ仲良くなれるだろうけど。人間関係なんて大概偶然で、いつもふとした小さなきっかけから生まれるもんじゃないのかな。ただ、職場以外で、何かの共同体に属してるわけでもなく、自分からどこかに飛びこむわけでもないのでそのきっかけすらないのだけれども。
とりあえず話し聞いてもらえればいい。その逆もしかり。よく男は議論したがる、結論を出したがる。で、女は話を共感してもらいたがる。僕は今その半々くらいだろうな。

さて、隣の家に枯れ葉が落ちてどうにかしてほしいということで、朝っぱらからひたすら木を切ってた。炎天下の中なんでこんな汗だくになって作業してるんだろうかとふとウンコな気分だったわ。セっ買うの休日なのにまるで仕事かよ。それにしてもホントいい青空だった。なんかそのまま空に吸い込まれたかったな。
サンダルを新しく買い、便箋を買い、また東京に戻ってきた。よく考えたら大学1年の時に買ったサンダルを5年間は木つぶしてたんだね。さすがに姉からも汚い言われたけど。相変わらず駅の人の多さには参るわ。明日からまたクソな仕事が始まるのか。

アスぺ

三週間ぶりに地元に戻った。電車から見ると田んぼが見え、山に囲まれて、東京と違って緑で溢れていてなんだか落ち着く。ゴミのような人ごみも嘘のように、駅前はのんびりとしてる。衰退の一途をたどってる駅前だけど。東京もごちゃごちゃしてるけど、ちょっと高いところから見るとある程度遠くまで見渡せるんだよね。ああ、関東平野って本当にでかいんだなって改めて思う。青い空、白い雲、その下にずらっと並んだ建物の景色は案外嫌いじゃない。景色だけね。
土地の件は昨日義理父と姉とで話し合いに行ったらしくその報告を聞いた。なんとか話は進みどうなのだが、隣人のいじきたなさが今回の件で露呈したかな。ホントどいつもこいつも汚い。消えてしまえばいいのに。
そして実家へ戻り姉とベランダの荷物の片づけ。ほとんどのゴミは衣類ばっかし。家の水道も気付けば全部茶色く濁ってる水しか出てこない。家族6人で住んでたはずの家がもう誰も住んでないとか、時は非常に残酷だ。いずれは皆こうなって行くんだろうかね。今日の用件が済んだのであとはばあちゃんちでのんびりテレビ見ながらパソコンをやってた。このだらっとした時間を過ごすのがたまらなく気持ちがいい。あの窮屈なアパートと比べたら最高だろう。

アスペ(発達障害)急増中 その理由 「人と目を合わせない」

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閾値越えててワロタw僕自身アスぺではないだろうけど、このコミュ障ぷりは異常だと思うわ。初対面でも緊張しないで普通に楽しく会話できる人とか超人すぎだろ。他人と目を合わせるのはいいけど、意識が目に行ってる分、全然集中できなくなる。あと最近他人が言うことが理解できないことが多々あって困る。なんか違うニュアンスで捉えちゃってるんだろうか、もうね、ものすごくコミュニケーションに対して敏感になってるからしんどくなるわ
他人への関心もなければ次から次へと発せられる言葉への対応もできず、話題があっても全然広げられるずにその話題終了。そして次の話題も出てこない。僕が家の中でぬくぬくしてる間にも世の中の人間たちは交友関係を増やしつつ人生楽しんでいるんだろうな。もうね、このまま人生も終了してくれたらどんなに楽なんだろうか。

落ちつける時間がほしい

先日ネットの友達に最近ダークな日記ばかり書いてるよね的なこと言われたが、確かにそうだろう。昔に比べたらあまり楽しい話題がない。4月に入ってがらりと変わったのは自分でも認識してる。ネタもさしてないってのもあるけど、それだけ精神的に余裕がないのは確か。そして文章だとどうしてもニュアンスの受け取り方が難しい。極端に重く受け取られたり本気で心配されることもあるが、案外書いてる本人はケロッ☆としてたりするんだけどね。脳内の事をただ淡々と書きしるしてるだけなので同じことを口で喋ったら別に普通な感じである。子のブログの大概は本音だがやはり書けないこともあるわけで(ネットで公開してる以上はあまり過激なことは書けない)昨日も書いたけどやっぱ文章って難しいんだよな。

