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僕はきっと

不器用なんだと思う。よくくだらないことで悩むし、考えたところで解決しないことでも悩む。僕の能力はいったい。なんでなんだと、他人を妬むし嫉妬もする。そんな事言ったって人は生まれた家も親も環境も選べないし、能力も元から違うから仕方のない事。
何であの人たちこの人たちはあんな笑っているんだろう、楽しそうなんだろうって周りを見渡してふと思う。僕もああなりたかったな。馬鹿みたいになって心から楽しむことってなかなかできない。大勢でわいわいやるとか、合コンだとかもってのほか。所謂非リア充型。もう身に沁み込んだ毒素は一生抜けない。これは所謂リア充型の人間には分かってもらえない。
感情表現も、意思の伝達も下手糞。性格は年々ひねくれて行く。とにかく満たされない。何かに、誰かに受け入れてもらいたい、認めてもらいたい承認欲求だけが募っていくけれども、僕には持てるモノなどない。知性だったりルックスだったりユーモアさなんてないし、金もない。頭いい奴だったり、身長う高くてイケメンだったり面白いやつを見るととかホントうらやましいよ。

まあ今の僕は幸か不幸かと言われたらまだ幸なほうだと思うよ。住むところもあるし、飯食う余力もたまにビールも飲無余力もある。でもね、何かに満たされてないんだよね。そして一寸先は闇だけどね。それにまだ若いけどもう若くないんだなと。近い年齢の人間なら分かるだろうこの気持ち。20後半の焦りみたいなもの。
あと何年後の事か、きっとウンコを垂らしながらのたうちまわって死んでいくのだろうか。いずれやってくる現実から目をそらすのは簡単、かといって先の事を考えすぎて足元を見ない、今この時を楽しむ余裕がないのはどうかと思う。
そう思っちゃうのはやっぱり僕が不器用なんだからだと思う。

結局どうしたいかって何が言いたいのかってさ、幸せになりたいのよ。いずれ死がやってくるんだからそれまでにできるだけ多く幸せを感じていたいんだよ。でも不器用だからなかなかそううまくいかないんだ。だから悩むんだ
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対、人

自信の無さは顔にも表れる。ここ数年どこか表情が暗く、笑った顔もどこかぎこちないように感じる。どこか自分に自信が持てない。指針の定まらないそんな状況だからこそ余計にそう感じるんだろう。そして何より人と接することが非常に怖い。人と接しない期間が長くなればなるほど重症化してしまう。新しい仲間を作りたい、人脈を広げたい、新しい人達とのネットワークを築きたい。そう思っているけれども、その入口に立つことが怖い。極度の人見知りではあるがそれだけではない。
生憎、世間話やおもしろいネタ話は持ち合わせていない。残酷な事に、面白くない人間(話だけでなくて)というものはやっぱり相手にされない。最初は良くても次第に人は自然と遠ざかっていく。そうなんとなく学生時代経験したこと。
「俺はやっぱりつまらない人間なのか?」
自分を何処まで晒していいのか、相手にどこまで心を開けばよいのか、そして信用していいのか。人との距離の測り方も歳を追うごとだんだんわからなくなってしまった気がする。そして自分という人間を果たして受け入れてもらえるのだろうかと、ただ不安で卑屈になる。人が怖くてネットの世界に逃げ込んでもそこは一時的な空間。仮面をかぶっても生きていける。でも今生きてるこの現実世界からは逃れられないし、向き合わなくてはならない。仮面をかぶって生きて行くのはつらい。

いろんな要素が複雑に絡み合って僕の意志に反して行動を抑制する。
一人でいるということは好きだがやはり人間そんな強くない。一人で出来る事には限界がある。そして飽きる。何をするにしても感動や興奮を共有したい、分かち合いたいと心の奥底から渇望してしまう。だからこそ仲間がほしいしパートナーがほしいのだと思う。自分と気の合う人間というのはこの広い世界のどこかに必ず存在していると信じてる。機会はいくらでも転がっていると思う。ただ負の感情を乗り越えて、そこに踏み込んでいく勇気と自信がないだけなのかもしれない。