さて、明日明後日と休日なのに実家に戻らねばらなない。隣から買った土地の件の続きと家の片づけ。姉に色々とやってもらってる分申し訳ないが、正直どこにも出かけず家でのんびりしてたい。何も考えず一日だらっと過ごしたい。他人といる時間が長いせいかやっぱり心が落ち着く一人の時間がほしいのだ。昔からそうだけどみんなでワイワイしたり行動するよりは一人でのんびりする時間が好きだった。今もそんな感じだろう。一人ですることなんてだいぶ限られてるので、ふとした瞬間に妙に寂しくなる。けどそれでも一人がいい。一人にならざるを得ない。積極的かつ社交的な性格でないので今まで振り返ってみても交友関係はそんな広がってない。なんだかこの歳になっても色々なことに対しての経験値が低い。そこから劣等感と根暗な性格からだろうか知らない人と話すのやっぱり怖い。それに気が許せる人が近辺にはいない分、なおさら自分の殻に閉じこもりがちだ。
帰り際、電車内でリーマンやらOLの楽しそうな会話があちらこちらから耳にはいてくるが僕はこの人たちのような楽しそうな人間にはなれないと内心思いながら吊革につかまってゆられてる。もう同じ日本人なのに全くの別人種だろう。彼らが表で生きているなら僕はある意味社会の裏側の部分で生きてる。そんな気がしてならない

返事

今日はいつもより1時間ばっかし早く帰ってこれた。おかげでスーパーにもぎりぎり立ち寄れることもできたし結構満足してる。しかしながら駅はいつもと同じように込み合ってる。ほんとクソな街だなと思いつつ、色々な人間がいて見ていてわくわくする。可愛い子もいっぱいいるし。でも、たくさん人がいる中で自分の存在というものがこの人ごみの中に埋もれていているような気がして怖い。実際埋もれてるけど。自分の存在は何なんだろうと言う虚無感もある。とりあえず騒がしいこの東京という街は性に合わないんだろうな。ケッ
さて、毎日ポストを確認しているのだが、今日家に帰ってくると手紙が届いてた。キター(゜∀゜)。なんだかすごくニヤけてしまったがwお盆の頃届いただろうか、まさかこんなに早く返事が来るとは思わなかったので驚きなんだよね。やはり直筆はいいなと思う。なんだか少し元気が出てきたような気がする。まあ、文量としてはこんな感じなのかと大体の基準がなんとなくわかった。やはり話題を短く設定したことが良かったかな。やはり話を全部をいっぺんに書いては駄目で、長々と書くことで愚だるのだけは避けたいし、おそらく相手もわかってるはず。
適度に話題を振りつつも自分の書きたいことを限られた量で書こうとするのはほんと難しい。中身が薄くなってしまうかもしれないけどそこはやり取りの回数でカバーするしかないな。それにいっぺんに書いたらつまらない。やはり続きを持たせるというのが大事なことなのだろか。言うならばいいところで次週に続くドラマの様な感じだろうね。
普通に喋る話分には一つの話題に集中できる。そんでその話題が終われば次の話題に進めるけど、手紙やメールは2、3個話題が同時進行するなんてことが多々あるので難しいとこなんだよね。文字だけの世界は難しい。

楽しいことなどない

新卒2年目だけど大学卒業以降、学生生活終わってからってまじで人生楽しいことないな・・死に隊。

大学時代がクッソ楽しかったかといえばそんなことはなく、日々輝いていたと思うのはのは大学1年の頃だけ。その後は毎日はただ時間が過ぎていくだけの単調な毎日。断片的に面白いことがあったので今ではその思い出のかけらを集めて過去を美化してるだけにすぎないんだよね。けど今は更に単調、ド単調な毎日である。4月から面白いことがあったかと言われたら何もないと即答できる。
昨日機械のトラブルでかなり大変な作業をしていて油まみれになった。試用期間中なので先に帰れたけど他の人たちはおそらく徹夜での作業なんだろうな。はぁ・・・とんでもないところに来ちまったぜ。作業中冷静に思ったがこの仕事って所謂3K(きつい汚い危険)だなと。その割に給料クッソ安いんじゃね?って事に気付いてしまった。3Kだから安いのか。それに会社というか業界自体の古臭い体質。俺もこうやって教わったからお前もこうしろ的な(特に年配の人)。なんてクソなんだ。実際最初思っていた仕事とかなりイメージと偉くかけ離れててこんなに大変だとは全く思ってなかったが、最初の就職の時のように仕事というものに何か期待をしていなかった分ましなのだろうか。とりあえず毎日辞めたいと思いながら、そして疲れきった顔で電車に揺られ職場まで汗だくになって歩きのがつらいわw
プライベートで楽しいことがあればいいけど、コミュ障にとって新しい交友関係を築くのはかなりきついものなので一人でできることはたくさんあるがやはり限られてくるんだよな。何か共有できないというのはやはり寂しもんで。(職場の人間とはプライベートまでかかわりたくない)人付き合いがうまい人やら人見知りを全くしない人、飲み会大好きな人ってそれだけで人生楽しめるんじゃないのかね。普通の人と比べ何か感情的にも性格的にも欠陥があるのでどうしたらいいかわからん\(^o^)/
とりあえず「金」はないと困るけど「自由」もほしいし「愛」もほしい。普通に生きていたら生活に困らないだけの金と愛はあって自由はないだろうが、今の僕にとってこの3つともない。何が楽しくて生きてるんだろうかねぇ、ケッ
唯一家に帰ってきてビールもどきを飲みながらコンビニ弁当食う瞬間だけが今の生活の癒しなんだろう。

ヘトロペトロ

危うく終電に乗り遅れそうだった。試用期間なんだから早く帰らせろや。特ににやることもなくなかなか解決しない誰かの作業が終わるのをずっと待ってただけだった。作業が終わらなかった場合徹夜もあるってけど絶対体持たないって。もうほんと毎日サウナに入ってる様な状態でしんどいんどい。ほんとしんどい。水分がここまでるけると力が入らないし脱力感が半端ない。
日付が変わってると言うの今日も社畜共で電車はにぎわっている。実際みんな死んだような顔をしてるけど。もう当り前の光景になってしまってきているけど本来ならば異常な光景であることを認識しておかなければならない。働きすぎなのか働かされすぎなのか・・・・。残業したって暮らしは豊かにならないのにな。微々たる金よりも時間がほしいだろ普通。帰りもコンビニしかやっていないので仕事の日はもうコンビニ弁当続き。スーパーには休みの日にしか行けないというつらさ。
はっきり言おう。辞めたいです!本当体力的ににつらいわ。安っすい給料のために体力精神ともにすり減らすのがばかばかしい。周りからクソと呼ばれようが根性無しと呼ばれようがもうどうでもいい。でもこんな職にしか就けない自分が悪いんだけどね。まあ辞めたところで次は本当に路頭に迷うのは確実なのでそうはいっても辞められないという現実。体も心もへとへと、プライベートは特に充実しているわけでもなく楽しいこともなく。いったい何が楽しくてこの世に生きてるんだろうか。いつになったら早く死ねるんだよ!とタダ願うばかりである。それにしても楽しそうにしてる人を見るのがつらい。某SNSでは友人たちはリア充な記事やら写真ばかり投稿する。なんでそんなに楽しそうなのか、なんでそんなエンジョイできるのか、非リア充にとっては一生理解しがたい。そして気付けば嫉妬心。こんな人間がリア充になることはない。根本的に脳のつくりが違うんだろう。

なぜ無駄な時間を過ごしたんだろうか

この3日間部屋に引きこもり状態で結局どこにも行かずにオワタ。オワタ・・・・朝から冷房のきいた部屋でのんびりテレビ見たりパソコンやり外に出たといえば唯一スーパーに買い物に行ったぐらい。外に出かけたいと思うけど暑いし体が動こうとしない。時間の使い方が非常に下手なのか、やはりあらかじめ予定を立てておかないと動けない性格らしい。外に出るのもおっくうな性格なのだが、もともと人の目が怖いってのもある。まあそこまで気にすることじゃないけどなんか気になるんだよね。折角の3連休なのに、折角の夏休みなのに無駄に時間だけ消費してしまったのだ。ただのチンカスだ。
結局東京なんてどこに行っても人でいっぱいだし、自然の中へ行くにしろ東京からじゃちと遠すぎる。もう今年の8月は死んだも同然だ。なので給料にもよるけど9月に連休とって遠出しようと思う。昨日映画の「世界の中心で、愛を叫ぶ」を久しぶりに見たのだけれども、こんな素敵な場所がまだあるのかと思ってしまった。ロケ地である香川(愛媛)もいいなと、一度高知の四万十川にも行ってみたい。この世には、素晴らしい景色が待ってるはずなのだが、限られすぎた時間のせいでその景色を見ることなく一生を終えてしまうのだろうか。
明日からまた憂鬱な日々が始まる。仕事って言ってもなんもやってないただの給料泥棒だが職場へ行きたくないわ。