日々自問自答

何が楽しいのか何が幸せなのか。そう、自分にとっての「幸福」とは何か、毎日馬鹿みたいに自問自答してる。そしてこの先、自分はを何を求めて何を望んで何をどうしたいのか、毎日アホみたいに自問自答している。でもすぐに答えは出ない。
一向に定まらない指針。まるで樹海の中をさまよってるかのようだ。助けを求めたところで誰も助けてくれない。自力で出口を探し出さなければならないそんな状況。先の見えない不安に日々押しつぶされそうになりながらなんとか堪えてる。
そんな時は本やネットの世界に入り浸る。でも気付けば再び現実が襲ってくる。そんな日々の繰り返しだ。

どうなるかはわからない

本日2校目の試験結果が出たけど予想通り通り落ちてた。今まで受験生と言う肩書きでしたが今日から晴れて無職という身分が確定したわけだ。別に悲しくはない。まあ結果がわかった分、もやもやしていたものがある意味すっきりしたかな。でも4カ月無駄になったのかもしれない。
競争社会だから受験にせよ就職試験にせよパスしない限りはスタートラインにすら立てない。プロセスよりも結果がでなければ意味がない。残酷だけれどもそういう仕組みだから仕方のない。まあ筆記に関しては明らかに勉強不足だったことは否めないけれども。面接は何とも言えない・・・。

何のために仕事辞めて地元戻ってきたんだっけ。来年の受験をどうしようかなんてまだ明確に決められない。時間が経つにつれてだんだんこだわりが薄れてきている。「もっと違う道があるんじゃないか」「ひとつのことにとらわれすぎなんじゃないか」そう心の奥でささやいている。最悪の事態は来年受験してまた失敗すること。面接・・・医療福祉系の宿命。筆記だけなら何とかなるかもしれないが判断基準の良くわからない面接はどうすればいいものだろうか。失敗すれば1年無駄にするという取り返しのつかない事のリスクがあまりにも大きすぎる。それが怖くて卑屈になる。
職業なんて一つだけではない、無数にある。だからそこまで悩む必要もあるのか。一つのことにとらわれ過ぎなんじゃないかって。いずれにせよ働く必要がある。生活資金を稼ぎつつ、更に金も貯める必要がある。資金がなければ次にやりたい事も何も出きない。できれば先に繋げたい。でも繋がるかどうなるかなんてわからない。
言動がころころ変わる。言動と行動が事が矛盾している。自分の意志や言動を変える事が後ろめたくて怖い。それは余計に僕を卑屈にさせる。結局口だけの男なんだろうか。このどうしようもなく堪らない不安ってどうにかならないものなのかなあ。
受験したくなったら受ければいいし、そのまま働きたいと思えば働けばいいかなって。バイトにするか、職を探すか。自分でも何が良い選択なのか、この先どうなるかなんてわからない。いずれにせよ最終的な目標にたどり着ければいいと思ってる。

久々にビール飲むビール

感情っていったいどこへ吐き出せばいいのか。
僕はそれはそれは甘ちゃんだった。しかし、それまで精神的なよりどころであった母親を亡くしてから、どこか強い人間でなくちゃいけないと思っていた。辛いことがあってもだれにも頼れないんだと。でも21歳の時、自分ってのはこんな弱い人間だと思い知らされた。そして潰れかけた。

何か頼れるものがある人ってうらやましいと思う。親であったり、友人であったり、恋人であったり。僕は誰も頼るものがいない。友人と話すときが一番気が楽だ。でもどこかで一線はおいている。弱いところを見られたくないからかもしれないだ。どんな思いや不安を抱えていようが、自分の中ですべて消化しなければいけないのだ。何かに頼ること、そして依存することに抵抗がある。そして結局は他人だってある程度までしか助けることができない。だから自分で解決する必要がある。
リアルな世界で出すことができない、行き場のない感情は結局ブログで吐きだすことになる。だからネットの世界は唯一吐きだせる場所でもある。ただ、何処まで私的感情を出してもいいのか。いくら匿名だとはいえ、出し過ぎるのもよくないのかなと最近な思い始めている。
そう言えば久々にビールをのんだ。すごく気持ちがいい。でもその反面気持ちも高ぶる。ビールを飲んでる時みたいにずっと気持ちの良いまま生きれないものなんだろうか。