投函

「僕から書きます」と言って早2週間。下手な字ではあるがようやく手紙を書き終えてて郵便ポストに投函してきた。特定の相手に向けて何かを書くという事、そしてどんな相手かも知らない人に自分を知ってもらうというのは非常に難しい。最初なので自己紹介を書いたつもりが、いつの間にかだらだらと書き連ねて非常に見苦しい文章になってた。なので、自己紹介といってもごく一部に絞り10あるうちの1か2ぐらいしか書いてない。結局のところ、一番大事なのは読みやすさとリズムかなと改めて思った。読み手が読みにくい文章ではいくら力を入れて書いても駄作だ。ブログでも通じるところで、自己満足で書くときはいいけど他人に何かを訴えたいときはやはり読み手の事を考えて書かなきゃ駄目だななと。文章表現の難しさが改めてよくわかった。
手紙を書き終え封筒に入れる。なんか新鮮な気持ちだったな。相手は手紙が来ているか、ポストを開ける瞬間を楽しみに待っているんだろう。そう思うとこちらも楽しみだ。
携帯なんかない時代こういった手間と時間が懸かることをやっていたんだな。今の時代からしたら古風だがそれがまたいいのだ。

職場では相変わらず状態。やはり僕はおじさんと言うか年配の人と馬が合うみたいで、逆に年が近い人いたちとは合わない。そもそも共通の話題もないので、さして会話も弾まない。それに僕自身おとなしいオーラを出しているのだろうか、受け答えがそっけないのか、話しにくいのだろうか。きっと絡みづらいと思っているんだろうな。若いだけあって相手がどんな感じなのかすぐ分かるんだろう。
さて、明日から3連休をとった。当初地元へ戻るつもりでいたけど結局よそうかと思う。墓参りにも行かないなんてどうかと思うが、地元に戻っても特にすることないし、どうせいるならこっちでもいいんじゃないかと。高校の友人たちはキャンプをやるそうだ。僕は一体何をしているんだろうか。
家にいないで電車に揺られて遠出するのが一番だけどどこへ行こうか。2年前のように夏の北海道を駆け抜けたい。

その人のつらさはその人にしかわかりません。

今日は東京湾の花火大会だったらしい。近所のマンションから打ち上がるごとに聞こえる人々の歓声。多くの人たちは夜空に舞う花火に見入っていただろう。その中で僕たちはせっせとお仕事。作業の合間を見て僕も花火に見とれていたが思ったよ。こんな日に何ししているんだろうか・・・と。

仕事終わる。電車に揺られる。家に帰る。街ゆく人はなんであんなに楽しそうなのか全く分からない。え、なんでなの?自分はどうだろうか。生きているのが全く楽しくない。楽しいことがないんじゃなくて、何もかも楽しく感じない。センサーがぶっ壊れているのだろうか、心が圧倒的な冷め方をしているのだろうか。もう廃人状態でほんと早く死にたくて仕方ない。
どこで人生踏み外したのだろうか、どこでこんな人間になったんだろうか。生まれてきたことがそもそも間違いだったんだろう。
二十数年前、たった一つの卵子に辿りつきたくて精子達は旅に出た。その旅路は非常に過酷なもので、数千万~数億個もの精子達がその身を散らしてきた。死闘を繰りげ広げ、その中のたった一つが卵子の中に辿りついたのだ。そして生き残った精子が今の僕。あの頃は優秀だったのかもしれない、今はただのクソだ。なんで辿りついてしまったのだろうか。まさに悲劇だ。
もうね、人と話すのもおっくうで話題もさして浮かばない。だから自分から話しかけれらないし、話しかけられてもどうでもいいと思ってしまう。仕事の話はしたくないが、面白い話題もない。出るのは日々生きてることや世の中への愚痴ばかりだ。リアルな世界で誰とも関わりたくない。やはり一人が好きなのだろうか。いや、一人にならざるを得ないこの性格。グループやカップルや家族連れで楽しそうに歩いてる人たちを見るともうやるせない気持ちでいっぱいだ。明日に希望がなければ未来に希望などあるはずがない。待ってるのは果てしない闇、絶望だけである。まだ20代なのにここまで心が廃れてるのも珍しいものなのだろうか。

僕のつらさは僕にしかわからない。
他人のつらさは他人にかわからない。
だから僕は他人のつらさはわからない。
逆に他人は僕のつらさなど分かるはずもない。
「そのつらさ分かるよ」なんてのは軽い言葉、タダのきれい事だ。何がわかるというのだ。分かった気になっているだけなのだ。何の気休めにもならない。ただ、共感だけならできる、けど結局根の部分など分からないい。それが本音。

行ってみたいと思いませんか

今日は図書館へ行こうと思っていたが結局暑いのが嫌なのでずっとパソコンをして過ごしていた一日。夢のような2日間も終わりを迎え、明日からまた職場に行かなければならないと思うと更に憂鬱である。
さて、昨日ガイアの夜明け、先ほどワールドビジネスサテライトを見ていた。いかにも優秀そうな人たちがカメラに映るのだが結構稼いでいるだろうなーなんて視点で見てしまう。僕にはおそらくここに出てくる企業で働くというのは縁がないだろう。第一スペックも違うだろうし顔つきも違う。なんで皆あんなに凛々しい顔してるんだろうか。できそうな人っていかにもできそうな顔立ちしてるんだよな。オーラもそれなりに。まあいい意味で老けてるというのかな。まあその一方でいくらいい給料もらおうが、地位を得ようが会社勤めで面白いのかなーなんてことももうわけで。
僕は会社に勤めてる(雇われてる)限りはどんな仕事をしようがやりがいとかそういうのどうでもいいと思ってる。給料さえもらえればいい。だから自分の時間を削って我慢料として対価をもらう。本気でその仕事が好きな人にとっては失礼な意見かもしれない。だが仕事はクソだ。好きでもない仕事をすることはクソだ。
まあどんなに頑張って結局会社が儲かっても自分にその利益はさして還元されることはないし。年功序列が崩壊したとかいうけどそんなのは極一部で未だ年功序列だろう。もともとベースの給料は年齢やら勤務年数によってあらかじめ決められてるのがほとんどじゃないかと思う。まあ稼ぎのほとんどは残業代とかではないのかなと。残業ばかりしてても豊かにはなれない。だから出世しなければ安月給のまま。けど出世レースに勝たないといけない。まあ頑張ったところで結局先なんてたかが知れてるもんだ。気づけば白髪交じりで疲労でシワが深くなり、加齢臭漂うおっさんとなってるはずだ。(もしくはおぼはん)
メーカーなどの競争社会とは無縁の会社で働いてるのでよくわからないけどさ、世の中大概こんなもんなんだろうか。
まあ僕のような低能があーだこーだほざいたところで高スペックの上から目線のやつに一掃されそうだが、結局雇われの身である以上はいい給料もらおうが安月給だろうが同じ社畜に変わりはない。金はもらえるが精神的な自由はない。それが40年近くも続く・・・・ああ憂鬱だ。仕事から受けるストレス+対人関係から来るストレスというダブルパンチ。せめて前者はしょうがないとしてもだ、後者をなるべく減らしたいがそれって人間社会である以上難しいんだろうか。それにしてもバーベキューしてるリア充達が映っていたがあの楽しそうな光景を見て死にたくなったわ。自分には縁のない光景を見ると嫉妬からか更にストレスがたまる。もう他人とかどうでもいいし、どうなったっていいよ。他人からの干渉もされないもっとのびのびできる様な自然にあふれた場所に行きたい。

行かないで

昼間は暑かったのでのんびりパソコンをして、夕方駅前の街を探索しに行ってきた。平日の夕方はさすが仕事や学校帰りの人で溢れかえっている。なんて人が多いんだろうか。これから帰宅するであろう人たちの表情は皆疲れ切っていた。僕もいつもはこんな表情をしているのだろうか。逆に僕の顔はいつになくぴんぴんしていたに違いない。何かから解放されるというのはこんない気持ちがいいことなのかと。


最近気持ちの浮き沈みが激しくなりすぎてどうしようもない。沈む→戻る→沈む→戻る→以下永遠ループ。決して揚がることはない。
果たして人生何が幸せなんだろうか、何が面白くて今生きているんだろうとちょっと憂鬱な気分で考え事をしていた。テレビや、街を歩いていると、なんで皆あんなに楽しそうなんだろうかと思ってしまう。僕も同じようにこんな楽しそうな表情やら気分になれるんだろうかと。なんか他人の生き生きとした表情を見てると非常につらいものでがある。
昔からコミュニケーションに対して抵抗というか不安があったがここ数年でその不安が一気に大きくなっている。そしてコミュニケーション能力と言うべきか対人スキルと言うべきか、著しく落ちている。当たり障りのないことしか言えない。気のきいたことも言えない。話題を提供することができない。相手に失礼ないようにとどこか押さえつけられている部分はあるにしろあまりにもひどい。本来コミュニケーションをするうえであまり難しく考えることはなく、言葉も反射的に出てくるものだろう。僕の場合それができていないような気がする、。
当り前だが有益な会話(楽しい会話)ができなければ避けられるのは当然。一緒にいても楽しくない、話しててもつまらない奴と仲良くなりたいとは思う人はいないだろう。先日の中学の同級生の家行った時なんかそうだ。
今の僕にとって楽しいことなど考えられるはずもなく、それらの不安がより人との接触を避けている原因となってると思ってる。「楽しい」と感じる範囲が狭いのだろうか。人見知りということもあるが、そんなつまらない自分に自信が持てず、受け入れてもらえるのかが非常に怖くて自ら新しい交友関係を気付こうというとしない。彼女ができないのもそういったものだろう。相手を楽しませることができるかとかそんな不安でいっぱいだ。完全に自分の殻に閉じこもってる。ある意味病気だろう。21歳の時に引きこもってしまい自分の殻に閉じこもった時も周りとうまく関係が築けなかったことが原因の一つでもあった。

街を歩けば学生カップルを見かける。自分にはもう決して縁のない光景だ。絵にかいたような理想的なな青春など結局マンガやドラマの世界で終わっていた。
街を歩けばサラリーマンとOLのカップル、大人のカップルとでもいうべきか。男性のほうはまさにできそうな東京のサラリーマンというオーラが漂い、女性のほうもそれなりの整った容姿である。魅力のない男にそういった女性はこれまた縁はないだろう。
街を歩けば子連れの家族を見かける。なんとも微笑ましい光景だ。しかし彼女すらできない男に家族なんど持てるはずはない。おまけに金のない人間に子供を育てう余裕はない。親は自己満足だろう生まれてきた子供はかわいそうだ。

男の幸せはいい会社に入っていっぱい稼いで奥さんや子供に囲まれることなのか。女の幸せは稼ぎそうないい男を捕まえて結婚して子宝に恵まれ育てることだろうか。まあ典型的な「普通」の人生だ。先代の人間たちが作ったお手本のような価値観。皆このお「普通」からどれだけ外れないようにと心配することだろう。
僕は普通の人生すら歩めずに歳をとっていく。別にその普通になりたいわけでもないが。けど、今の状態だと日々を楽しむことすら危ういんじゃないおかなって。人との新しい関係が作れず前に進もうだなんてやはり無理がある。友達もできない、恋人すらできない。どうしたらいいものなのだろうか。皆の楽しんでる表情を見るたびに僕にはこんな楽しそうに過ごすことはこの先も無理だと。こんな人で溢れた街に住んでいるはずなのに一人ぼっちもつらいもんだ。
また早死にしたいという願望が増しただけだけだった。生きてることより「無」になったほうが楽だろう。ああ、ただでさえ生きにくい世の中なのにこんな性格じゃ余計生きにくい。常人にはわからないこの苦しみをどう共有していけばいいのだろうか。
普通の会話についていくだけのスピードがない(頭が瞬時に物事を考えられない)ので、自分が思うことは文字で表すことしかできない。文章を書き終えたところで幾分ホッとする。ネットの世界に住んだほうが楽なのだ



とりあえずNMB48の子たちのおっぱいが気になる。おっぱいは裏切らない

俺は言う

大半の人は「世の中は厳しい」と言うだろう。嫌違うのだ。世の中は厳しいんじゃなくてタダのクソ。そう、「世の中クソだぜ!」なんだよ。チンかすなんだよ

今日は作業も早く終わったため1時間も早く帰ってこれますた。相変わらず電車には社畜で溢れかえっていてどうしようもなかったけど。特に疲れてないのが唯一の救いだな。
まだ分からないことばかりなので先輩社員に金魚の糞みたいにくっついている状態。覚えることがあまりにも多すぎるけど、まあそう簡単には覚えられるわけがない。まだ試用期間中だしそんな最初からハードにやる必要もないけど。
ただでさえ大変なのに歳とってからめちゃめちゃしんどい仕事だろう。それと他の先輩社員と全く喋れてない件。コミュ障過ぎてあたりさわりのない受け答えしかできてない。大半は「はい」、「そうですね」。あと作り笑いで何とかごまかしている。あの独自の上下関係、そして敬語はクソだ。マジでやっていけるのかが心配で、仮に居場所がなくなったらなくなったで辞めるわ。おそらく僕のような人間はどこの会社に行っても苦労するんだろうな・・・。だれしもが対人関係が一番ストレスを感じるとは思うけど、まあ体の負担的にも長くは務めることはできないんじゃないかとすでに思ってる。まあ日本中どこも似たような会社でで溢れあえっているのでどうしようもないけど・・・よほどスペックが高くない限りいい待遇の会社には行けないからね。

さて、1日からずっと連勤でようやく明日明後日と念願の休みをとることができる!正直何もしたくないと思ったけどとりあえずもったいないので何かしないと。今行きたいのは
・しながわ水族館
・東京都現代美術館
・戸越銀座商店街
・浅草の屋台通り
世間は夏休み中らしいけど、やはり折角の夏なのでどこかに行っておきたい。一人で水族館?ってのも非常に微妙だと思うけど、とりあえず一番気になるのは東京現代美術館でやってる「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」。いやほんと特撮のミニチュアはすごいと思うし、巨神兵も見れて非常に興味深いので是非行ってきたいと思ってる。
とりあえず部屋の掃除と図書館にも行きたい。文通の手紙もあれから結局放置したままの状態なので書かないと。

僕はヘタレ 逃避したいです

久々に音楽聴いてたらまた過去の思い出がフラッシュバックした。どんなにいい思い出も嫌な思い出も結局振り返れば美化される。就活中駅のホームで待っているシーン、部活のこと、何気ない休日、近くのスーパー、女の子のこと。一昨年今頃は自転車の旅に出ていたころだろうか。去年の今頃は研究の中間報告の時期で、その後の飲み会で盛り上がったころだろうか。懐かしい。
講義はつまらないしとにかく暇で退屈な時間ばっかりだったけど、今振り返ると何気ない毎日がすごく幸せだっのかもしれない。ほとんどの人がそう思うだろう。僕は勉強に一生懸命だったり、活発的に行動していた世間一般の想像をするような大学生像とは違い単なるモラトリアムとして過ごしていた学生ニート。大学生と名乗るのはやっぱりおこがましいのかなと思う。まあ親元や、地元という閉鎖的な地を離れて新しい世界に浸る事が出来た時間は何にも変えることのできない貴重ものであったことには間違いない。

学生時代というのは圧倒的な「自由」がある。そして勉強以外の嫌なものは避けることもできた。今は違う。仕事は選べてもそこに自由はないし人も選べない。あたりまえかもしれないけど、これが労働なのか、生きるってもんなのかね。金を稼ぐというのは大変なことだ。
おそらく高校卒業してすぐ働いていれば会社・世の中に洗脳され一生懸命働いていたことだろう。生ぬるい自由の時間を過ごしていた人間にとって今まであった自由と働くことで生じる色々な制限のギャップは恐ろしくつらい。
働いたばかりで色々と言うのはおこがましいが、現状に不満に対して現実逃避をしないと精神を保てず、ついつい過去の世界に戻ってしまう。
今サンタさんに頼むとしたならば「誰からも干渉されることのない圧倒的な自由」がほしいというだろう。金がなけりゃ生きてはいけないが過度のストレスを毎日抱えたまま生きることはクソのようにつらい。おそらく僕はストレスを強く感じやすい人間なのだろう。ストレス耐性をスカウターで計っても限りなく0だろう。世の中にはフリーザ様のような様な人間もいるがまさに超人だ。たぶん遺伝子的に優れているんだろう。
働くという行為自体がストレスなのか職業柄ストレスが多いのか人間関係がストレスなのか。おそらく人から受けるストレスが一番のはずだ。

今日の夢で僕の誕生日なのかみんなが祝いに来てくれた。昔好きだった子も来てくれて、うれしかったな夢の中ですらそこの子のことばっかり集中してたから脳裏に相当焼き付いているんだろう。今頃何してるんだろうかね。

分からないことが分からない

なんか今の会社はわからないことがあったら教えるけど基本何も教えてくれないという風潮らしい。自分からどんどん聞いてこいよ!って感じこれ。いや、分からないことが分からないですから。普通の会社もこんな感じなのか?よくわからない。
「教えられる人がいないしこの会社は教育というものをしないと」、おっさんが言ってたな。その人はずっと勤めていた会社を早期退職してここに来たらしい。普通だったら最初はオリエンテーションやるのにと。仕事以外の雑用的な部分やら設備のことやら。来た人がいうんだからそうだろうな。給料は普通だけどやっとぱり中小企業は人を育てる余裕やら体制が整ってない。そして指示待ちじゃなだめだってことか。コミュ力のない僕にとっては非常にきつい。ただでさえ未経験者なのに、分からないないことが分からない。とりあず先輩社員にくっついて見てる状態だけど。なんかからみにくそうな人結構いるし向こうからも喋りかけてこないので一層喋りにくい。人数少ないし果たしてこの環境でやっていけるのかね。 
ほんと何十年も会社で働ける気がしない・・・ああ、仕事はクソだ

高校の部活動以来です

疲れすぎて考える気力が全くない。大量の汗が抜けることから来る疲労感なんだろうか。早く手紙も書かないと相手を待たせちゃう。けど書く気力がない。明日の朝少しでも書こうと思うけど他にしたいこともある。なんてうんこな気分だろうか。
朝のあのダルだと言ったら高校の部活動以来だ。どんなに疲れても絶望の朝はすぐにやってくるし、いやでも毎日学校に行かなきゃいけないあのつらさ。夏の部活はマジキチだったと思う。今もマジキチだと思うけど。

夜11時を過ぎているというのになんで駅にはこんなに人がいるのだろうか。地元の駅なんかこの時間帯はほぼ人いないぞ。飲みに行った人たちなのか、それとも生き生きとした顔で残業をこなしてきた人たちなのだろうか。あほだ、まさにあほだこの東京。電車の中で仕事を終えただろうサラリーマンやらOL達は楽しそうに飲み会のことやら楽しいお話をしてる。なんであんなにも生き生きしてるのだろろうか。こっちは暑さで顔をゆがめているのに、リーマン・OLになってもリア充はリア充なんだなと思ったわ。
きっと僕が帰る頃には家族は父親の帰りを待つことなくすでに就寝、カップルたちはあんあんと夜の営みに励み、一人暮らしのぼっちは一人寂しくパソコンをやってることだろうな。ニート期間に戻りたいでござる

社畜と文通

あんなに社畜になりたくないと言っていたはずのこの僕がまさかの社畜となりそうです。いや、ならざるを得ないかもしれない。
とりあえず初日だったけど一言「疲れた」。そして思っていた以上にしんどい。まだわからないので付いて回ったけどさっぱりだったわ。つなぎを着てるのでただでさえ暑いのに、更に作業する場所もクソはつくほどの暑さで一体どれだけの汗が流れたのやら。家に帰ったらおおよそ3~4キロほど体重が減っていてワロタ。相当な水分が抜けたと同時に体脂肪も燃えたはずなのでおそらくこの一カ月で相当痩せるんじゃないかと思う。

さて、前から憧れてた文通というものをすることになった。ペンパルというのか、思い切って募集のカキコをしたところ、文通しませんかと相手が見つかったわけだ。この歳になって初めての経験なのだが今の時代デジタルが主流の中こんなアナログなこともいいじゃないかと思う。案外世の中にはこういったアナログ部分を求めてる人が結構いるんだなと見てて思ったわ。
僕から先に書くことになったのだけれども一通目って何書けばいいんだろうか。自己紹介でいいのかね。1枚?いや2枚?書きすぎても仕方ないし、書かなすぎてもなんかな。ブログなら一方的に好き放題言えるし書ける。ただ相手ありきの手紙なのでそういうわけにいかない。どこまで自分のことを書いたらいいのか非常に難しい。まあ手書きの文字の温かみを感じれるのが手紙のいいところなんだな。ただし、企業の履歴書を手書きで書くってのは反対だけどね。